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夫婦のそば猪口
参る!
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異形の姿と化したきりゅうの前で、三匹は立ちすくんでいた。目をそらすこともできぬまま、マリアがわななく声で言った。
「つくも神ってなによ? 物憑きの霊と違うの?」
時雨が唸り声を上げる。
「つくも神は人間にも知られているように、齢百年を超えると生まれるものだ。だが、その周辺の物憑きの霊たちを束ねる存在でもあることまでは知られていないようだな。つくも神の依り代は物憑きの霊と違って、よほどの銘品でなければならぬ。言い換えれば、銘品でなければ生まれぬほどの霊力があるということだ」
きりゅうが引き笑いをした。
「さよう。桐生市界隈の霊たちをまとめあげているのは、この儂じゃ」
「参ったわね」
マリアが煌々と光るギターを持つ手に力をこめた。
「この光り方、今までと比べ物にならないわ」
彼らが『罪という罪は在らじと、祓え給い清め給う』と口にするまでもなく、それぞれの得物は今までにない輝きを放っていた。グローブの放つ深紅の光に目を細め、ロッキーが呟く。
「まるで警告しているような光だな。一刻も早くエミさんのところへ行きたいっていうのに」
澄んだ刀の波紋を見つめ、菊千代が尻尾を膨らませた。
「秋野がついているでござる。彼女を信じるしかあるまい」
三匹が覚悟を決め、獲物を構えた。それを見たきりゅうがにたりと笑う。
「その意気じゃ。では、参る!」
ごうと風を巻き起こしながら、きりゅうが地を蹴って襲いかかってきた。
慌てて避けるが、きりゅうは次々と拳を打ち込んでくる。大きな体躯をしていながら、その動きは機敏で豪胆だった。
「まずいな」
ロッキーがきりゅうに打たれた脇腹の痛みに顔をしかめ、呟いた。勢いに押され、三匹は間合いを詰めることもできずにいる。
「なんとかしなきゃ」
真っ先に仕掛けたのは勝気なマリアだった。無我夢中でギターをかき鳴らすと、きりゅうの体に浮かんだ無数の顔が苦しげにもぞもぞと蠢いた。
「ええい、むず痒い!」
きりゅうが苛立たしげに叫び、身を翻す。長いヒゲがしなり、マリアを突き飛ばした。
「きゃあ!」
ロッキーの体毛がぶわりと逆立った。咄嗟に駆け出し、ストレートを打ち込むが、その腕を掴まれ投げ飛ばされた。かろうじて床に着地したものの、息は荒い。脇腹がずきずきと痛んでいた。
「覚悟!」
そのとき、ロッキーは菊千代がきりゅうの背後から渾身の力をこめて刀を振り下ろしているのを見た。
「祓え給え清め給え、守り給え幸え給え!」
真っ白い光が周囲を呑み込む。
「やったか?」
ロッキーが目をこらすが、すぐにその顔に絶望の色が浮かんだ。光が消えた部屋には、きりゅうが悠然と立っていた。
「ちくしょう、なんてやつだ!」
ロッキーが毒づくと、マリアが立ち上がって、顔をしかめる。
「見て。顔が一つ、消えていくわ」
菊千代たちがきりゅうの後頭部を見ると、ちょうど刀が当たったところに浮かんでいた顔から苦渋の表情がとれ、ぐいっと突き出た。みるみるうちに顔はきりゅうから離れ、一人の男の体がずるずると這い出る。そしてそのまま天上めがけて浮かび上がる。
「なんてこった」
光の中を飛んで行く男を見送りながら、ロッキーがぼやくように呟いた。
「あいつの体にある顔の分だけ、霊がついているってことか」
きりゅうがにたりと赤い口を歪ませた。
「その通り。これは物憑きの霊たちの負の記憶だ。儂に浄化の力を当てたければ、この体に住み着いた霊たちをどかさねば届かぬぞ」
菊千代が刀を構える手に力を込めた。
「一体、何個の顔があるでござるか。あの顔をすべて浄化させる前に、拙者たちが力尽きそうでござる」
「弱音は結構! その程度の覚悟で侍やってんじゃないわよ。なにがなんでもやってやるのよ!」と叫ぶマリアに応えるように、ロッキーが勢いよくグローブを叩き合わせた。
「その通りだ。ダイキを守るためには、それしかない」
菊千代がニッと笑う。
「そうでござるな。拙者としたことが少々弱気になっていたようでござる」
切っ先をきりゅうに向け、彼は凛とした顔で胸を張った。
「我らは滝沢家の守り猫、ロッキー、マリア、菊千代! いざ、お相手いたす!」
三匹が一斉に地を蹴った。
「参る!」
その瞬間、時雨はきりゅうの口元に歪んだ笑みが浮かぶのを見たのだった。
「つくも神ってなによ? 物憑きの霊と違うの?」
時雨が唸り声を上げる。
「つくも神は人間にも知られているように、齢百年を超えると生まれるものだ。だが、その周辺の物憑きの霊たちを束ねる存在でもあることまでは知られていないようだな。つくも神の依り代は物憑きの霊と違って、よほどの銘品でなければならぬ。言い換えれば、銘品でなければ生まれぬほどの霊力があるということだ」
きりゅうが引き笑いをした。
「さよう。桐生市界隈の霊たちをまとめあげているのは、この儂じゃ」
「参ったわね」
マリアが煌々と光るギターを持つ手に力をこめた。
「この光り方、今までと比べ物にならないわ」
彼らが『罪という罪は在らじと、祓え給い清め給う』と口にするまでもなく、それぞれの得物は今までにない輝きを放っていた。グローブの放つ深紅の光に目を細め、ロッキーが呟く。
「まるで警告しているような光だな。一刻も早くエミさんのところへ行きたいっていうのに」
澄んだ刀の波紋を見つめ、菊千代が尻尾を膨らませた。
「秋野がついているでござる。彼女を信じるしかあるまい」
三匹が覚悟を決め、獲物を構えた。それを見たきりゅうがにたりと笑う。
「その意気じゃ。では、参る!」
ごうと風を巻き起こしながら、きりゅうが地を蹴って襲いかかってきた。
慌てて避けるが、きりゅうは次々と拳を打ち込んでくる。大きな体躯をしていながら、その動きは機敏で豪胆だった。
「まずいな」
ロッキーがきりゅうに打たれた脇腹の痛みに顔をしかめ、呟いた。勢いに押され、三匹は間合いを詰めることもできずにいる。
「なんとかしなきゃ」
真っ先に仕掛けたのは勝気なマリアだった。無我夢中でギターをかき鳴らすと、きりゅうの体に浮かんだ無数の顔が苦しげにもぞもぞと蠢いた。
「ええい、むず痒い!」
きりゅうが苛立たしげに叫び、身を翻す。長いヒゲがしなり、マリアを突き飛ばした。
「きゃあ!」
ロッキーの体毛がぶわりと逆立った。咄嗟に駆け出し、ストレートを打ち込むが、その腕を掴まれ投げ飛ばされた。かろうじて床に着地したものの、息は荒い。脇腹がずきずきと痛んでいた。
「覚悟!」
そのとき、ロッキーは菊千代がきりゅうの背後から渾身の力をこめて刀を振り下ろしているのを見た。
「祓え給え清め給え、守り給え幸え給え!」
真っ白い光が周囲を呑み込む。
「やったか?」
ロッキーが目をこらすが、すぐにその顔に絶望の色が浮かんだ。光が消えた部屋には、きりゅうが悠然と立っていた。
「ちくしょう、なんてやつだ!」
ロッキーが毒づくと、マリアが立ち上がって、顔をしかめる。
「見て。顔が一つ、消えていくわ」
菊千代たちがきりゅうの後頭部を見ると、ちょうど刀が当たったところに浮かんでいた顔から苦渋の表情がとれ、ぐいっと突き出た。みるみるうちに顔はきりゅうから離れ、一人の男の体がずるずると這い出る。そしてそのまま天上めがけて浮かび上がる。
「なんてこった」
光の中を飛んで行く男を見送りながら、ロッキーがぼやくように呟いた。
「あいつの体にある顔の分だけ、霊がついているってことか」
きりゅうがにたりと赤い口を歪ませた。
「その通り。これは物憑きの霊たちの負の記憶だ。儂に浄化の力を当てたければ、この体に住み着いた霊たちをどかさねば届かぬぞ」
菊千代が刀を構える手に力を込めた。
「一体、何個の顔があるでござるか。あの顔をすべて浄化させる前に、拙者たちが力尽きそうでござる」
「弱音は結構! その程度の覚悟で侍やってんじゃないわよ。なにがなんでもやってやるのよ!」と叫ぶマリアに応えるように、ロッキーが勢いよくグローブを叩き合わせた。
「その通りだ。ダイキを守るためには、それしかない」
菊千代がニッと笑う。
「そうでござるな。拙者としたことが少々弱気になっていたようでござる」
切っ先をきりゅうに向け、彼は凛とした顔で胸を張った。
「我らは滝沢家の守り猫、ロッキー、マリア、菊千代! いざ、お相手いたす!」
三匹が一斉に地を蹴った。
「参る!」
その瞬間、時雨はきりゅうの口元に歪んだ笑みが浮かぶのを見たのだった。
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