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第3章 斜陽のさざ波
入院
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次の日、父親と亮が理事会から帰ってきたのは十時過ぎだった。
「こんばんは、おばさん」
亮は勝手知ったる廊下を抜けて、キッチンにいた母親と立ち話を始めた。
「亮ちゃん、今日も送ってくれてありがとう。晩御飯、食べる?」
「うん、遠慮なく」
「今夜はコロッケよ」
そんなやりとりが、リビングでテレビを観ていた俺にまで聞こえてきた。なんだか、俺よりこの家に馴染んでいる気がする。
そのとき、父親が俺の真向かいに「よっこらしょ」と、腰を下ろした。
「憲史、ちょっといいか」
「おう、どうしたの」
父親は答えず、廊下で立ち話をしていた母親と亮に「おい」と声をかける。すると、二人もリビングに集まり、父親を挟むように座った。
「何事だ?」
俺の真向かいに並ぶ三人が、神妙な顔になった。そして、父親がこう切り出した。
「あのな、週明けに入院するんだ」
「へ? 誰が?」
きょとんとした俺に、母親が「お父さん」と答えた。
「え!」
「この前、あんたに店番頼んだでしょ?」
「あぁ、うん」
朝から雪かきをした日だと思い出した俺の頭は、次いで出た言葉に雪より真っ白になった。
「あの日、病院に行ってたの。お父さん、胃がんだって」
一瞬、呼吸すら忘れて凍りついた。そんな事態をすぐに受け止められるほど、俺はできた人間じゃない。絞り出すような声でやっと一言、「嘘だろ?」と言った。
「こんな嘘ついてどうすんのよ。紹介状もらってきたから、明日から市立病院に入院するの」
ずんと胸に重くのしかかったのは、不安と恐怖だった。誰だっていつかは死ぬものだけれど、それを本当の意味で理解していなかった気がする。だって、父親が死ぬかもしれないと思っただけで、言い知れない恐ろしさがこみ上げてきた。
「えっと、入院ってどれくらいなの?」
当の本人は落ち着いた顔つきで、淡々と言った。
「予定では二週間だ。胃を切除するだけだから。その間、店を頼む」
父親は『だけ』なんて言うが、胃を切り取ると考えただけで血が苦手な俺には眩暈がしそうだ。
「店番はいいけど、デジタルでもいいのかよ?」
うちの写真館はデジタルではなくフィルムだ。俺一人では、とてもじゃないけど中判カメラを扱えない。
「仕方ないだろう。卒業と入学のシーズンまでには戻ると思うから、それまでなんとか乗り切ってくれ」
そして彼は「それから」と言葉を続けた。
「商店街の役員の代理人になってくれ」
「はぁ?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
「あ、だから亮もここにいるのか!」
「あぁ。今日の理事会で委任状を提出してきた。みんなにもお前が代理人だって了承してもらったから」
「親父、『なってくれ』なんて言って、もうなってんじゃねぇか!」
父親はにやりと唇を釣り上げた。
「そうでもしないと、お前は動かん」
「ちょ、待てよ、役員って何するんだよ」
思わず腰を浮かした俺は、ハッと亮を見た。
「お前、親父が胃がんだって知ってたのか」
麻美さんが来る直前、彼は何か言いかけた。きっとこのことだったのだろう。
答えたのは父親のほうだった。
「俺が亮ちゃんに相談してたんだ。代理には親族とか従業員がなるもんだが、憲史が引き受けたらフォローを頼もうと思ってな」
「亮! お前、なんで俺に言わないんだ!」
「だって、俺から言うことじゃないだろ」
困ったように眉を下げて、亮はちらっと父親のほうを見た。
「そう、俺が自分で話すって言ったんだ。亮ちゃんは悪くない」
父親はいつになく俺をまっすぐ見据えて言った。
「それで? 引き受けてくれるか?」
「引き受けざるを得ない状況じゃないか」
天を仰いだ俺に、父親がふっと笑った。
「そうか。じゃあ、頼んだぞ」
そう言って、ゆっくり立ち上がる。
「俺はもう寝る。それじゃ、おやすみ」
ゆっくりとリビングを出て行く背中が、いつもより小さく見えた。
彼の姿が見えなくなると、俺は母親に詰め寄った。
「前から調子悪かったのか?」
「ううん、まぁ、疲れやすくはあったけど、自覚症状はなくってね。検診でひっかかってわかったのよ」
母親が小さなため息を漏らした。
「あのね、お父さんの腫瘍、結構大きいらしいの。だから、しばらくは大変だけど、頼んだわね」
そして亮に向かって申し訳なさそうに言った。
「ごめんね、しばらくはお弁当作れないわ」
「そんな、謝らないでください。本当に、その気持ちだけでいつも嬉しいから」
「そう? だったらいいんだけど」
母親は「よいしょ」と、立ち上がる。
「じゃあ、私も寝るわ。なんだか疲れちゃった」
「母さん、なんで黙ってたんだよ」
「あんたがそうやってうろたえるからでしょうが。なるようになるんだから、どんと構えてなさい」
半ば叱るように言うと、「じゃ、おやすみ」と出て行った。
残された俺は途方に暮れていた。自分の生活すら地に足ついてないのに、どうやってどんと構えてりゃいいんだ。
すると、亮がぼそりと言った。
「憲史、黙ってて悪かったな。俺の部屋で飲もうぜ」
「あ、あぁ」
誘われるがまま、夕食の残りのコロッケを手に移動した。明かりをつけて亮の部屋に入ると、煙草の残り香が鼻をくすぐった。
大きな本棚が二つ並び、本の背表紙がぎっしり並んでいた。高校時代から本は多かったけれど、テーブルの上に当時はなかった手巻き煙草の道具一式と灰皿が置いてある。他にはベッドしかない、実に飾り気のない部屋だった。
彼は冷蔵庫から冷えたビールとチーズを持ってくると、コロッケのそばに添える。
「ほら、飲もうぜ」
ビールを飲んでも、心ここに在らずで味がしなかった。
気づくと、亮が俺をじっと見つめている。
「俺に何かできることがあれば言ってくれ」
そう言われた途端、力が抜けてしまった。
「じゃあ、弱音を吐いていいか?」
「あぁ」
「まいった」
ビールを置いて、床にごろんと仰向けになる。突然ふってわいた事態に、頭がパニックだ。
「親父さん、早くよくなるといいな」
「まさか胃がんだったなんて」
「でも、抗がん剤治療はないみたいだし、胃も全摘ではないから」
どこか慰めるような口調だが、全然不安はとれない。
「せめて商店街の役員は手助けしてくれよ」
それを聞くなり、亮は机の上からいくつかの冊子を持ってきた。
「これ、役員の役割を書いておいたプリントと、商店街の資料」
手を伸ばしてみると、亮が自分で作ったらしき役職一覧表の下に、全国の商店街情報冊子がある。
他にも『第二期高瀬市商業振興プラン』や『商店街インバウンド実態調査』、それに高瀬市中心市街地活性化基本計画推進委員会の事業活動報告といった聞きなれない言葉ばかりの冊子が結構な厚みで重ねてあった。
「またえらい長い名前の委員会だな。漢字って、こんなに連ねることができるんだな」
「まぁな。これ読んで、ちょっと勉強してくれ」
「なぁ、インバウンドってなんだ?」
「外国人旅行者を誘致する、みたいな感じかな」
これは生半可な覚悟で手を出しちゃいけない気がする。腰が引けた俺に、亮は力強く微笑んだ。
「大丈夫、俺がフォローするから」
「お、おう」
ため息しか出ない。そんな俺の前で、亮がふと声を出さずに笑い出した。
「何がおかしいんだ」
眉根を寄せると、彼は「だってさ」と口を開く。
「憲史にギリギリまで黙ってようって言い出したの、おばさんなんだ。憲史がくよくよ悩まないように、代理人に仕立ててから話しなさいって」
「ひでぇな」
でも、その通りだ。怒る気にもなれない。
「どんと構えてなさいって言ったおばさん、かっこよかったな。俺、結婚するならおばさんみたいな女がいいな」
「やめとけ、尻に敷かれるぞ」
「そのほうが楽だ」
呵呵と笑った亮は、目を細めてしんみり言った。
「なるようになる、か。本当、そうだよな」
彼は何を想ってそう言ったのだろう。ちょっと気になったけれど、目の前の冊子の重みに打ちのめされて、何も尋ねる気にはなれなかった。
東京では変わりばえのしなかった六年だったのに、こっちに戻ってきて俺の周りがうねりだした気がする。どこか遠くから地響きが聞こえ出したような、そんな不安がのしかかっていた。
「そういえば、いつから英知のところでバイトするの?」
「え? あぁ、来週の月曜からって話になってる」
「来週の月曜って、親父さんが入院する日じゃん」
「あ、そっか」
「お前、店番終わってから夜も働くつもり? きつくない?」
そのことをすっかり忘れていた。けれど、できればバイトには行きたい。せっかく誘ってくれた英知に応えたいし、収入がなくなるのは痛手だった。
「断るなら、早めがいいんじゃない? もしくはバイトの翌日は午前中だけおばさんに店番してもらうか」
「そうだな、相談してみるよ」
どんどん気が重くなる。この日は何を飲んでも酔えなかった。
結局、バイトの翌日の午前は母親が一人で店番をし、昼からは俺が店に立つことになった。
「せっかく英ちゃんが手を差し伸べてくれたんだから、できることはしなきゃ。お母さんも頑張るからさ」
そう言って、母親はぐっと力拳を作ってみせる。筋肉のない贅肉だらけの腕だけど、なんだか頼もしく見えたっけ。
「こんばんは、おばさん」
亮は勝手知ったる廊下を抜けて、キッチンにいた母親と立ち話を始めた。
「亮ちゃん、今日も送ってくれてありがとう。晩御飯、食べる?」
「うん、遠慮なく」
「今夜はコロッケよ」
そんなやりとりが、リビングでテレビを観ていた俺にまで聞こえてきた。なんだか、俺よりこの家に馴染んでいる気がする。
そのとき、父親が俺の真向かいに「よっこらしょ」と、腰を下ろした。
「憲史、ちょっといいか」
「おう、どうしたの」
父親は答えず、廊下で立ち話をしていた母親と亮に「おい」と声をかける。すると、二人もリビングに集まり、父親を挟むように座った。
「何事だ?」
俺の真向かいに並ぶ三人が、神妙な顔になった。そして、父親がこう切り出した。
「あのな、週明けに入院するんだ」
「へ? 誰が?」
きょとんとした俺に、母親が「お父さん」と答えた。
「え!」
「この前、あんたに店番頼んだでしょ?」
「あぁ、うん」
朝から雪かきをした日だと思い出した俺の頭は、次いで出た言葉に雪より真っ白になった。
「あの日、病院に行ってたの。お父さん、胃がんだって」
一瞬、呼吸すら忘れて凍りついた。そんな事態をすぐに受け止められるほど、俺はできた人間じゃない。絞り出すような声でやっと一言、「嘘だろ?」と言った。
「こんな嘘ついてどうすんのよ。紹介状もらってきたから、明日から市立病院に入院するの」
ずんと胸に重くのしかかったのは、不安と恐怖だった。誰だっていつかは死ぬものだけれど、それを本当の意味で理解していなかった気がする。だって、父親が死ぬかもしれないと思っただけで、言い知れない恐ろしさがこみ上げてきた。
「えっと、入院ってどれくらいなの?」
