8 / 20
梅の思念1
しおりを挟む
身体が徐々に弱っていく病になって、もう思うように身体が動かせなくなって、世間から隠される様にこの別宅に移されてからの私の世界は天井と床、サイドテーブルと窓から見える景色、そしてベッド。
そして……。
「梅子、体調はどう?」
優しくて美しい、私の大好きな桜姉様。
──
「お姉様、嬉しいわ来てくれて」
「ごめんなさいね、色々とあってなかなかお見舞いに来られなかったの」
姉様がカーテンを開ける。外の光の眩しさに思わず目をつぶった。
「少しは日に当たらないと……メイドたちに注意しなければね」
光の中に立ち姉が柔らかく微笑む。白い肌に少し色素の薄い柔らかそうな髪の毛、大きな目に通った鼻筋、花びらのような唇。まるで天使のよう。やはり私のお姉様は美しいわ。
うっとりと見惚れていると、お姉様が微笑みながら隣にある椅子に座る。
「これは今週分のお薬よ」
その袋をみて思わず顔をしかめる。
「梅子、そんな顔をしないの」
「だって、その薬苦いんですもの。それに……飲んでも進行を遅らせる事は出来ても、どうせ良くはならないんでしょう」
私の言葉を聞いて姉様が悲しそうな顔をした。
「そんな事を言わないで……」
「ごめんなさい」
謝る私をぎゅうと抱きしめてくれる。柔らかな体と良い香りが私を包む。けれど異変に気が付く、香りがいつもと違う。
「お姉様、香水を変えましたか?」
「ええ、婚約者の方が下さったのよ。……良い香りでしょう」
婚約者。その言葉に背筋が冷たくなる。無理やり笑顔を作ってそうなんだと返す。
婚約者、姉様を私から奪う存在。
この別宅に追いやられてからお父様も、お母様も会いに来てはくれない。来てくれるのはお姉様だけ。私にはもうお姉様しかいない。奪われたら私はひとりぼっちになってしまう。
けれど今の私ではどうする事も出来ない、この身が憎い、病が憎い。
「あのね、今日はお客様がいらっしゃてるのよ」
お姉様はそう言うと誰かを招き入れる。
入ってきたのは痩せて目がぎょろりとしたスーツ姿の男性だった。もしかしてこの人が姉様の婚約者なのだろうか?
「どうも」
男が無表情のままそういう。その全てを見透かしている様な冷たい視線が怖いと思ってしまう。
「この方はね、梅子の病を治してくれるかもしれないの」
「お医者様?」
婚約者ではなかった。その事実にホッとする。
「いや、私は医者ではないよ。ただの科学者だ」
科学者……? 思わず胡散臭いという視線を男に向けてしまう。そんな私を見て男は苦笑いした。
「梅子! そんな顔をしないの! お父様が探し出してわざわざ呼び寄せて下さったのよ」
「お父様が?」
一度も見舞いに来ないあのお父様が? まだ私を心配してくれていたの?
「聞いた事はありませんか、植物人という言葉を」
「植物人……?」
知らない言葉に頭を横に振ると、男はにこりと笑いながら懐からビー玉の様な物が入っている瓶を取り出し、恍惚とした表情で説明しだした。
「これが私が開発した、人を植物人化させる薬です。植物人というのは名の通り、身体に植物の機能をもった人間の事です」
「植物……?」
それは……人と言えるのかしら? という疑問が頭をよぎる。
「もちろん人ですよ」
私の考えを見抜いたかのように男が声に出す。その確定事項を告げる様な凛とした声に思わずぎくりとする。
「ただ日の光と水だけで生きられる様になるだけです。他は人とまったく変わりません」
「日の光と水だけで生きられる……」
