植物人-しょくぶつびと-

一綿しろ

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梅の思念1

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 身体が徐々に弱っていく病になって、もう思うように身体が動かせなくなって、世間から隠される様にこの別宅に移されてからの私の世界は天井と床、サイドテーブルと窓から見える景色、そしてベッド。
 そして……。

「梅子、体調はどう?」

 優しくて美しい、私の大好きな桜姉様。

──

「お姉様、嬉しいわ来てくれて」
「ごめんなさいね、色々とあってなかなかお見舞いに来られなかったの」

 姉様がカーテンを開ける。外の光の眩しさに思わず目をつぶった。

「少しは日に当たらないと……メイドたちに注意しなければね」

 光の中に立ち姉が柔らかく微笑む。白い肌に少し色素の薄い柔らかそうな髪の毛、大きな目に通った鼻筋、花びらのような唇。まるで天使のよう。やはり私のお姉様は美しいわ。
 うっとりと見惚れていると、お姉様が微笑みながら隣にある椅子に座る。

「これは今週分のお薬よ」

 その袋をみて思わず顔をしかめる。

「梅子、そんな顔をしないの」
「だって、その薬苦いんですもの。それに……飲んでも進行を遅らせる事は出来ても、どうせ良くはならないんでしょう」

 私の言葉を聞いて姉様が悲しそうな顔をした。

「そんな事を言わないで……」
「ごめんなさい」

 謝る私をぎゅうと抱きしめてくれる。柔らかな体と良い香りが私を包む。けれど異変に気が付く、香りがいつもと違う。

「お姉様、香水を変えましたか?」
「ええ、婚約者の方が下さったのよ。……良い香りでしょう」

 婚約者。その言葉に背筋が冷たくなる。無理やり笑顔を作ってそうなんだと返す。
 婚約者、姉様を私から奪う存在。
 この別宅に追いやられてからお父様も、お母様も会いに来てはくれない。来てくれるのはお姉様だけ。私にはもうお姉様しかいない。奪われたら私はひとりぼっちになってしまう。
 けれど今の私ではどうする事も出来ない、この身が憎い、病が憎い。

「あのね、今日はお客様がいらっしゃてるのよ」

 お姉様はそう言うと誰かを招き入れる。
 入ってきたのは痩せて目がぎょろりとしたスーツ姿の男性だった。もしかしてこの人が姉様の婚約者なのだろうか?

「どうも」

 男が無表情のままそういう。その全てを見透かしている様な冷たい視線が怖いと思ってしまう。

「この方はね、梅子の病を治してくれるかもしれないの」
「お医者様?」

 婚約者ではなかった。その事実にホッとする。

「いや、私は医者ではないよ。ただの科学者だ」

 科学者……? 思わず胡散臭いという視線を男に向けてしまう。そんな私を見て男は苦笑いした。

「梅子! そんな顔をしないの! お父様が探し出してわざわざ呼び寄せて下さったのよ」
「お父様が?」

 一度も見舞いに来ないあのお父様が? まだ私を心配してくれていたの?

「聞いた事はありませんか、植物人という言葉を」
「植物人……?」

 知らない言葉に頭を横に振ると、男はにこりと笑いながら懐からビー玉の様な物が入っている瓶を取り出し、恍惚とした表情で説明しだした。

「これが私が開発した、人を植物人化させる薬です。植物人というのは名の通り、身体に植物の機能をもった人間の事です」
「植物……?」

 それは……人と言えるのかしら? という疑問が頭をよぎる。

「もちろん人ですよ」

 私の考えを見抜いたかのように男が声に出す。その確定事項を告げる様な凛とした声に思わずぎくりとする。

「ただ日の光と水だけで生きられる様になるだけです。他は人とまったく変わりません」
「日の光と水だけで生きられる……」

 健康な身体になれるのはとても魅力的だが、やはりそんなものが人とは思えない。この男は私にそんな得体のしれないものになれと言うのだろうか。

「今のその病に蝕まれた身体で居たいのならばもちろん無理にとは言いませんが……」

 男が顔を覗き込んでくる。

「健康になってまたお姉さんと一緒に暮らしたいのでしょう?」

 そう言われてハッとする。その植物人になればお姉様とずっと一緒にいられる? 婚約者など捨てさせて二人で遠くへ逃げられる? あの約束も果たせるの? けれど……。
 悩む私の手をお姉様が握りしめた。

「悩むのはわかるわ、私も胡散臭い話だと思ったもの。けれど……少しでも可能性があるならば私はあなたに元気になってもらいたいの」

 お姉様の必死な顔を見て胸が痛む。
 ああ、私は最愛の人にこんなにも辛い思いをさせていたのね。
 お姉様の手を握り返し、男に告げる。

「わかりました。その植物人になるお薬、飲みます」

 私の言葉に男はにやりと微笑んだ。
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