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しおりを挟む俺は、今 自分の感情が分からない
どうしようも無いこと、これは
考えたって何かが変わるわけじゃない。だからどうにかしてこの感情の落ち着け先を探している
あの後、イーサンは何も無かったように顔を上げて俺に言った。
「ルカの手術が決まった。3ヶ月間、帝都に行く」
「…そっ…か、いつ行くの?金魚達と庭の世話を誰かに頼まないと、」
「いいや」
俺の言葉を遮るイーサンに心臓がどくりと波打つ
「花が咲いてるの先に見れるかな?3ヶ月後には違う蕾が出てるかも」
「いいや、アーロ。お前はここに居るんだ」
あの時、なんて返事したか覚えてない。
ただ俺を支えるイーサンの腕がとても強かったことを覚えている
それに、きっとイーサンに金魚は見せれてない
今日、イーサンが対応していたのはルカの移植手術の件だったらしい。
ルカは小さい頃心臓を悪くして、今は人工心臓が埋め込まれているらしい。でもそれは期限付き。
体に適応する心臓は見つけることは難しく、血縁関係が無いとほぼ拒絶反応が出る。
かといって衰えた心臓では手術で持たないため老衰では駄目。比較的若くて、血縁関係にある誰かの心臓が必要となる
今回、イーサンとルカの叔父が病気で危篤状態に入り、延命することは不可能と判断された為手術が決まった。叔父には既に長いこと意識が無く、叔父の妻がルカに心臓移植する事を許可した。
この家にとっては、喜ばしい事だろう
あの優しいルカが希望を見つけた
これは素晴らしいこと
「お前はここに居るんだ」
イーサンの言葉が頭から離れない
どうして、連れて行ってくれないんだ
どうして、俺はこの屋敷で 独りなのに
さっきとは打って変わって暖かみの色すら無い薄暗い部屋にただバカみたいに1人突っ立っていた。
翌日、俺はろくに眠れないままルカの部屋に来ていた。相変わらず緑豊かな部屋で 椅子に座るように促される。
俺はまだ感情の落とし所がうまく見つけられなくて、何処か上の空だった。
目の前でメイドがお茶を準備するのを眺めながら、自分がある意味冷静な事に少し驚いていた。
ルカの顔を見たらもっと怒りが湧いてくると思ったけど、何も感じない
出された暖かいお茶をお互いに1口飲んで、ルカが静かに切り出した
「帝都に立つまでの1週間、僕と過ごしてくださいませんか」
「…え?」
思ってもみない言葉になんとも弱々しい声が漏れる。
その意味が分からなくてルカを見つめると苦笑いで返される
「何故?って顔ですね、…手術を受けるけど、受けた後どうかは…実はまだ分からないんです。麻酔で眠ってからその後…、起きないかもしれない。」
恐ろしい言葉に返す言葉を探して膝の上で拳を握り締めるが、俺が何か言う前にルカは続ける
「もしそうなった時のことを考えると、同年代の子達と同じように過ごしたかったって心残りがあるんです。普通の生活が」
僕は欲しい。と真剣に此方を見て放つルカに
俺は思わずルカの名前を呼んでしまう。
1番恐ろしい思いをしているのはルカなのに
今もきっと怖くて仕方がないはず。
それなのに俺はまた人の気持ちに寄り添えなかった。寄り添わなかった
「…俺でいいの?」
「はい、アーロンさんが良いです」
こうして、ルカとの1週間が始まった。
「美味しそう!」
微かに上がる湯気が香ばしい匂いを運んでくる。ルカは頬を僅かに上気させて手を合わせる
今日はルカと2人で朝食をとっている。
ここ最近体調が安定している為食事も普通に取れるので、食堂で食べる事になった。
イーサンはいない
「アーロンさん、このジャムとってもいい香りですよ」
「うん、俺も好き」
ルカはにっこりと嬉しそうに笑う。
食事の後、厩舎に行く話をしていてそれが楽しみで仕方がないという様子だった。
俺は目の前にあるご馳走を何処か冷めた感情で見ていた。なんだか食欲があんまり無いのだ 美味しそうに思えない
「…アーロンさん!これも、これも食べてくださいっ」
ルカがひょいひょいと俺の皿に食材を乗せていく。控えていたメイドが慌てて止めに入るがルカは知らんぷり。呆然としている間にこんもり山積みとなった皿は色々と乗せすぎたせいでソースが混ざってしまっている。
俺に手渡す時に状態に気付いたのか あ。と固まるルカ。
「…すみません…僕、何も考えずに すぐに違う物を」
「いいよ」
「でも」
「それがいい。」
ありがとうと受け取るとルカは恥ずかしそうに笑う。なんだ、この人にもそそっかしい所なんてあるんだ
「あ、こっちの方が美味しい!」
ソースが混ざってしまった所を食べるとなんだか思ったより美味しいって感情が素直に出てきて、伝えるとルカも真似してソースを混ぜて食べる。余りにも行儀の悪いそれはメイド達からしたら卒倒ものだろう。青い顔でオロオロするメイドの姿に何処か胸がすく思いをした。
朝食を終えたあと、少し休憩してから厩舎に向かうはずだったのだが、雨が降ってきてしまいやむなく中止になった。
仕方ないと微笑むけれど、無意識だろう。窓の外を何度も見るルカが可哀想になって、カードゲームを誘ってみた。
思っていたよりも瞳を輝かせて食いついてきたルカに若干戸惑ったが、ルールも知らないルカに教える所から始めた。
「わ、アーロンさん…強い…」
「ふっふっふ」
毎回完全勝利の俺はすっかり得意げになって鼻を伸ばす。
そうなのだ。このカードゲームは散々イーサンに扱かれたのである!イーサンに勝てた事ないけど!
「…兄さんとよくこうやって遊んでいたんですか?」
「え、…うん」
和やかな時間に突然何処かトゲを感じるルカの発言に、なんだか責められているような気分になって目をそらす。
「…小さい頃、よく僕と遊んでくれました。ある時をきっかけに全く接する機会が無くなってしまったんです。僕はそれがとても辛かった 」
ルカの言うそのきっかけというのは、もしかして俺だろうか 俺がルカとイーサンの時間を奪ったのだろうか。ルカはそれを恨んでいる?
一瞬で思考回路が嫌な方に巡る。
ルカと仲良くなれた気がして、歩み寄れた自分が嬉しくて、それが報われた気がしていたからとてもショックを受けた。
脳は忙しなく動くのに心臓は何故かゆっくりで、変な汗が出てくる。
なんて返せばいいんだろう なんて
「でも、今こうしてアーロンさんと時間を過ごせていることがとても嬉しい」
そう言って照れたように笑うルカに俺は目を丸くした。カードを置いて俺の手をとって力強く握ってくる。
「僕、僕、生きたいんです…っそしてもっと色んなことを経験したい…!色んな場所に行きたい…!友達もたくさん作って、やりがいのある仕事に就いて…大事な人と一緒に歳をとっていきたい…っ」
溢れてくるものが止まらないのだろう
つまらせながらも必死に、純粋に 自分に言い聞かせるように放つその言葉の数々は希望に輝いていた。
「大丈夫。ルカなら、大丈夫だよ」
震えるほど強く握りしめてきた手を握り返すと、ルカは瞳に涙を溜めながら俺を見て、破顔する。
次の日リベンジで厩舎に行く約束をしたが、まだ雨が止まず断念。昨日とあまり変わらぬ時間を過ごし、更に次の日。空は快晴で今度こそルカと厩舎に向かう、
イーサンはいない
「うわー!」
「アーロンさんこっちです!」
厩舎についたのだが、雨続きでぬかるんだ地面はズッポシと足を食べてしまう。
火竜に近付くにはもちろん騎士の護衛がつく。用意してくれていた安定した地面のルートを行けば問題なかったのだが 俺のお気に入りの火竜が翼を広げて日光浴をしていて それを眺めていると道から外れてしまっていたらしく、思いっきり埋まってしまった。
抜けようにもビクともせずかと言って体をこの泥だらけの地面について服を汚したらメイド達にどんな目をされるか分からない。
「アーロンさん!」
「ルカ!」
ルカがこっちにいっぱいっぱいに手を伸ばしてくれる。まるで底なし沼に沈みそうになっているような悲劇なシーン。俺も必死に手を伸ばして掴んだ!と思ったらルカはその反動でこちらに倒れ込んでくる。
「「わー!」」
向こうから慌てた騎士達が走ってくるのが見える。
俺たちはお互いに顔を合わせて固まる。
見事なまでに泥だらけ。
2人で大笑いした。
泥だらけで笑いあった後、時間が勿体無いので軽く体を拭くだけにした
汚れた俺らを見てぎょっとする厩務員達を気にすることなく俺の手をぐいぐいと引っ張って進むルカ
その足取りはしっかりしていて、今日のルカは病など感じさせなかった。
靴がボスボス空気と水を含んだ音を立てて、なんだか間抜けだ
「すごい…!」
前方のルカの声を聞いて、泥の足音がつくのを俯いて見ていた頭を上げた。
いつの間にか厩舎の目前まで来ていて、丁度火竜が放牧のため外に出てくるところだった。
勝手に飛び立っていかないように広大な放牧場にはネットが張り巡らされている
そういうことはほぼないらしいが、貴重な火竜に少しのリスクも許されない。
乗ったことがあるとはいえ何度見てもその姿は圧倒されてしまう。
護衛の騎士が俺とルカを大袈裟なくらい下がらせる
ルカは興奮したように背伸びをして気持ちよさそうに羽を伸ばす火竜を見ていた
「あ、あの子」
俺は厩舎の中に前回帝都の騎士と一緒に乗った桃色の火竜を見つける。
人間からすると一般市民が1世帯住めそうなサイズの厩舎だが、火竜の巨体はそれでも窮屈そうに見えた。
「あの子は出さないんですか?」
あの桃色の子に妙な愛着が湧いている。
羽を広げさせてやりたいと思い騎士に聞いてみた。
ルカは火竜から視線をこちらに移し、どうかしたんですか?と伺ってくる。
「あの桃色の子、前乗った子なんだ。出せないかなって思って」
騎士はすぐに厩務員に確認してくれた
話してる内容は聞こえないが、厩務員が首を振ったのを見て察した
「可哀そうでしたね、」
どこか俺を気遣うような声音で聞いてくるルカに、俺はうなずいた
火竜をしばらく眺めた後、俺たちは一度分かれて湯あみを済ませて、今はルカと遅めの昼食を東屋でとっている
手軽に食べれるように新鮮な野菜とさっぱりしたお肉が挟まったサンドイッチがメニューだ。
一口サイズで皿にたくさん盛られたそれに普段ならわくわくしていただろう。
あの桃色の火竜。ほかの個体からいじめられているらしい。
”いじめ” という言葉が火竜にふさわしいかは分からないが、生き物ではよくあるらしい。
年老いて弱い個体は群れの足を引っ張る。更に子も産めず狩もできなくなった雌の個体は野生ではつまはじきになってしまうことがよくあるそうだ。
前回は人間が主導権を握っているので群れでも問題なく飛べたが、同じ場所に人間の管理なく放つともしもの事があったとき、取り返しがつかなくなる。だから他の火竜を放しているときは可哀そうだが一匹厩舎の中なのだ。
少し、自分を重ねているのだろうか 馬鹿らしい。まるで自分が可哀そうな人間みたいに。
可哀そうなのは俺じゃないだろ
そういう思考になるのも嫌で、振り払うようにサンドイッチにかぶりついた
「ふふ、アーロンさん」
当然口いっぱい頬張り始めた俺にルカはクスクス笑いながらサンドイッチの皿を俺の傍によせた。
食事を終え、自室に戻る途中。
不意に何故か視線がいったバルコニーの下を見た 途端
俺は走った
「イーサン!…あれ…?」
さっき確かにイーサンを見つけたと思ったのだが、息を切らして周囲を見渡すもどこにも居ない。
まぁ、俺がいたバルコニーからイーサンがいる所まで走っていってもすれ違うには十分の時間があるだろう。
「俺の声、聞こえなかったかな」
イーサンは3ヶ月帝都に行くため処理しておかねばならない仕事が山積みだそうだ。
本来なら妻である俺が主人不在の時やるべき仕事だ。でもイーサンは結婚した当初からあまり俺に仕事をさせなかった
確かに要領は良くないし物覚えもいい方ではないが、全くの役たたずでは無いはずだ。
これでも一応伯爵家の一人息子なのだ
それ相応の教育は受けている。
「へ…くしょん!」
イーサンが去った方向など分からないのに長い廊下の続く先を見つめていると背後から誰かのくしゃみの音。
俺は思わず飛び上がって振り向く
「ルカっ?なんで、部屋に戻ったんじゃ?」
本当についさっき別れたばかりのルカが心無しか鼻を赤くしながらそこに立っていた。
「はい。そうなんですけど3階から走っていくアーロンさんを見つけて、追いかけてきちゃいました」
俺とルカの部屋は遠くはないが別館にある。廊下は繋がっているが建物が向かい合わせのように建っているので廊下を走ってる俺の姿も見えたのだろう。
それにしても既に夕方近くで空気は冷たくなってきている。部屋に戻ろうと促すとルカは素直に着いて来た。
なんだかさっきよりも少し気まずい気がする
何故だろう。歩き慣れた廊下がとても長く感じる。
「アーロンさん、何があったんですか?」
「…イーサンが居てさ」
ルカは俺に当然の質問をした。
名前を呼んで走っていって結局会えなかったなんていう妻として、夫婦として一方通行な一連の流れは恥ずかしいものだと思ったからルカに言うつもりは無かったのだけど、ぽろりと出てしまった。
「アーロンさん。 僕金魚見てみたいです」
「え?」
なんの脈絡もなくそう言うルカに思わず足を止めた。
「いつか、兄さんと話していたでしょう?僕も見たい」
結局あの日イーサンには見せられず、あの大きな大きな金魚の存在を知るのはマルコと俺を呼びに来るそんなもの気にもとめないメイドだけだ。
人に見せたい 驚かせたい という欲求をまさか外部から満たしてあげよう。なんて事が起こるとは思ってなかったので意味もなく慌てた。
「あ、ぅ、うん!いいよ!いいよっ!」
腕をバタバタさせてまるで鶏みたいに興奮する俺にルカは笑った。
--------
あの子が私を見つけて走ってくるのが見えた。
後ろ髪引かれる思いを振り切るように足をとめず、あまり使われることない為に明かりも最低限の薄暗い廊下を進んで別室に入る。
そこには既に客人が我が物顔で椅子に座っており煙草をふかしている。
曇った部屋と独特の鼻につく臭いに無遠慮に顔を顰める。
「母上、この屋敷で煙草は遠慮ください」
「あら、元気そうね。よかったわ」
にっこりと美しい笑みを浮かべて自分と同じ色の髪と瞳を持つ美女がこちらを見ている。
顔近くまで漂ってくる煙を手で払いのけて己も椅子に座る。
「さっさと話を進めてください。」
「もう、貴方は相変わらずね。あの子は元気?」
一体どちらを指しているのか、どういう意味で聞いているのか。そんな表情が出ていたのか母上はクスクスと笑う。名残惜しげに煙草を1度深く吸って持ち歩いているのだろうやけに煌びやかな灰入れに落とす。
「ドナーが見つかったのよ。」
心臓がどくんと大きく波打つ。
母上は私の様子は想定済みのようで、気にせず言葉を続ける。
「嘘が誠になるなんてね。貴方達の叔父の奥方が臓器提供に本当の了承をしたわよ」
神は見て下さるのね。言葉を簡単に締めくくる母上に私は言葉を出せなかった。
今まで締め切っていた物が脳内を駆け巡り、浮かぶのはあの子の姿。
「諦めないでいいのよ。貴方だって」
「やめてください」
母としてだろうか、私自身を肯定する役目を自分勝手に果たそうとする台詞を遮る。
私はもう決めたのだ。決めたのだ
拳を強く握りしめ己の中で決意を往復する
だがその断面には必ずあの子の姿が鮮明に映る。
「…当日までまだ時間はあるわ。よく考えなさい」
母上は優雅に立ち上がり部屋を立ち去った。
残された私は背もたれにもたれかかり、大きく息を吐いた。天井には悪魔と天使が描かれており、その様子は天使が悪魔を断罪しているようにも見え、悪魔が天使を悪に引きずり込もうとしているようにも見える。
まるでその絵ごと降ってきそうな天井を見ていられず目を閉じた。
遠くであの子の笑い声が聞こえる。
ルカは上手くやっているようだ
やはり、これが正しいのだと確信した私は静かに、あの子の笑い声に耳をすませた
--------------
「わわっルカそんなに沢山入れたら」
「えっ」
池に加減なんて無い量の餌が投下されて荒れ狂った魚達がビチビチと水しぶきをあげる。
いくら可愛がっているとはいえ、ひとつの場所に押し合うように固まり動き回る姿は少し引くものがある。
「…すみません…」
ルカは顔に水がかかったのだろう。髪が顔に張り付いていてそれをとることもせず律儀に謝ってくるその姿が面白くて俺は笑い声を上げた。
ひとしきり笑った後、鯉を掻き分けてこちらに向かってくる地味で大きな魚を指さす
「あ、ほらみて!あそこの!」
ルカは張り付いた髪を上品に耳にかけながら示した先を見る。
「?…どの子ですか?」
「ほら、あそこっ今こっちに来てるよっ」
「えっ、まさかあの」
サイズ的に金魚だと信じられなかったのだろう。目を丸くした様子のルカを横目で盗み見して俺はくふふ、と口を抑える。
やっぱりびっくりした!
