【完結】旦那の病弱な弟が屋敷に来てから俺の優先順位が変わった

丸田ザール

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「おはよう!」


マルコがお義母様の所に行って3日が経った。
報告を受けた時ショックではあったが、はなから1人でこの屋敷に戻る覚悟をしていたので諦めは速かった。挨拶くらいはしたかったけど
きっとこれはどっかの神様が1人で乗り切れって言っているに違いない。
俺は開き直って、今朝もすれ違うメイド達に挨拶をする。会釈されるだけで返事は帰ってこないが。
朝支度の時、人数を減らして欲しいと言ってみた。メイドは特に驚いた様子もなく承諾した 
てっきり言いくるめてくると思ったので、拍子抜けだ。
今俺は仕事をする為に執務室に向かっている。
一応この屋敷には俺の為の執務室もあったりするのだ。まともに使えた事は無いが
イーサンはここを出る前に問題がないように仕事を捌いたらしいが、それでも仕事が新たに来ない訳では無い。
日常的な仕事は予め同じく一部領地を管理している信頼出来る親族が行うようになっている。イーサンが病に伏せったり、逆に親族が伏せったりする時の為にそれ相応の対応が用意されているのだ。
火急の物は帝都にいるイーサンに直接伝達が行き、急ぎで尚且つ重要度の低いものはここに停滞している形になる。
単純にイーサン宛の手紙とかもあるのでそれも含めて仕分けに行くのだ
少しだけど、イーサンの役に立てるから気合いが入る。これからは大きな仕事も任せて貰えるように学ぶつもりだ。実家にいた頃から既に学んではいるが、任せて貰えないってことはきっとそういうことだと思う。
信頼を勝ち取らねば!と
俺は意気揚々と廊下を歩く。
すれ違いざまのメイド達の目は相変わらず冷たいか、無関心か。
それでも構わず、俺は挨拶を続けた。


執務室の前まで来て、ドアノブを回した。

「………なに、これ」

視界に入ってきたのは、見るも無惨に荒らされた部屋だった。
壁に取り付けられていた本棚は倒され、床にはぐちゃぐちゃに本が散らばっている。棚の重みでテーブルが真っ二つに割れ、インクは弾けたように飛び散り、革張りの椅子は焦げたように黒ずんで、何かを燃やしたような臭いが部屋に立ち籠っている。

「……だれか、誰か!部屋が…ッ」

余りにも酷い状況に混乱して俺は叫んだ。
でも、ふと思った。

「まぁ、奥様!どうなさいましたか?」

だって、もしかしたら

「なんてこと!盗人でも入ったに違いありませんわ!直ぐにここから離れましょう!危険ですわ」
まるで傍で待機していたかのようにバタバタとメイド達が素早くやって来て、立ち尽くす俺をここから離そうとする。
メイドが荒れた室内に入って
「なんて酷い!書類も燃やされています!…まぁ、これは当主様宛への御手紙ではございませんか!」
盗っ人が入ったと思うのならば、危険だと言う部屋に何故迷いもなく足を踏み入れる事が出来るのか、それにこの部屋には窓がない。
入るならこのドアからしか無理だ
人通りも多く、護衛さえ居る。執務室は他の部屋と違って扉の造りでさえ簡素に出来ている。わざわざこの部屋を選ぶ意味は?

「まてよ、まてって!」
俺の手を引いて連れて行こうとするメイド達に怒りがわく 
この部屋の家具は俺がイーサンと一緒がいいと我儘を言って揃えてもらった。
机の高さや椅子の高さは合わないからわざわざ大工を呼んで。まともに仕事を与えられなくても、この部屋に居るだけで嬉しかった
それがこんな姿に、壊されて燃やされて、
イーサンの手紙ですら

「…盗っ人なんて嘘だ」

「…申し訳ございません、今なんと?」
途端に低くなったメイドの声に俺は確信する。震える手を握り締めて俺は怒りを声に乗せた

「盗っ人なんて嘘だって言ったんだ!窓もないこんな部屋にどうやって入るんだよ!イーサンの手紙をわざわざ燃やす理由は何!!お前達がやったんだろう!!」

「奥様!あんまりでございますわ!それこそ私達こそそんな事をする理由等ございませんわ!」

一体どの口が言うのか、

「俺の事気に入らないからってここまでするなんておかしい!俺は当主の妻だぞ!!こんな事して只で済むと思うのか!!」

啖呵を切って、当たりがシンと静まり返った。俺は何故か息を切らしていて、手は変わらず震えている。このまま全てを言ってしまおうと口を開いた時

「キャーー!」
目の前のメイドが突然叫び声を上げて倒れた。
驚いて目を丸くする俺を置いて、他のメイド達がかけよる。仕切りに大声で倒れたメイドの名前を呼ぶ
「まぁなんてこと!ナラ様!」
「ナラ様!」
「ナラ様!」

ナラ、このメイドは知ってる顔だ。俺が知らずにしゃがみこんでいたルカの部屋の前で大袈裟に騒いだ人だ。他のメイドと違い着飾っているので家柄も良いんだろう。
それにしても目の前で起こる訳の分からない光景に俺は戸惑うしか無い。

「何事だ!」
「奥様!どうなされましたか!」
護衛騎士が鎧の音をさせながら走ってくる。
ナラは床に這いつくばったまま泣きじゃくっている。

「わ、わたくしは…奥様に誠心誠意仕えてまいりました…それですのに、あんまりです奥様……わたくし達があんな事…!」
ナラが涙をボロボロと流しながら俺を見上げる。そのナラの背中を他のメイドが優しく撫で、声をかける。それに応えるように嗚咽を強めたナラは耐えられないとでも言わんばかりに顔を覆った。

「…その、奥様が大層お怒りになられて、ナラ様が突き飛ばされてしまい、いえ…なんでもありません……」

「は…」

ナラの背中を摩っていたメイドが、心底訳の分からない事を言い出した。
だが途中まで言葉を放って、俺の顔を伺うように見ると分かりやすく怯え顔を俯かせた。

俺はあまりの事に何も言えず、立ち尽くすしか無かった。護衛達も戸惑っているようで、どうすれば良いかはかりかねている。
だが、その内の1人が前に出た。荒れた執務室を見たようだ

「なんてことだ!お怪我はございませんか!」

「…わたくし達は、やっておりません…!どうか信じて下さいませ奥様!!」

「…奥様、差し出がましい事を言いますと、女の手でここまで荒らすのはほぼ不可能と思われます。私共の失態です、如何なる罰もお受けします。犯人は必ず見つけますゆえ、どうぞお鎮まり下さい。」

このメイド達の目的は何だ、なんて馬鹿な質問だろう。俺を徹底的に孤立させようとしているんだ
この護衛の男、やけにナラにベタベタと触っている。それは男女のそれを匂わせる程に
色々と察してしまった俺は、もうどう対処すればいいのか分からなかった。メイドがやった証拠は無い。
俺は打ってないと言ったところで護衛の男達はそれを信じる以外の選択肢は無い。俺は当主の妻だから。

何よりも、イーサンが俺のために用意してくれた物が壊された事のショックと、茶番のようなこの光景に、もう口を開くことすら億劫だった







「ばっかみたい」
メイド達がそこまで俺を嫌っているとは実は思っていなかった。俺がイーサンに何か言ったらどうするつもりなんだろう、言わないと思ってるのかな。いや、今の俺はきっと言えない

実際あの部屋の件についても、当主に早急に報告するとその場を離れようとした護衛を引き止めた
今イーサンに余計な心労をかけたくなかったのだ。
ナラと繋がりがあると見た男は簡単に引き下がり、他の護衛騎士たちは困惑していた。
彼らはきっと何も知らない
メイドと護衛騎士がそういう仲になるっていうのは珍しくないので、ナラとの距離にも対して疑問を抱かないのだろう。

今思えば、俺に直接的に嫌がらせをしてくるメイドはルカ付きのメイドのように思う。
なら、俺を見るあの恨みすら篭ってる目は少し納得できた。病気で苦しんでるルカのただ1人の兄を奪い、目の前で俺の我儘を見てきたんだから。
それでも、あの部屋を荒らされたことに怒りがおさまらない。彼女達に歩み寄ろうと思っていた感情は遠く失せた

俺は自室で髪の手入れをして心を落ち着かせている。最後に髪留めを付けて、鏡を見るとそれだけで頑張れる気がするのだ
自分が無害だと訴えた所で彼女達はエスカレートする。俺よりも10も20も年上の彼女らはずっと上手なのだ
俺は別の方向で努力しようと頭を切替え、
1人屋敷の書庫に行くためにガウンを羽織った

「っ痛」

突然肩のところに刺すような痛みが走り、体が硬直する。そっとガウンを脱いでその部分を見ると、まち針が刺さっていた。
俺は無言でそれを抜いて、他にも刺さっているところは無いか確認する。
手が、震えていることは気にしない
気付きたく無いのだ。
メイド達が俺を物理的に害す事に慣れてきた時のことを。
きっとこの事でメイド達を叱っても、朝支度の時のように若いメイドを盾に使うだろう。
俺には故意なのかどうかの判断がまだつかない。メイド達の顔をよく覚えていないのだ

これは俺が今までメイド達から逃げてきたツケだろう。ただ、怖いなんて思いたくない。負けたくない

「よしっ」
ガウンを羽織り直して俺は部屋を出た。












「ひ、ひろい」

書庫に入ったのは初めてだ。場所が分からないので出来るだけ年配のメイドに聞いた。下に見られないように堂々と。内心嫌な思いをするかもと構えていたが、そのメイドは当然とばかりに近くまで案内してくれて頭を下げて見送ってくれた。
メイドの中にも派閥があるのだろうか
少なくとも、ナラを筆頭にした身分の高いメイドには自分からは近寄らない事を決めた。

彼女達に認めてもらう為に動くのはそれ相応の実力を付けてからだ。
その時、俺は本気で彼女達を叱る事が出来る。

扉の前には護衛騎士が立っており、俺の姿を確認すると少し驚いて、「は、入られますか…?」と伺ってきた。俺はちょっとムッとして頷いた。



「は、梯子も付いてる…」
広い書庫はもはや図書館くらいはあるのでは無いだろうか。
大きく見上げる程高い棚には取るのでさえ一苦労しそうな本がぎっしりと並べられている。この途方もない数では何処に何があるのか分からない。こういう場所は管理する人間が中に居ると聞くが、この屋敷で書庫に入れるのはイーサンとルカ、そして俺だけだ。
その他の人間の入室はイーサンに許可を取らなければならない。掃除するための入室ですらそうだ。
それだけ貴重で価値のある物がこの部屋に沢山眠っている。
情報は時として金などより遥かに価値が高いものだって祖母が言っていた。

だが今日俺がここに来た理由はそんな大層な本が目的では無い

「まずそれっぽい棚を探すか」
腰に手を当てて気合を入れる。
様々な棚を見ていき首が攣りそうになるほど上下させ、ようやくお目当ての物を揃えた時には既に1時間は立っていた。

俺の目的は経済やこの地に置ける歴史、ダナへギス家自体の歴史、植物の本や、医学書。
これだけで大荷物になってしまい、俺はそろそろ止めようとその本を抱えて書庫内のテーブルに向かう。ここにある本は当然外に持ち出し厳禁である。

途中、棚の上の方に見覚えのある背表紙が見えた。あれは、別荘で見たルカの絵本のタイトルだ。きっと絵本の元になった話だろう
気になって見上げるが、梯子を使ったとして取れるか少し不安である。
1度本を置いて考えようと振り返った時、

「うわああっっ!!」

「おっと」

「えっマルコ?!なんでっお義母様のところに行ったんじゃ…ていうかここ入っちゃダメ、あっ護衛の人は?ていうか本危なかったね!ありがとう!」

「落ち着いて下さい、ちゃんと入室の許可は頂いておりますよ、奥方に。取り敢えずテーブルに置きましょうか」

マルコっていつも突然現れる気がする。
俺は会えた嬉しさで口がこんがらがる
言う通りにマルコと本をテーブルに置くと、マルコは切り出した

「私にはこの屋敷の庭の仕事もありますし、ここでは無い他の場所も受け持っています。奥方の所にずっといるわけではありませんよ。」

マルコはお義母様の所の専属になってしまうと思っていたので、こんなに早く会えるとは思っていなかった。心を許せる人と話すというのはこんなにも癒されるのかと、俺は浄化される気分だ。

「それにしても、難しそうな本ばかりですね」
「う、うん!俺も勉強したいなって、」

こんなのお前に読めるわけないって思われるかな、実家にいた時は必要最低限の事以外に興味を示したら
お前はそんな難しい事考えなくていい、出来もしない事をして悩むより、幸せになって欲しいんだ。と両親によく言われていた。
勿論悪気は無い、だって2人とも俺を凄く甘やかしていたから。

