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マリアの引き出し
死後
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その後、すぐにマリアの目の前が歪む。現れた景色は仏壇に手を合わせるミサヲの両親だった。
それを見たマリアがハッとする。両親の背後に霊体になったミサヲが立っているのだ。
『あの子、死んだのね』
彼女の両親が手を合わせているのはミサヲの位牌だった。葬儀を終わらせたばかりなのか、真新しい。
「夏までもてばいいほうだと言われていたのが、秋を過ごせたのは幸運だったのだろうか」
ミサヲの父親が苦々しげに呟く。その後ろで母親が目頭をおさえた。
「不憫な子です。よくなってきたと思ったのに、あまりに突然ですわ。まだ十七でしたのよ。嫁入りもせずに親より先に逝くとは」
「せめて善七と美彌子の結婚式に間に合えばよかったのにな。せっかくミサヲが生きているうちにと式を早めてくれたのに」
「あなた、ずっと黙っておりましたが、それは酷ですよ」
「どうしてだい?」
「だって、あの子は善七さんが好きだったのですもの」
「そりゃあ、一番よくしてくれたからな」
「いいえ、従兄弟としてじゃなく、男性としてですよ」
じれったそうに言う母親に、ミサヲの父親はぎょっとした。
「なんだって? しかし、それは」
「えぇ。ですから私は善七さんが往診に来なくなったとき、正直ほっとしたものですよ。善七さんはすべて承知していましたけど、あの子は何も知らずに浮かれていましたもの。傷は浅いほうがいいと思ったんです」
それを聞いた霊体のミサヲが青白い顔を更に青くさせた。
『承知していた? じゃあ、彼は私の気持ちを知っていながら、美彌子お姉様を選んだの?』
ぶるぶると震える拳をきつく握りしめ、彼女は駆けだした。
『あ、どこへ行くの!』
マリアが慌てて追いかける中、ミサヲは街を突き進み、一軒の建物に入っていく。門には診療所の看板があった。
診療所はちょうど昼休みらしく、患者はおろか看護師の姿さえも見えない。
だが、ミサヲがまっしぐらに目指した診察室には、机に向かってひとり書き物をする善七の背中があった。
『あ、あれは!』
マリアが思わず目を見張る。診察室の隅に、あの薬箪笥を見つけたのだ。
『そうか、もともとは善七さんの箪笥だったのね』
ミサヲが震える声で善七に話しかける。
『善七さん、私の気持ちを知っていたんだったら、どうしてあんな思わせぶりな態度をとっていたの? ひどいわ』
霊体となったミサヲの声が彼に届くわけがなかった。
『なんとか言ってよ。こっちを向いてよ』
ミサヲはぼろぼろと涙を流し、悔しそうに唇を噛んでいる。
そのときだ。ふと、善七が万年筆を走らせる手を止め、ため息を漏らした。そして、あの薬箪笥の右下の引き出しを開ける。
中から出てきたのは、小さなお守りだった。
『いつか私があげた学業のお守りだわ。まだ持っていてくれたのね』
ミサヲが驚く中、善七がそっとお守りを撫でて悲しげに独りごちた。
「俺は一体なんのために医師になったんだろう。どうして兄さんだけでなく、あの子まで先に逝ってしまったんだろう。俺はなんて無力なんだ」
彼は嗚咽を漏らし、肩を震わせた。ミサヲの頭にのぼっていた血がすっとひいていく。今、目の前で善七が流す涙に偽りはなく、恋ではなくても確かに自分を大切に想ってくれていたのだと気づいたのだ。
善七が口にした『兄さん』というのが誰かわからなかったが、自分が死んだことを嘆く姿に、彼女は大粒の涙を流した。
『善七さん、お願い、泣かないで。私、ずっとここにいるから』
そう言うミサヲの体が薬箪笥に溶けていく。次第に薄れ、そして『ずっと、傍にいるから』という小さな声を残して消えた。
『なるほど、こうして箪笥に取り憑いたわけね』
マリアが納得したそのとき、パンっと光が弾け、強い目眩がした。
それを見たマリアがハッとする。両親の背後に霊体になったミサヲが立っているのだ。
『あの子、死んだのね』
彼女の両親が手を合わせているのはミサヲの位牌だった。葬儀を終わらせたばかりなのか、真新しい。
「夏までもてばいいほうだと言われていたのが、秋を過ごせたのは幸運だったのだろうか」
ミサヲの父親が苦々しげに呟く。その後ろで母親が目頭をおさえた。
「不憫な子です。よくなってきたと思ったのに、あまりに突然ですわ。まだ十七でしたのよ。嫁入りもせずに親より先に逝くとは」
「せめて善七と美彌子の結婚式に間に合えばよかったのにな。せっかくミサヲが生きているうちにと式を早めてくれたのに」
「あなた、ずっと黙っておりましたが、それは酷ですよ」
「どうしてだい?」
「だって、あの子は善七さんが好きだったのですもの」
「そりゃあ、一番よくしてくれたからな」
「いいえ、従兄弟としてじゃなく、男性としてですよ」
じれったそうに言う母親に、ミサヲの父親はぎょっとした。
「なんだって? しかし、それは」
「えぇ。ですから私は善七さんが往診に来なくなったとき、正直ほっとしたものですよ。善七さんはすべて承知していましたけど、あの子は何も知らずに浮かれていましたもの。傷は浅いほうがいいと思ったんです」
それを聞いた霊体のミサヲが青白い顔を更に青くさせた。
『承知していた? じゃあ、彼は私の気持ちを知っていながら、美彌子お姉様を選んだの?』
ぶるぶると震える拳をきつく握りしめ、彼女は駆けだした。
『あ、どこへ行くの!』
マリアが慌てて追いかける中、ミサヲは街を突き進み、一軒の建物に入っていく。門には診療所の看板があった。
診療所はちょうど昼休みらしく、患者はおろか看護師の姿さえも見えない。
だが、ミサヲがまっしぐらに目指した診察室には、机に向かってひとり書き物をする善七の背中があった。
『あ、あれは!』
マリアが思わず目を見張る。診察室の隅に、あの薬箪笥を見つけたのだ。
『そうか、もともとは善七さんの箪笥だったのね』
ミサヲが震える声で善七に話しかける。
『善七さん、私の気持ちを知っていたんだったら、どうしてあんな思わせぶりな態度をとっていたの? ひどいわ』
霊体となったミサヲの声が彼に届くわけがなかった。
『なんとか言ってよ。こっちを向いてよ』
ミサヲはぼろぼろと涙を流し、悔しそうに唇を噛んでいる。
そのときだ。ふと、善七が万年筆を走らせる手を止め、ため息を漏らした。そして、あの薬箪笥の右下の引き出しを開ける。
中から出てきたのは、小さなお守りだった。
『いつか私があげた学業のお守りだわ。まだ持っていてくれたのね』
ミサヲが驚く中、善七がそっとお守りを撫でて悲しげに独りごちた。
「俺は一体なんのために医師になったんだろう。どうして兄さんだけでなく、あの子まで先に逝ってしまったんだろう。俺はなんて無力なんだ」
彼は嗚咽を漏らし、肩を震わせた。ミサヲの頭にのぼっていた血がすっとひいていく。今、目の前で善七が流す涙に偽りはなく、恋ではなくても確かに自分を大切に想ってくれていたのだと気づいたのだ。
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『善七さん、お願い、泣かないで。私、ずっとここにいるから』
そう言うミサヲの体が薬箪笥に溶けていく。次第に薄れ、そして『ずっと、傍にいるから』という小さな声を残して消えた。
『なるほど、こうして箪笥に取り憑いたわけね』
マリアが納得したそのとき、パンっと光が弾け、強い目眩がした。
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