健康な身体になれるのはとても魅力的だが、やはりそんなものが人とは思えない。この男は私にそんな得体のしれないものになれと言うのだろうか。
「今のその病に蝕まれた身体で居たいのならばもちろん無理にとは言いませんが……」
男が顔を覗き込んでくる。
「健康になってまたお姉さんと一緒に暮らしたいのでしょう?」
そう言われてハッとする。その植物人になればお姉様とずっと一緒にいられる? 婚約者など捨てさせて二人で遠くへ逃げられる? あの約束も果たせるの? けれど……。
悩む私の手をお姉様が握りしめた。
「悩むのはわかるわ、私も胡散臭い話だと思ったもの。けれど……少しでも可能性があるならば私はあなたに元気になってもらいたいの」
お姉様の必死な顔を見て胸が痛む。
ああ、私は最愛の人にこんなにも辛い思いをさせていたのね。
お姉様の手を握り返し、男に告げる。
「わかりました。その植物人になるお薬、飲みます」
私の言葉に男はにやりと微笑んだ。
そして……。
「梅子、体調はどう?」
優しくて美しい、私の大好きな桜姉様。
──
「お姉様、嬉しいわ来てくれて」
「ごめんなさいね、色々とあってなかなかお見舞いに来られなかったの」
姉様がカーテンを開ける。外の光の眩しさに思わず目をつぶった。
「少しは日に当たらないと……メイドたちに注意しなければね」
光の中に立ち姉が柔らかく微笑む。白い肌に少し色素の薄い柔らかそうな髪の毛、大きな目に通った鼻筋、花びらのような唇。まるで天使のよう。やはり私のお姉様は美しいわ。
うっとりと見惚れていると、お姉様が微笑みながら隣にある椅子に座る。
「これは今週分のお薬よ」
その袋をみて思わず顔をしかめる。
「梅子、そんな顔をしないの」
「だって、その薬苦いんですもの。それに……飲んでも進行を遅らせる事は出来ても、どうせ良くはならないんでしょう」
私の言葉を聞いて姉様が悲しそうな顔をした。
「そんな事を言わないで……」
「ごめんなさい」
謝る私をぎゅうと抱きしめてくれる。柔らかな体と良い香りが私を包む。けれど異変に気が付く、香りがいつもと違う。
「お姉様、香水を変えましたか?」
「ええ、婚約者の方が下さったのよ。……良い香りでしょう」
婚約者。その言葉に背筋が冷たくなる。無理やり笑顔を作ってそうなんだと返す。
婚約者、姉様を私から奪う存在。
この別宅に追いやられてからお父様も、お母様も会いに来てはくれない。来てくれるのはお姉様だけ。私にはもうお姉様しかいない。奪われたら私はひとりぼっちになってしまう。
けれど今の私ではどうする事も出来ない、この身が憎い、病が憎い。
「あのね、今日はお客様がいらっしゃてるのよ」
お姉様はそう言うと誰かを招き入れる。
入ってきたのは痩せて目がぎょろりとしたスーツ姿の男性だった。もしかしてこの人が姉様の婚約者なのだろうか?
「どうも」
男が無表情のままそういう。その全てを見透かしている様な冷たい視線が怖いと思ってしまう。
「この方はね、梅子の病を治してくれるかもしれないの」
「お医者様?」
婚約者ではなかった。その事実にホッとする。
「いや、私は医者ではないよ。ただの科学者だ」
科学者……? 思わず胡散臭いという視線を男に向けてしまう。そんな私を見て男は苦笑いした。
「梅子! そんな顔をしないの! お父様が探し出してわざわざ呼び寄せて下さったのよ」
「お父様が?」
一度も見舞いに来ないあのお父様が? まだ私を心配してくれていたの?