「…奥様はとても頑張り屋さんですね」
"頑張り屋さん"そんなことを言われるのは初めてな気がして、俺は反応に困った。
絶対そんな事ないと思う、今日始めたばっかりだしなんの結果も生み出せてない
実際この本達を俺が読み解く事が出来るかすら分からないのだ

「へへ…あっマルコ、今日は庭に行くんだよね?俺も一緒にやる!」

「はい。是非お願いします」






マルコには先に行ってもらって俺は2時間ほど書庫で本を読んだ。
やっぱり内容は難しすぎて、医学書なんて俺の付け焼き刃の知識では到底理解出来なかった。もっと初心者向けの本を次は探すつもりでいる。
今日は丸一日書庫に籠るつもりだったのに、目の前に楽しいことがぶら下げられると簡単にそっちに靡いてしまう。
でもいいよな、マルコ滅多にこっちに来れないし あんな事があって俺もきっと平常心じゃない。

あの時に起こったこと、マルコに言うつもりは無い。言ったところで何か変わるわけじゃないし、もしもの事があってイーサンに伝わってしまうのも嫌だ。本当に屋敷に盗っ人が入ったなら話は別だが、もしその可能性が本当にあるなら、あの程度の騒ぎで収まる訳が無いのだ。これは俺とメイド達との問題だ




「それは何?」

「寒くなると咲く品種で、パンジーと言います。もう咲き始めると思いますよ。」
台車に沢山並べられた蕾の鉢花は既に色付いていて、小さな花びらはとても可愛い

「この子達をそこに植え替えるのをお願い出来ますか?まずは土づくりからお願いします。私はあちらに」

「了解!」

俺はふざけて敬礼して一目散に指定の場所に行く。服は既に汚れてもいい服に着替えているので大いに土に触れた。
やっぱり土はいい。寒くなってきたけど温かい気がする 
邪魔な小石や雑草をポイポイと避ける。
この庭の大半は既に石灰が混ぜこまれ、腐葉土が敷き詰められている。
マルコはここに来ると次来た時直ぐに作業に取り掛れるように必ずそれらをしてから帰るのだ。
だからマルコが判断して特に問題無ければそのまますぐに植えることが出来る。
俺は醍醐味だけをやらせて貰っているのだ。

ミミズが沢山出てくるのはいい土の証拠だ。

「ごめんな~ちょっとどいてな~」

俺は夢中で作業を続けた。











「奥様、今日はもう終わりです」
マルコから声がかかって、俺は不貞腐れたように唇を尖らせた

「えー…もう…?」
楽しい時間はあっという間で、日は既に暮れている。すっかり土まみれになった俺は、この後の風呂を想像して憂鬱になった。

「…奥様、食事はちゃんと取れていますか?」

「へ?う、うん」

マルコが突拍子もない事を言うので、思わず頷いた。正直、満足いくまで食べているかと言うと嘘だ。
どんどん出される食事の量が減っている気もする、かと思えば食べきれない量が1度だけ出てきたりと、よく分からない。
ただ、そんな時はナラ達のように着飾ったメイドを傍で見かけないので、もしかしたら俺を哀れに思ってくれている人達も居るのかもしれない。

マルコはそうですか、と特にそれ以上何かを言うでもなく後片付けを始めてしまう。
夕食を一緒に取ってくれないかと聞いたら、凄く思い詰めたように断られた。
俺は慌ててまた次にでもと誘ったが、マルコは笑うだけだった。その曖昧な笑みは、ルカとイーサン2人を見送る時、友人かと聞いた時のルカを思い出して胸が傷んだ。

マルコは帰り際、俺に新しい香油と何故か沢山の缶に入ったクッキーをくれた。わざわざ俺の目の前で毒味までして、そんな事しなくても信用してるのに。
甘いものが好きだから俺は両手を上げてその時は喜んだが、思い返せば謎だ。
部屋に置いて少しづつ食べる事にする。
俺は何度もマルコにまた来るかと聞いて、そのまま別れた。

しん、とした自室はいつもより寂しく感じて俺はさっさと風呂に入ってしまおうと、少し早い時間だが部屋についてあるメイドの控え室に繋がるベルを鳴らした。
この時部屋に来るメイドが誰なのかでいつもドキドキしてしまう
でも流石に1人で湯を沸かす事は出来ないので呼ぶしかないのだ。
今が夏場なら水浴びで済ませられるのに

外で沢山はたいて来たが、それでも何処かに座るのは流石に気が引ける。俺は立ったまま、メイドが来るのを待った。


だが、どれだけ待っても誰も来ず 
数回ベルを鳴らしても同じ事だった。

仕方なく俺は外にいるメイドに声をかけようと部屋を出た。もしかしたら、これもメイド達の嫌がらせかもしれない。
出来れば書庫まで案内してくれたようなメイドが有難い。

肌寒い廊下を歩いてメイドを探すが、怖いくらいに見当たらない。
確かにこの時間は忙しそうにしているのをよく見かけるし、いつもの風呂の時間では無いので俺の部屋の周辺を歩き回る理由もない。
それでも居ないなんてあるのか?
俺は足元を見た、払いきれてなかった土が落ちている
慌てて部屋に戻り、夕食に呼びに来るだろうからその時に言えばいいと服だけを脱いでしまって部屋にある寝巻きに着替える
汗をかいているので気持ち悪いが仕方ないだろう。ここで俺が騒げば向こうの思うつぼだ

1人になるとあの部屋について怒りが湧く
明日あの部屋に行こうと決め、俺はまた待った。















「…奥様?そのお姿は… 」
ヒソヒソとメイド達の声が聞こえる。
あの後夕食の時刻になっても誰も呼びに来ず、ベルを何度鳴らしてもやはり来なかった。俺は仕方なく自ら食堂に向かったのだ

俺の姿はさぞみすぼらしいだろう
払いきれなかった土は肌に馴染むように張り付き、髪は汗と土でサラサラとは程遠い
その上寝巻き姿で辺りを彷徨くなんて貴族として完全にアウトだ

「誰も、部屋に来なかったのは…何故」
俺の言葉にメイド達は口元を抑えて驚いた表情をする。なんて白々しい
聞くんじゃなかった。

「申し訳ありません…!朝方奥様にメイドの数を減らすように申し付けられましたので、言い付け通りにしたのですが!上手く伝達が回っていなかったようです…!貴女達…!まさか誰も奥様の部屋の近くに待機していなかったの!?」

「もういいよ、分かったから」
俺はめんどくさくなってこの茶番を終わらせるように遮る。食事だけさっさと済ませてしまおうとテーブルについた途端メイド達が慌てて走ってきて俺の髪やら肌に触れる

「まぁなんて事!早くお湯を持ってきなさいな!奥様にこんなにも泥だらけで食事を取らせる訳にはいきません!」

「衛生的にもよろしくありませんわ!まぁ爪にもベッタリと」
囲んで俺の体を触る癖してまるで汚いものを触るように指先で触れる。
ここまで歩いてくる途中護衛騎士達に目を丸くされた。去り際に聞こえた「…なぁ、すげぇな」「やめとけよお前。聞こえんだろ」
俺に本当に聞こえるとは思ってなかっただろうけど、それってでも本心ってことだ

「さぁ奥様、」

「もういいって!!」

俺は我慢ならずメイド達の手を振り払って席を立った。
ガタンッと大きな音を立てて椅子が倒れ、真後ろにいたメイドが微かな悲鳴をあげる。
わざとらしくない声、きっと本当に当たってしまったのだろう

「あ、ごめ…」
俺は思わず振り返って謝ろうとしたが、メイド達の目が恐ろしい。
どんな目をしているんだろう、堪らず俺は走ってその場から逃げた。










心臓がバクバクして嫌な汗もかいてくる
誰にも会いたくない、話したくない。
部屋に戻ってから土まみれなんて知るかとベットに潜り込んだ。

コンコン、とノックされるが俺は無視する
それでも続けてノックされる扉に俺は腹が立って怒鳴る。

「ほおっておいて!!」
今更なんの用か知らないが、いい事なんて無いだろう。

俺は泣きそうになる程腹が立って、その勢いでベットから起き上がる。
乱暴に新しい服を取り出して胸に抱えて浴室に向かった
水だろうがなんだろうがもういい
腹の立つことに浴室に入ると既に水だけは張ってあるのだ。時間になると外から火を起こして熱がパイプを伝ってゆっくりと水を温めていく。すぐに出来るものでは無いから今から温められていてもおかしくは無いけど、触れても冷水だ
きっと今日ははなから湯を用意するつもりなんて無かったんだ。俺が指摘してから用意するとしても直ぐに出来ないから温まる頃には寝る時間を過ぎるだろう。

俺はもはや笑いさえ込み上げてきた
ヒタヒタと浴室を歩いて冷たい水を脱衣場に備え付けられているタオルに付けて絞る。
そっと体に触れさせるとその冷たさに身が竦むが、今頭に血が昇っているからきっと丁度いいのかもしれない

ズッ と鼻をすする音が響く。
情けない、なんて情けない


イーサンに会いたい














今日俺は、朝の支度を跳ね除けてメイド達を下がらせた。ナラのように身分の高いメイド達じゃないのか、素直に聞いてくれた。

昨夜水で体を拭ったからベットが温まるまでは凍える思いをしたから肩周りの筋肉が強ばっているのを感じる

結局昨日夕食を取らなかったけど、食欲はわかなかった。朝、外で食器を片付けるような聞こえたので、もしかしたら昨日ノックされたのは俺に食事を持ってきて居たのかもしれない。扉の前に置いていていたのだろう。
俺は朝食ですら食べる気になれずメイドに必要ないと声をかけた。
マルコに貰ったクッキーを少しかじってから俺は荒らされた執務室に向かう為部屋から出る。

道中俺は、メイド達に挨拶をかわせず、目線すらあげられなかった。
護衛騎士にも、見られているという恐怖で足早に彼らを横切る
こんなことしていては駄目だと分かっているのに、体が言うことを聞かないのだ

荒らされた執務室はそのままの姿で、近付くと近くにいた護衛騎士が駆け寄ってきた。
俺は反射的に身構える

「奥様、どうなされましたか?」

「…中に…入りたいんだけど」

「ですが、破片などが散らばっております故大変危険です」

俺は返事をする事が出来ない、言葉が出てこないのだ。黙り込んだ俺に護衛騎士が何を思ったのか、「少しお待ち下さい!」と走り去った。
言われた通りに荒らされた部屋を眺めながらぼうっと立ち尽くしていると程なくして護衛騎士が戻ってきた。その手には大きな革靴が握られている

「あの、こんなもので大変恐縮なのですが!この靴は分厚く出来ておりまして、これならば破片も通さないと思い…いえ、あの申し訳ありません…こんなものを奥様に」

この靴は護衛騎士の私物なのだろうか
慌てたように靴を後ろに隠す姿に、俺は心が和んで、手を伸ばした

「借りてもいい?…ありがとう。後で返すね」

「…あ!はい!どうぞ!」

護衛騎士に言われて下履のまま足を入れるとやっぱりブカブカで、思わず笑ってしまう
自然に護衛騎士に面白いね、って笑いかけてしまい。一瞬心臓が竦んだが、見上げると護衛騎士も笑っている。
この人の名前、知りたいなと思ったがやっぱりやめとく事にした。


部屋に入るとお気に入りだった家具は見る影もなく、胸が傷んだ。
散らばった本等は既に部屋の隅に積まれており、俺はその中から部屋に持って帰る物を厳選する。この部屋にも学びの本はあるのだ。
ふと、書庫にあった絵本の元になったであろう本を思い出す。結局マルコが現れて忘れていた
でも、きっとそんなの読んでる場合じゃない

インクで汚れてしまったペンは捨てられてしまったかと思ったが、机の上に綺麗に並べられていてほっとする。それも回収して、隣に並べられている汚れてしまったイーサン宛の手紙を見つける。それは本当に何でもないような代物だ。うちの服の質はこうだとか、うちのワインの質はああだとかいう、言わば宣伝みたいな物。開くことすらしないようなものもある
そんなものを俺は大層な執務室で仕事だと言い張って篭もろうとしていた。でなければメイド達も当主宛の手紙になんて手を出さないだろう
俺は少し考えて、その手紙も本の間に挟んで部屋に持っていくことにした。

部屋の外で待っていてくれた護衛騎士が自室まで荷物を持ってきてくれたおかげで、想定より沢山回収できた。
靴も返してお礼を言うと、当然と事だと笑って下がった。
まだ若い護衛騎士だった。俺と同じ年くらいかな。

まだ何も知らないんだろう、だから名前を聞かなかった。








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