当の本人は落ち着いた顔つきで、淡々と言った。
「予定では二週間だ。胃を切除するだけだから。その間、店を頼む」
父親は『だけ』なんて言うが、胃を切り取ると考えただけで血が苦手な俺には眩暈がしそうだ。
「店番はいいけど、デジタルでもいいのかよ?」
うちの写真館はデジタルではなくフィルムだ。俺一人では、とてもじゃないけど中判カメラを扱えない。
「仕方ないだろう。卒業と入学のシーズンまでには戻ると思うから、それまでなんとか乗り切ってくれ」
そして彼は「それから」と言葉を続けた。
「商店街の役員の代理人になってくれ」
「はぁ?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
「あ、だから亮もここにいるのか!」
「あぁ。今日の理事会で委任状を提出してきた。みんなにもお前が代理人だって了承してもらったから」
「親父、『なってくれ』なんて言って、もうなってんじゃねぇか!」
父親はにやりと唇を釣り上げた。
「そうでもしないと、お前は動かん」
「ちょ、待てよ、役員って何するんだよ」
思わず腰を浮かした俺は、ハッと亮を見た。
「お前、親父が胃がんだって知ってたのか」
麻美さんが来る直前、彼は何か言いかけた。きっとこのことだったのだろう。
答えたのは父親のほうだった。
「俺が亮ちゃんに相談してたんだ。代理には親族とか従業員がなるもんだが、憲史が引き受けたらフォローを頼もうと思ってな」
「亮! お前、なんで俺に言わないんだ!」
「だって、俺から言うことじゃないだろ」
困ったように眉を下げて、亮はちらっと父親のほうを見た。
「そう、俺が自分で話すって言ったんだ。亮ちゃんは悪くない」
父親はいつになく俺をまっすぐ見据えて言った。
「それで? 引き受けてくれるか?」
「引き受けざるを得ない状況じゃないか」
天を仰いだ俺に、父親がふっと笑った。
「そうか。じゃあ、頼んだぞ」
そう言って、ゆっくり立ち上がる。
「俺はもう寝る。それじゃ、おやすみ」
ゆっくりとリビングを出て行く背中が、いつもより小さく見えた。
彼の姿が見えなくなると、俺は母親に詰め寄った。
「前から調子悪かったのか?」
「ううん、まぁ、疲れやすくはあったけど、自覚症状はなくってね。検診でひっかかってわかったのよ」
母親が小さなため息を漏らした。
「あのね、お父さんの腫瘍、結構大きいらしいの。だから、しばらくは大変だけど、頼んだわね」
そして亮に向かって申し訳なさそうに言った。
「ごめんね、しばらくはお弁当作れないわ」
「そんな、謝らないでください。本当に、その気持ちだけでいつも嬉しいから」
「そう? だったらいいんだけど」
母親は「よいしょ」と、立ち上がる。
「じゃあ、私も寝るわ。なんだか疲れちゃった」
「母さん、なんで黙ってたんだよ」
「あんたがそうやってうろたえるからでしょうが。なるようになるんだから、どんと構えてなさい」
半ば叱るように言うと、「じゃ、おやすみ」と出て行った。
残された俺は途方に暮れていた。自分の生活すら地に足ついてないのに、どうやってどんと構えてりゃいいんだ。
すると、亮がぼそりと言った。
「憲史、黙ってて悪かったな。俺の部屋で飲もうぜ」
「あ、あぁ」
誘われるがまま、夕食の残りのコロッケを手に移動した。明かりをつけて亮の部屋に入ると、煙草の残り香が鼻をくすぐった。
大きな本棚が二つ並び、本の背表紙がぎっしり並んでいた。高校時代から本は多かったけれど、テーブルの上に当時はなかった手巻き煙草の道具一式と灰皿が置いてある。他にはベッドしかない、実に飾り気のない部屋だった。
彼は冷蔵庫から冷えたビールとチーズを持ってくると、コロッケのそばに添える。
「ほら、飲もうぜ」
ビールを飲んでも、心ここに在らずで味がしなかった。
気づくと、亮が俺をじっと見つめている。
「俺に何かできることがあれば言ってくれ」
そう言われた途端、力が抜けてしまった。
「じゃあ、弱音を吐いていいか?」
「あぁ」
「まいった」
ビールを置いて、床にごろんと仰向けになる。突然ふってわいた事態に、頭がパニックだ。
「親父さん、早くよくなるといいな」
「まさか胃がんだったなんて」
「でも、抗がん剤治療はないみたいだし、胃も全摘ではないから」
どこか慰めるような口調だが、全然不安はとれない。
「せめて商店街の役員は手助けしてくれよ」
それを聞くなり、亮は机の上からいくつかの冊子を持ってきた。
「これ、役員の役割を書いておいたプリントと、商店街の資料」
手を伸ばしてみると、亮が自分で作ったらしき役職一覧表の下に、全国の商店街情報冊子がある。
他にも『第二期高瀬市商業振興プラン』や『商店街インバウンド実態調査』、それに高瀬市中心市街地活性化基本計画推進委員会の事業活動報告といった聞きなれない言葉ばかりの冊子が結構な厚みで重ねてあった。
「またえらい長い名前の委員会だな。漢字って、こんなに連ねることができるんだな」
「まぁな。これ読んで、ちょっと勉強してくれ」
「なぁ、インバウンドってなんだ?」
「外国人旅行者を誘致する、みたいな感じかな」
これは生半可な覚悟で手を出しちゃいけない気がする。腰が引けた俺に、亮は力強く微笑んだ。
「大丈夫、俺がフォローするから」
「お、おう」
ため息しか出ない。そんな俺の前で、亮がふと声を出さずに笑い出した。
「何がおかしいんだ」
眉根を寄せると、彼は「だってさ」と口を開く。
「憲史にギリギリまで黙ってようって言い出したの、おばさんなんだ。憲史がくよくよ悩まないように、代理人に仕立ててから話しなさいって」
「ひでぇな」
でも、その通りだ。怒る気にもなれない。
「どんと構えてなさいって言ったおばさん、かっこよかったな。俺、結婚するならおばさんみたいな女がいいな」
「やめとけ、尻に敷かれるぞ」
「そのほうが楽だ」
呵呵と笑った亮は、目を細めてしんみり言った。
「なるようになる、か。本当、そうだよな」
彼は何を想ってそう言ったのだろう。ちょっと気になったけれど、目の前の冊子の重みに打ちのめされて、何も尋ねる気にはなれなかった。
東京では変わりばえのしなかった六年だったのに、こっちに戻ってきて俺の周りがうねりだした気がする。どこか遠くから地響きが聞こえ出したような、そんな不安がのしかかっていた。
「そういえば、いつから英知のところでバイトするの?」
「え? あぁ、来週の月曜からって話になってる」
「来週の月曜って、親父さんが入院する日じゃん」
「あ、そっか」
「お前、店番終わってから夜も働くつもり? きつくない?」
そのことをすっかり忘れていた。けれど、できればバイトには行きたい。せっかく誘ってくれた英知に応えたいし、収入がなくなるのは痛手だった。
「断るなら、早めがいいんじゃない? もしくはバイトの翌日は午前中だけおばさんに店番してもらうか」
「そうだな、相談してみるよ」
どんどん気が重くなる。この日は何を飲んでも酔えなかった。
結局、バイトの翌日の午前は母親が一人で店番をし、昼からは俺が店に立つことになった。
「せっかく英ちゃんが手を差し伸べてくれたんだから、できることはしなきゃ。お母さんも頑張るからさ」
そう言って、母親はぐっと力拳を作ってみせる。筋肉のない贅肉だらけの腕だけど、なんだか頼もしく見えたっけ。
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