四次元堂奇譚

一綿しろ

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二冊目 時戻りの時計

未来からの誘拐犯

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 光が収まると、俺は病室のドアの前にいた。思い切ってドアを開けるとベッドで眠っている祥子さんの姿があった。

「祥子さん……」

 俺は静かに名前を呼んだ、けれど反応は無い。

「言っただろう、目が覚めないって」

 声にぎょっとして声の方を見ると、祥子さんの横に公園で会った怪しい男が佇んでいた。

「あんた、何でここに」
「彼女を迎えに、な」

 そう言って、祥子さんの髪の毛を愛おしそうに触った。その行動に嫌悪を覚える。

「祥子さんに触るな、人を呼ぶぞ!」

 俺が震える声で言うと、男は俺をじっと見て、

「時計は手に入れたな?」

 と尋ねた。

「時計……?」
「ああ、これ」

 そう言うと男は白衣のポケットから時計を取り出す。その時計は先程あの店で貰った時計と同じデザインだった。あわててポケットを探る、俺の時計はある。どうして、同じ時計をこの男が持っているのか。こいつもあの妙な店に行ったことがあるという事なのか?

「お前、何者だよ?」

 俺の問いかけに、男は静かに俺に近づくと、

「俺は未来から来たお前だ」

 そう告げた。

「は?」

 間抜けな声が出てしまう。当たり前だ、未来から来たなんてそんな事が信じられるはずがない。

「未来から来るなんて、そんな事が出来るはずないだろ」
「いや、出来るさ。お前も持ってるだろう?」

 そう言われてハッとする。この時計は本物なのか? 本当に過去へ行けるのか?

「お、お前が未来から来た俺だとして、何しに来たんだよ」
「言っただろう。祥子さんを迎えに来たって」
「どうして……未来にも祥子さんはいるだろう」
「いや、いない、俺は過去に未来から来た自分に祥子さんを攫われた。今からお前が経験することだ」

 未来の俺が淡々と告げる。

「待ってくれよ、頭が追い付かない……なんで祥子さんを未来へ連れて行くんだよ」

 混乱する俺に、男は静かに説明を始めた。

「祥子さんの病気はこの時代では絶対に治らない」
「病気って……過労で倒れただけじゃ……」
「違うんだ、過労によく似た症状から始まるのがこの病の特徴だ。発病したら最後、二度と目を覚まさないまま体が衰弱して、死に至る。この時代では未知の病……まだ発見されていない病なんだ。だから手の施しようがない」
「死……!?」

 信じたくない現実を突きくけられて頭が真っ白になる。祥子さんが死ぬ? このまま、目を覚ます事もなく?

「そ、そんなの嫌だ! 嘘だ! 祥子さんが死ぬなんて! 嘘をつくな!」
「嘘じゃない、叫んだ所でこの事実は変わらない、落ち着け」

 男の同情か哀れみなのかそんな視線に俺は顔を伏せた。

「俺は死に物狂いでこの病について研究をして、やっと完成させたんだ、特効薬を」
「薬を作った……」
「だから、迎えに来た。助けるために」

 男の祥子さんを見つめる優しいまなざしを見て思う。この男……未来の俺はきっと、祥子さんの為に死に物狂いで薬を完成さえたんだろう。そして、あの店で手に入れた過去に行ける時計を使い迎えに来た。

「祥子さんを未来に連れて行かなければ……」
「このまま、目を覚ますことなく、死ぬ」
「祥子さんを助けるには、あんたに託すしかないんだな……」

 祥子さんの事を思うのなら、ここはこの男に彼女を託した方がいいのだろう。けれどそれは今の俺と祥子さんの別れを意味する。

「時間が無い、彼女は連れて行くぞ」

 何も言えない。涙が止まらない、何もできない自分が悔しくて。祥子さんと別れたくない、けどここで男を止めても、きっと祥子さんは目を覚まさずに死ぬ。死んでほしくない、けど……俺は……祥子さんと離れたくない。
 祥子さんを抱き抱えた男は、俺に言葉を投げる。

「俺は、祥子さんがいない三十年を過ごした。この人を助ける事だけを考えて生きてきた。だからお前も三十年苦しんで薬を作り、そして過去の自分から祥子さんを奪えばいい」

 その言葉にハッと顔を上げる。

「お前は強くなれる、祥子さんの為に」

 男が時計のリューズを押す。次の瞬間に二人の周りの空間が歪み、そしてそれに巻き込まれる様に消えた。

「祥子さん……」

 俺はそれを、見送る事しか出来なかった。

「……俺も……」

 時戻りの時計はこうして手元にある。祥子さんを攫われたのも、時計を貰った事も、全て現実なんだ。時計を握りしめ決意する。
 俺も迎えに行こう。未来から過去へ愛するあの人を。
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