植物人-しょくぶつびと-

一綿しろ

文字の大きさ
上 下
4 / 20

菫の思念2

しおりを挟む
 見ると先ほどの妖艶な声とは真逆の純粋そうな少女がこちらに駆けてくる。

「梅子」

 桜子が慌てて駆け寄った。

「走ってはダメよ、まだ治ったばかりなのよ」
「ごめんなさい、姉様を見たら嬉しくなってしまって」

 そう言って笑う少女からまた妙な色気を感じる。なんだ? なぜこんな化粧すらしていない女から目が離せないんだろう。そしてこの甘い香りは……。
 俺がじっと見つめていたのに気が付いた少女が桜子に尋ねる。

「この方は?」
「前に話したでしょう、私の婚約者の如月菫太郎さんよ。菫太郎さん妹の梅子です」

 その言葉にハッとする。

「初めまして、如月菫太郎です」
「阿賀梅子です」

 その笑顔は幼い。だが俺は彼女から目が離せなかった。なぜだ? なぜこんなにも心惹かれるのだろう。
 梅子は挨拶をすると桜子と二言三言会話を交わし、軽く会釈をするとその場を去ろうとした。とっさにこのまま別れたくないと思ってしまう。

「待ってください、先ほど桜子さんから伺ったのですが……庭園を管理される予定とか」

 桜子がぎょっとした顔をするのが見える。だがそんなのは無視をしてでも梅子を引き止めたいと思ってしまう。

「ええ、今まで療養していた、阿賀家の別宅を父から譲り受けまして」
「俺にお手伝いできることがあれば、何でも言ってください」

 梅子は少し困った顔をすると桜子に目線を向ける。桜子はため息をつくと、

「菫太郎さんは経営について如月のおじさまに色々と学んでいるそうなの。義理の兄として面倒を見て下さるとおっしゃっているのよ。お優しい方でしょう?」

 そう説明した。
 その言葉にはかなり棘がある、教えなくてもいいと言われそれを了承したのに、舌の根も乾かぬうちに同じ事を申し出たのだからそうなっても仕方ないか。

「そうなんですね、ありがとうございます」
「では!」

 やったぞ、これで梅子ともっと親しくなれる、ゆくゆくは愛人にするのもいいかもしれない……そう喜んだのだが。

「けれど、結構です。お気持ちだけ受け取っておきます」

 そう言ってお辞儀をすると去って行った。くそ、そう簡単にはいかないか。
 だが心の中に「ああ、もう少し話がしたかった」と言う切なさがこみ上げる。女に対しこんな気持ちになるのは初めてかもしれない。
 梅子が去った方向を名残惜しそうにみていると隣から鋭い視線の感じた。……まずい今は桜子と一緒だったんだ。

「梅子は可愛らしいでしょう」
「え、ええ、そうですね」
「……」

 桜子が怖い顔でこちらを見ている。梅子に邪な感情を抱いた事を悟られたのだろう。桜子に嫌われ完全に梅子との縁が切れてしまうのは困る。

「ごめんなさい」

 素直に謝った俺に桜子は悲しげな表情をする。

「いえ、いいんです」

 無機質な声で言うと俺の手を握りしめてきた。小さな手なのに物凄い力だ。そして、

「どうか、あなたは梅の香りに惑わされないで」

 そう、小さく呟いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

終焉の教室

シロタカズキ
ホラー
30人の高校生が突如として閉じ込められた教室。 そこに響く無機質なアナウンス――「生き残りをかけたデスゲームを開始します」。 提示された“課題”をクリアしなければ、容赦なく“退場”となる。 最初の課題は「クラスメイトの中から裏切り者を見つけ出せ」。 しかし、誰もが疑心暗鬼に陥る中、タイムリミットが突如として加速。 そして、一人目の犠牲者が決まった――。 果たして、このデスゲームの真の目的は? 誰が裏切り者で、誰が生き残るのか? 友情と疑念、策略と裏切りが交錯する極限の心理戦が今、幕を開ける。

百物語 厄災

嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。 小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

Dark Night Princess

べるんご
ホラー
古より、闇の隣人は常に在る かつての神話、現代の都市伝説、彼らは時に人々へ牙をむき、時には人々によって滅ぶ 突如現れた怪異、鬼によって瀕死の重傷を負わされた少女は、ふらりと現れた美しい吸血鬼によって救われた末に、治癒不能な傷の苦しみから解放され、同じ吸血鬼として蘇生する ヒトであったころの繋がりを全て失い、怪異の世界で生きることとなった少女は、その未知の世界に何を見るのか 現代を舞台に繰り広げられる、吸血鬼や人狼を始めとする、古今東西様々な怪異と人間の恐ろしく、血生臭くも美しい物語 ホラー大賞エントリー作品です

迷い家と麗しき怪画〜雨宮健の心霊事件簿〜②

蒼琉璃
ホラー
 ――――今度の依頼人は幽霊?  行方不明になった高校教師の有村克明を追って、健と梨子の前に現れたのは美しい女性が描かれた絵画だった。そして15年前に島で起こった残酷な未解決事件。点と線を結ぶ時、新たな恐怖の幕開けとなる。  健と梨子、そして強力な守護霊の楓ばぁちゃんと共に心霊事件に挑む!  ※雨宮健の心霊事件簿第二弾!  ※毎回、2000〜3000前後の文字数で更新します。  ※残酷なシーンが入る場合があります。  ※Illustration Suico様(@SuiCo_0)

奇談

hyui
ホラー
真相はわからないけれど、よく考えると怖い話…。 そんな話を、体験談も含めて気ままに投稿するホラー短編集。

怪異語り 〜世にも奇妙で怖い話〜

ズマ@怪異語り
ホラー
五分で読める、1話完結のホラー短編・怪談集! 信じようと信じまいと、誰かがどこかで体験した怪異。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...