四次元堂奇譚

一綿しろ

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四冊目 時戻りの時計・改

深夜

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 俺は、木村高志きむらたかし。アイドルに恋している。しがないサラリーマンだ。
 こう言うと大体の人はドン引く。だが、本気なんだ。この想いは止められない。

 俺が恋しているのは地下アイドルの飯島光夜いいじまみつよことみったん。二次元にしか興味が無かった俺が友人に誘われライブを見に行ったのが運命。そこには女神がいた。俺は一瞬で彼女の笑顔に堕ちた。

 給料のほとんどを彼女に貢ぐようになって半年。推しの視線を一秒でも他のやつより独占する為に、他の奴らに決定的な差をつけマウントを取る為に、深夜にコンビニでアルバイトまで始めた。会社が昨今のウイルスの影響もあり副業可能になったのも良きタイミングだった。
 ライブが終わった後、たった数秒の握手、その時に「また来てくれたんだ、ありがとう!」って天使の笑顔で言われてみろ、そりゃガチにもなるさ。

 会社との二束わらじはきつかったけど、俺には金が必要なんだ! みったんは俺が支える! 全ては推しの笑顔の為に!

──

 いつも通りの深夜のコンビニ。この時間帯は来る客がほぼ固定だ。
 けれど、その日はいつもと違っていた。

「あー……暇っすねえ……」

 同じバイトの樋熊ひぐまくんが大きなあくびをした。
 彼は名字の通り、ヒグマのように大きく強そうな外見をしていて、髪は金髪、腕には髑髏のタトゥーを入れている、しかも顔はイケメン。俺とは完全に住む世界が違う人間だ。だが、気さくで話しやすく、俺のドルオタ語りも楽しそうに聞いてくれる為に、俺はすっかり心を許していた。

「まあ、この時間帯は仕方ないよ」
「そうっすよねえ、そういやオタ先輩」

 彼は俺の事をオタ先輩と呼ぶ。「ドルオタだからオタ先輩っすね!」と爽やかに命名された。まあ、事実なので好きに呼んでもらっている。ちなみに俺の方が一週間だけ先にバイトを始めたから先輩らしい。

「例のアイドルとは仲良くなれたんすか?」
「え!? いや、まったく」
「マジすか? オタ先輩とろいっすねえ」
「相手はアイドルだからね、はは……」
「女は声かけたら大体セックスさせてくれますよ! 今度会った時に言ってみたらどうっすか?」

 ヒグマくんは邪気のない笑顔でそう返してきた。まあね、君みたいなイケメンならそうだろうけどさ。と言うか、そんな事を言ったら確実に出禁になる! 言えるわけがない!
 それに、みったんは聖域なんだ、セ………とかまだしてない! と思いたい。
 その時、店の自動ドアが開いてお客さんが入ってきた。

「しゃーせー」
「いらっしゃいませ」

 二人同時にそう言う。そのお客さんは店の中を見る訳でもなく真っ直ぐレジに向かってきた。

「あ、あの! すみません!」

 そういうお客の顔を見て俺は心臓が止まりそうになった。
 だって、推しが、みったんがそこにいたから。

「どうしたんすか?」

 俺が驚きで何も言えずにいるとヒグマくんが彼女に声をかけた。

「あ、あの、実は、誰かに追いかけられてて……」
「変質者っすかね? 顔見ました?」
「いえ……」

 みったんが困った様な顔をする。ライブでは見られない表情に胸が高鳴る。あああ、今、この時に、目の前に、推しが目の前にいる!

「って言うかあんたの顔、どっかで……あ! オタ先輩の推しに似てるんすよ! ねえ、先輩似てるっすよね!」

 ヒグマくんのその声で我に返る。いくら推しとはいえ今は店員とお客だ、しっかり対応しなければ!

「あ、ああ……っていうか……多分……」
「た、たかしくん?」

 名前を呼ばれて心臓が飛び上がる。え? 俺、認知されてた? 握手の時の言葉は社交辞令でみんなに言ってるんじゃなかったのか! そして名前も覚えてもらってたのか!? 嬉しさで意識が飛びそうになる。頭の中が祝賀パレードだ!

「何、ぼーっとしてんすか?」

 ヒグマくんが俺を現実に戻してくれた。ありがとう。

「あ、いや名前呼ばれて、びっくりしてた。似てるんじゃなくて本人だから」
「へー、本人なんすね、写真より可愛いじゃん」

 じろじろとヒグマくんがみったんを見る。いや、見すぎだろう。みったんが恥ずかしそうにうつ向いてしまう。や、やっぱりイケメンの方がいいですよね。くそ……イケメンはいいよな! そう思いつつヒグマくんを睨んでしまう。

「そ、そんなに怖い顔しないで下さいよー、先輩の推しに手なんか出さないっすよ」

 俺の視線に怯えたのか、ヒグマくんは困ったように笑った。
 そんなに怖い顔してたかな……。
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