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第三章 最終決戦

彼の正体

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 降りかかる火の粉を払い除けながら距離を取る。
 眼の前の子供が、血まみれの顔で私の名を、私のセンナの名を呼ぶ。

朱色の雫ミニオスティーラ、お前の本当の力の使い方を教えてやる」
「貴方から教わることなんて一つもない……っ!」

 解除リヴァレしてから、随分と時間が経っている。私のセンナの限界はいつ来てもおかしくない。
 直感で、危機的だと察していた。
 私のセンナは、そろそろ危ない。

 眼の前の彼は、私をどうするつもりなのか。否、朱色の雫ミニオスティーラという殺戮に特化したセンナの本当の力と言わしめる、力の使い方とはなんたるかを彼は知っている。
 考えうる最悪の事態を想像して、身震いした。

「さあ、俺の望む世界のために、この世界を滅ぼせ! 朱色の雫ミニオスティーラ!」
「断る!」

 望む世界。
 彼がずっと口走っている望む世界とはなんだ。
 私のセンナで、世界を滅ぼすことはただの通過点でしかないのだ。その先に望む世界とは、一体何なのだろうか。

 彼の放つ攻撃を弾き飛ばしながら、距離を保つ。

「貴方の望む世界とは一体何なの!? 何故今の世界ではいけないの!?」

 私が放った言葉が、彼の動きを止めた。 
 驚いたようにも、苛立っているようにも、悲しんでいるようにも見えたのは、なぜだったのか。

「お前にはわかるまい、今の世界の不完全さが」
「え?」
「黙って俺の望む動きをしろ」

 先程までの漆黒の牙ニゲルデンスとは顔色が変わり、どことなく哀愁が漂う。
 攻撃は止むことなく続き、葉季や師走を守りながら戦うのには限界を感じ始めていた。
 玄冬の攻撃は、体力の限界を感じさせないほどの重さで、常にのしかかってくる。
 負ける訳にはいかない。
 打ち返し撃ち込んでも、終わりの見えない戦いに、不安さえ覚えた。

 無限の力さえ感じさせる彼から、漂う侘しさが一体なんなのか、私にはまだ分からなかったのだ。隠すかのように顔を伏せたから。
 攻撃が止まり、くつくつと笑う彼が不気味に映った。

「玄冬? 貴方何かまだ……」

 そして、私の中に生まれた違和感の正体を知ることとなる。

「お前には、見せてやる」

 彼が伏せた顔が、上がったから。
 私が殺したはずの顔が。
 会えるはずもない人の顔が。
 願わくば、もう一度会いたいと焦がれた、顔が。

「……朱己、俺だ」
「こ……っ」

 血まみれの顔が、よく知った顔になったから。
 自分でも酷く狼狽えたことがわかった。
 周りからなど、もっとよくわかっただろう。

「こ……こう、ちゃ」
「どうした、青い顔をして」

 足が竦んで動けなくなる。
 徐々に伸びていく彼の髪の毛が、気がつけばこうちゃんと同じ、若草色の三つ編みになった。
 まるで本物のこうちゃんだ。

「朱己、お前が殺した俺がなんでここにいるのか、気になって仕方がないようだな」
「こ、光蘭こうらん! お主、何故……! 玄冬、ここまで死者を愚弄するとは!」

 震える私の後ろから支えるように、葉季が隣に来る。彼もまた、眼の前に現れた人を信じられないと言わんばかりに目を見開き見つめていた。玄冬への怒りをにじませて。
 眼の前のこうちゃんは、血で貼り付いた髪の毛を乱暴にかき上げると、 口角を釣り上げた。

「葉季、勘違いしているようだな」
「勘違い……?」
「俺は、黄金の果アウルムポームムのように食べたセンナを扱えるようになるとか、そんな低レベルなお遊びをする気はない。俺は俺のセンナしか必要としない」

 くつくつと笑う彼を見つめながら、随分と遠くなっていく錯覚さえ覚えるほどに。
 彼は、私の知っているこうちゃんか?
 彼は、私のことを最後まで守っていてくれた、あの彼か?
 それとも、思い出が全て偽物だったのか?
 わからない。

「お主……それではまるで、光蘭が……」
「おいおい葉季、随分と物分りが悪くなったじゃないか。そう言ってるんだよ。俺が漆黒の牙ニゲルデンスだって」
「なっ……!」

 私の肩に置かれた葉季の手に力が籠もる。
 私達と対峙する彼の顔はよく知っている彼なのに、笑い方が玄冬だ。
 こうちゃんの嘲笑う顔なんて、見たことない。

「朱己、お前も気づいてたんだろ? 俺のセンナの色に」
「色……」
「ああ、カモフラージュのせいで気づかなかったか?」

 彼の顔が、見たことない嗤い方をするから。夢であれと願ってしまったのだ、戦いの最中に。
 そう、漆黒の牙ニゲルデンスなら漆黒のセンナを持つはずだ。妲音だのんのときもそうだったが、全く漆黒だなんて気づかなかった。まるで外側を覆われて、隠されていたかのように。

「まさか……」
漆黒の牙おれのセンナは漆黒だというのが露見いたからな。少しカモフラージュしたんだが、まんまと騙されてくれたようで何よりだ」

 開いた口が塞がらないというのは、本当にあるらしい。わなわなと震える体が、自分のものではないような感覚さえある。

「妲音のように記憶さえ持たずに育っていく奴もいれば、俺のように自分の意志でお前に近づいていく奴もいる。そしてまんまと信じて裏切られるってわけだ……滑稽だな、枝乃しのも浮かばれないだろうに」
「……!」

 頭の中が真っ白になっていくのと反して、視界は真っ暗だ。支えてもらってやっと立てているのか、自力で立てているのかさえもわからない。

「朱己、俺はお前が__」
「……え?」

 突如、聞こえなくなった声。
 意識が鮮明になっていくように、視界が広がる。

「無駄口叩いてると、ほんとに殺すわよ」
「ヴィ……ヴィオラ!」
「ちっ……死んでなかったのか」
業火イグニスのこと言ってる? あんたを盾にしたおかげで無事だったわ。それより……」

 私へ視線を移す彼は、血まみれの顔のまま近づいてきて軽く頬を叩いてきた。

「今あんたには玄冬……いや光蘭の声、聞こえなくしたわ。心を揺らしすぎよ。死ぬ気?」
「……ありがとう、ごめんなさい」
「これが現実よ。変な勘繰りせずそのまま受け止めなさい」

 こうちゃん。
 こうちゃん、貴方が漆黒の牙ニゲルデンスだったなんて、信じたくないと今でも思っているよ。

 それでも。
 __変な勘繰りせずそのまま受け止めなさい。

 まだなにかある気がすると、そう勘ぐる私は、期待しているのかもしれない。だとしても、今私がすることは変わらないのだ。

「……腹が決まったか」
「ええ、……こうちゃん、あなたを倒す」

 隣の師走が少しばかり眉間に皺を寄せた。
 小さく微笑んで返す。
 残された時間は短い。躊躇している暇はない。

「そうか。……来い!」

 彼の後ろで蠢く憎悪と醜穢な闇を弾き飛ばすように、腹の底から叫んだ。

爆発フラル!」

 彼の背負う罪が、漆黒の牙ニゲルデンスの背負うものが、少しでも。そんなことが頭の隅によぎってしまう私は、やはりまだ甘いのだ。
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