「あの子、この池のボスなんだって!」
「金魚が…?」
「金魚が!」
口に出せば出すほどその事実が本当におかしくて堪らなくなって、新しい誰かに共有できたことが嬉しくてまた笑い声が止まらなくなった。誰か止めて欲しい
「はぁ、暑くなって来ちゃった」
「ふふ、笑い過ぎですよ。アーロンさん」
パタパタと顔を手で扇ぐ。体温が上がってなんなら汗もかいているから早く湯浴みしないと風邪をひくだろう。
風邪をひく という所でハッとした
「…?」
突然バッと見た俺に目を丸くするルカ
そういえばあの後ルカに何も羽織らせずここまで連れてきてしまった!さっきは水にも濡れた!まずいと顔を青くした俺は急いで自分の部屋に入った。
「ルカルカ!早くこっち!」
「は、はいっ」
服は基本メイドが持ってくるので置いているものは少なく、基本寝巻きのようなものしかない。仕方ない!と重たいタンスを踏ん張って開けて服を漁る。
「ア、アーロンさん…?」
困惑するルカの声は無視して1番暖かそうな服を引っ張り出し渡す。思わず受け取った様子のルカに「これ着て!」と促し、そのままベットの掛布団を引っ張るが、大き過ぎて運べない。仕方なくシーツを引っ張りルカに渡すことにした。
自分の体に巻き付けながらシーツを引きずって振り返ると、こちらを見て立ちつくしているルカ。手には俺の寝巻きがまだ握られたままで
「る、ルカ、早く着なきゃ!風邪ひぃ、うわっぷ!」
「アーロンさん!」
引きずっていたシーツを足で踏んずけてしまいつんのめって転んでしまう。
慌てて駆け寄ってくるルカに俺は羞恥と情けなさに俯いた顔を上げれないでいた。
いい方向にしようと頑張るけど、
上手くいかなくて却って迷惑になったり、心配をかけたりする事が幼少の頃からある
最近少しは成長できたかもなんて思っていた所があっただけに尚更恥ずかしい
相手がどう思ってるか考えず決めつけて行動に移してしまう俺の悪い癖。ただ、聞けばいいのだ。
「ルカ…寒い…?」
おずおずと転んだ拍子に自分を覆ったシーツの中からルカを伺った。ルカは俺を見つめて安心させるように微笑む
「…いいえ、寒くありませんよ」
そっとしゃがんで、床に着いたままの俺の手を掴んでゆっくりと立ち上がらせてくれた。
その時、突然耳に手をかけられ体が分かりやすく跳ねて後ろに下がる。ルカは手を自分の前で慌てたように左右に振って触れたことを謝罪する。
「すみません!…でもその耳、どうしたんですか?」
しまった と思った
俺は慌てて耳を抑えて隠す。
今日朝の支度時にいつも通りの髪の梳かされ方をしたのだが、櫛を新しいものに新調したらしくまだ先が使い込まれているものより硬かったのだ。それもあって今日はいつもより耳に跡が強く残っている。
どうしよう、なんて言おう
「多分、さっき転んだ時に自分で引っ掻いちゃったのかも!」
誤魔化すように元気よく良い、シーツをベットに持っていく。この話はこれで終わりと言わんばかりにさっきひっくり返したタンスの中身も元に戻す。
「…アーロンさん、」
心配そうに俺を呼ぶルカの声が不安でたまらない。
多分ルカは、俺がメイドにどういう扱いをされているのか察しがついているのだろう。
それはルカの部屋の前で起きた事と、食堂で一緒に食事をした時の、メイドが俺を見る目。それらがそう思わせたのかもしれない。
でもどこか期待している自分がいる。
もしかしたら、ルカからイーサンに言ってくれるかもしれない。俺がメイドから受けている扱いを、
それでイーサンが心配して俺の所に来て、抱き締めてくれる。もう大丈夫だ、私が守ってやる
まるで王子に夢見る少女のような思考回路に心底呆れた。
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