「聞いた事はありませんか、植物人という言葉を」
「植物人……?」
知らない言葉に頭を横に振ると、男はにこりと笑いながら懐からビー玉の様な物が入っている瓶を取り出し、恍惚とした表情で説明しだした。
「これが私が開発した、人を植物人化させる薬です。植物人というのは名の通り、身体に植物の機能をもった人間の事です」
「植物……?」
それは……人と言えるのかしら? という疑問が頭をよぎる。
「もちろん人ですよ」
私の考えを見抜いたかのように男が声に出す。その確定事項を告げる様な凛とした声に思わずぎくりとする。
「ただ日の光と水だけで生きられる様になるだけです。他は人とまったく変わりません」
「日の光と水だけで生きられる……」
健康な身体になれるのはとても魅力的だが、やはりそんなものが人とは思えない。この男は私にそんな得体のしれないものになれと言うのだろうか。
「今のその病に蝕まれた身体で居たいのならばもちろん無理にとは言いませんが……」
男が顔を覗き込んでくる。
「健康になってまたお姉さんと一緒に暮らしたいのでしょう?」
そう言われてハッとする。その植物人になればお姉様とずっと一緒にいられる? 婚約者など捨てさせて二人で遠くへ逃げられる? あの約束も果たせるの? けれど……。
悩む私の手をお姉様が握りしめた。
「悩むのはわかるわ、私も胡散臭い話だと思ったもの。けれど……少しでも可能性があるならば私はあなたに元気になってもらいたいの」
お姉様の必死な顔を見て胸が痛む。
ああ、私は最愛の人にこんなにも辛い思いをさせていたのね。
お姉様の手を握り返し、男に告げる。
「わかりました。その植物人になるお薬、飲みます」
私の言葉に男はにやりと微笑んだ。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
心霊捜査官の事件簿 依頼者と怪異たちの狂騒曲
幽刻ネオン
ホラー
心理心霊課、通称【サイキック・ファンタズマ】。
様々な心霊絡みの事件や出来事を解決してくれる特殊公務員。
主人公、黄昏リリカは、今日も依頼者の【怪談・怪異譚】を代償に捜査に明け暮れていた。
サポートしてくれる、ヴァンパイアロードの男、リベリオン・ファントム。
彼女のライバルでビジネス仲間である【影の心霊捜査官】と呼ばれる青年、白夜亨(ビャクヤ・リョウ)。
現在は、三人で仕事を引き受けている。
果たして依頼者たちの問題を無事に解決することができるのか?
「聞かせてほしいの、あなたの【怪談】を」
迷い家と麗しき怪画〜雨宮健の心霊事件簿〜②
蒼琉璃
ホラー
――――今度の依頼人は幽霊?
行方不明になった高校教師の有村克明を追って、健と梨子の前に現れたのは美しい女性が描かれた絵画だった。そして15年前に島で起こった残酷な未解決事件。点と線を結ぶ時、新たな恐怖の幕開けとなる。
健と梨子、そして強力な守護霊の楓ばぁちゃんと共に心霊事件に挑む!
※雨宮健の心霊事件簿第二弾!
※毎回、2000〜3000前後の文字数で更新します。
※残酷なシーンが入る場合があります。
※Illustration Suico様(@SuiCo_0)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
エリス
伏織
ホラー
9月 新学期。
ふとした噂から、酷いイジメが始まった。
主人公の親友が、万引きの噂が流れているクラスメートに対するイジメを始める。
イジメが続いていく中、ある日教室の真ん中でイジメに加担していた生徒が首吊り死体で発見され、物語は徐々に暗闇へと向かっていきます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
きらさぎ町
KZ
ホラー
ふと気がつくと知らないところにいて、近くにあった駅の名前は「きさらぎ駅」。
この駅のある「きさらぎ町」という不思議な場所では、繰り返すたびに何か大事なものが失くなっていく。自分が自分であるために必要なものが失われていく。
これは、そんな場所に迷い込んだ彼の物語だ……。
トゴウ様
真霜ナオ
ホラー
MyTube(マイチューブ)配信者として伸び悩んでいたユージは、配信仲間と共に都市伝説を試すこととなる。
「トゴウ様」と呼ばれるそれは、とある条件をクリアすれば、どんな願いも叶えてくれるというのだ。
「動画をバズらせたい」という願いを叶えるため、配信仲間と共に廃校を訪れた。
霊的なものは信じないユージだが、そこで仲間の一人が不審死を遂げてしまう。
トゴウ様の呪いを恐れて儀式を中断しようとするも、ルールを破れば全員が呪い殺されてしまうと知る。
誰も予想していなかった、逃れられない恐怖の始まりだった。
「第5回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
他サイト様にも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
雷命の造娘
凰太郎
ホラー
闇暦二八年──。
〈娘〉は、独りだった……。
〈娘〉は、虚だった……。
そして、闇暦二九年──。
残酷なる〈命〉が、運命を刻み始める!
人間の業に汚れた罪深き己が宿命を!
人類が支配権を失い、魔界より顕現した〈怪物〉達が覇権を狙った戦乱を繰り広げる闇の新世紀〈闇暦〉──。
豪雷が産み落とした命は、はたして何を心に刻み生きるのか?
闇暦戦史、第二弾開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる