230 / 239
第三章 最終決戦
奏でる音は心を揺らす
しおりを挟む湧き上がる好奇心が、彼への恐怖心を飲み込んでしまうまでに時間はかからなかった。
武者震いとでも言うのだろうか、何度か手のひらを握り直し、炎を練り上げた剣を作る。
「朱己、お前の最強の技を使わんのか? ほら、使ってみろ」
「……」
最強の技。
業火。
今使えば、間違いなく師走も葉季ももたない。先程玄冬に消され、体を復元させた師走はぎりぎりの状態だ。顔の痣は極限まで濃くなっている。
葉季も同じく、肩で息をしているというのに。
「ほら!」
玄冬から放たれる一撃を剣で薙ぎ払う。
続けざまに放たれる禍々しい靄へ飛び込み、一気に炎で相殺した。
散り散りになる闇は、やがて上空を満たしていく。
「お前も俺も同じ。自分の理想のためなら手段は選ばない、そうだろう」
「いいえ、私と貴方は違う」
玄冬が闇を携えて殴りかかってくるのを剣で受け止めた。聞いたことのない音が剣から放たれ、今にも折れそうなほどだ。
額が触れ合うほどの至近距離で睨み合いながら、互いに歯を食いしばる。
「何故、何故お前ら朱色の雫は認めない! 自分たちの腹の底を!」
「貴方のように、利己的な考えで世界を混沌に陥れる趣味はないわ!」
「戯言を!」
禍々しい空気に満たされた上空は、金切り声のような音を立てて風が吹き荒れ、闇の力に包まれるようにして無数の顔がうごめいていた。
「ならば思い知れ、一番利己的な存在は誰かということを!」
剣と触れ合っていた彼の腕が爆発し、剣は砕け私の腕が巻き添えを食らう。すぐに修復しながら、蠢く顔たちを見つめた。
ーー恐れたら負けだ。
「お前を作るために犠牲になったすべての御霊だ」
「……」
「罪もなき者たちの怨念だ。償え、そしてこの世界を作り直せ。朱色の雫」
彼の言う利己的とは、そういうことか。
私のセンナに関わった命たちがある。私が生きている限り、彼らは救われやしないのだ。私が生きている限り、私は利己的だと言いたいのだろう。
だからこそ、私が、朱色の雫が作られた元々の意味――殺戮のために使われてこそ意味がある、と言いたいのだろう。
左手に炎を練り上げながら、握りしめた。
肺に息を流し込んだ瞬間、脳みそに直接届くような声。
「罪を償うのは、あたしとあんたよ」
思いもよらぬ声が後ろから聞こえ、反射的に振り返る。
「ヴィオラ……!」
「はあ、本当面倒くさい男ね、相変わらず」
「……紺碧の弦……お前のことは呼んでない」
相変わらず腹の傷を押さえながら真っ青な顔をしている彼は、私の横まで来るとため息をつきながら私の肩を叩いた。
「あたしとあんたで始めたことなんだから、あたしとあんたが終わらせることでしょおが。この子たち巻き込むのおかしくない?」
「終わらせるための駒。それが朱色の雫だろう」
「いつまでそんなこと言ってんのよ、この脳味噌筋肉が」
口調だけはいつもどおりの彼が、くつくつと笑った。
「朱己に解除させた罪は重いわよ」
ヴィオラは腹に当てていた手を掲げると、開いた手を強く握った。
「チェルト」
ヴィオラの手から滴り落ちた血が、瞬きをする間に楽譜を描くかの如く玄冬へ巻き付いていく。激しく斬りつける血の糸は、さらに溢れ出る彼の血を使って拘束を強めていく。
「お前……」
「聴かせてみなさいよ、あんたの声」
握りしめた手を開き、弦となった血の糸を弾く。
玄冬の体は裂け、頭が割れそうになるほどの超音波が耳を突き抜けた。反射的に耳を塞ぐが間に合わない。師走と葉季の腕を引き、超音波より早く駆け抜け距離を取るとすぐに空間を作った。
「思えばあんたに使うのは初めてだったわね」
「お前……なんだこの技は……ぐっ」
ヴィオラの痣は極限。師走も同等だが、玄冬はまださして濃くはない。彼の力が後どれだけ残っているのか、そればかり気にしていた。
荒れ狂う大地さえも苦しそうに、動きが鈍りヴィオラが玄冬へ近づく。血まみれになる玄冬と、弾き続けるヴィオラ。そして、何かが呻く声。
「師走」
「……死ぬなよ」
「わかってるわ。二人が頑張ってくれたから、私は大丈夫。……あれを使う。この空間からけして出ないで」
ヴィオラが足止めをしてくれている今が機だ。
玄冬の体力を大幅に削ることができる、最大の技。
空間を蹴って飛び出せば、先程よりも鋭く耳を突き抜けていく超音波に顔が歪む。逃げ出したくなるほどの衝撃の中、少しでも前に進むための道を見つけ出すために手を伸ばした。
なにか聞こえる。
誰かの、声が。
ーー見くびるなよ。
誰の声なのか、はたまた超音波のせいで言葉に聞こえているだけなのか。風の中で糸をつかむように、ただ必死にヴィオラへの道を手繰り寄せる。
「ヴィオラ!」
「やりなさい!」
最早目は開けていない。
構えて、手のひらを突きだす。
「……業火!」
突き抜けていく業火が、世界中を焼き尽くすように赤く包み込む。さながら、見たこともない景色へと変貌を遂げていく世界を想像して、私はただ安堵することもなく、駆り立てられる不安ばかりが迫り上がってくるのを、必死に握り潰した。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
死んだのに異世界に転生しました!
drop
ファンタジー
友人が車に引かれそうになったところを助けて引かれ死んでしまった夜乃 凪(よるの なぎ)。死ぬはずの夜乃は神様により別の世界に転生することになった。
この物語は異世界テンプレ要素が多いです。
主人公最強&チートですね
主人公のキャラ崩壊具合はそうゆうものだと思ってください!
初めて書くので
読みづらい部分や誤字が沢山あると思います。
それでもいいという方はどうぞ!
(本編は完結しました)
偽りの結婚生活 ~私と彼の6年間の軌跡
結城芙由奈
恋愛
偽りの結婚をした男性は決して好きになってはいけない私の初恋の人でした―
大手企業に中途採用された「私」。だけどその実態は仮の結婚相手になる為の口実・・。
これは、初恋の相手を好きになってはいけない「私」と「彼」・・そして2人を取り巻く複雑な人間関係が繰り広げられる6年間の結婚生活の軌跡の物語—。
<全3部作:3部作目で完結です:終章に入りました:本編完結、番外編完結しました>
※カクヨム・小説家になろうにも投稿しています
そして、アドレーヌは眠る。
緋島礼桜
ファンタジー
長く続いた大戦、それにより腐りきった大地と生命を『奇跡の力』で蘇らせ終戦へと導いた女王――アドレーヌ・エナ・リンクス。
彼女はその偉業と引き換えに長い眠りについてしまいました。彼女を称え、崇め、祀った人々は彼女の名が付けられた新たな王国を創りました。
眠り続けるアドレーヌ。そこに生きる者たちによって受け継がれていく物語―――そして、辿りつく真実と結末。
これは、およそ千年続いたアドレーヌ王国の、始まりと終わりの物語です。
*あらすじ*
~第一篇~
かつての大戦により鉄くずと化し投棄された負の遺産『兵器』を回収する者たち―――狩人(ハンター)。
それを生業とし、娘と共に旅をするアーサガ・トルトはその活躍ぶりから『漆黒の弾丸』と呼ばれていた。
そんな彼はとある噂を切っ掛けに、想い人と娘の絆が揺れ動くことになる―――。
~第二篇~
アドレーヌ女王の血を継ぐ王族エミレス・ノト・リンクス王女は王国東方の街ノーテルの屋敷で暮らしていた。
中肉中背、そばかすに見た目も地味…そんな引け目から人前を避けてきた彼女はある日、とある男性と出会う。
それが、彼女の過去と未来に関わる大切な恋愛となっていく―――。
~第三篇~
かつての反乱により一斉排除の対象とされ、長い年月虐げられ続けているイニム…ネフ族。
『ネフ狩り』と呼ばれる駆逐行為は隠れ里にて暮らしていた青年キ・シエの全てを奪っていった。
愛する者、腕、両目を失った彼は名も一族の誇りすらも捨て、復讐に呑まれていく―――。
~第四篇~
最南端の村で暮らすソラはいつものように兄のお使いに王都へ行った帰り、謎の男二人組に襲われる。
辛くも通りすがりの旅人に助けられるが、その男もまた全身黒尽くめに口紅を塗った奇抜な出で立ちで…。
この出会いをきっかけに彼女の日常は一変し歴史を覆すような大事件へと巻き込まれていく―――。
*
*2020年まで某サイトで投稿していたものですがサイト閉鎖に伴い、加筆修正して完結を目標に再投稿したいと思います。
*他小説家になろう、アルファポリスでも投稿しています。
*毎週、火・金曜日に更新を予定しています。
時々、僕は透明になる
小原ききょう
青春
影の薄い僕と、7人の個性的、異能力な美少女たちとの間に繰り広げられる恋物語。
影の薄い僕はある日透明化した。
それは勉強中や授業中だったり、またデート中だったり、いつも突然だった。
原因が何なのか・・透明化できるのは僕だけなのか?
そして、僕の姿が見える人間と、見えない人間がいることを知る。その中間・・僕の姿が半透明に見える人間も・・その理由は?
もう一人の透明化できる人間の悲しく、切ない秘密を知った時、僕は・・
文芸サークルに入部した僕は、三角関係・・七角関係へと・・恋物語の渦中に入っていく。
時々、透明化する少女。
時々、人の思念が見える少女。
時々、人格乖離する少女。
ラブコメ的要素もありますが、
回想シーン等では暗く、挫折、鬱屈した青春に、
圧倒的な初恋、重い愛が描かれます。
(登場人物)
鈴木道雄・・主人公の男子高校生(2年2組)
鈴木ナミ・・妹(中学2年生)
水沢純子・・教室の窓際に座る初恋の女の子
加藤ゆかり・・左横に座るスポーツ万能女子
速水沙織・・後ろの席に座る眼鏡の文学女子 文芸サークル部長
小清水沙希・・最後尾に座る女の子 文芸サークル部員
青山灯里・・文芸サークル部員、孤高の高校3年生
石上純子・・中学3年の時の女子生徒
池永かおり・・文芸サークルの顧問、マドンナ先生
「本山中学」
最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。
羽海汐遠
ファンタジー
最強の魔王ソフィが支配するアレルバレルの地。
彼はこの地で数千年に渡り統治を続けてきたが、圧政だと言い張る勇者マリスたちが立ち上がり、魔王城に攻め込んでくる。
残すは魔王ソフィのみとなった事で勇者たちは勝利を確信するが、肝心の魔王ソフィに全く歯が立たず、片手であっさりと勇者たちはやられてしまう。そんな中で勇者パーティの一人、賢者リルトマーカが取り出したマジックアイテムで、一度だけ奇跡を起こすと言われる『根源の玉』を使われて、魔王ソフィは異世界へと飛ばされてしまうのだった。
最強の魔王は新たな世界に降り立ち、冒険者ギルドに所属する。
そして最強の魔王は、この新たな世界でかつて諦めた願いを再び抱き始める。
彼の願いとはソフィ自身に敗北を与えられる程の強さを持つ至高の存在と出会い、そして全力で戦った上で可能であれば、その至高の相手に完膚なきまでに叩き潰された後に敵わないと思わせて欲しいという願いである。
人間を愛する優しき魔王は、その強さ故に孤独を感じる。
彼の願望である至高の存在に、果たして巡り合うことが出来るのだろうか。
『カクヨム』
2021.3『第六回カクヨムコンテスト』最終選考作品。
2024.3『MFブックス10周年記念小説コンテスト』最終選考作品。
『小説家になろう』
2024.9『累計PV1800万回』達成作品。
※出来るだけ、毎日投稿を心掛けています。
小説家になろう様 https://ncode.syosetu.com/n4450fx/
カクヨム様 https://kakuyomu.jp/works/1177354054896551796
ノベルバ様 https://novelba.com/indies/works/932709
ノベルアッププラス様 https://novelup.plus/story/998963655
【完結】見返りは、当然求めますわ
楽歩
恋愛
王太子クリストファーが突然告げた言葉に、緊張が走る王太子の私室。
伝統に従い、10歳の頃から正妃候補として選ばれたエルミーヌとシャルロットは、互いに成長を支え合いながらも、その座を争ってきた。しかし、正妃が正式に決定される半年を前に、二人の努力が無視されるかのようなその言葉に、驚きと戸惑いが広がる。
※誤字脱字、勉強不足、名前間違い、ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o))
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる