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第三章 最終決戦
君を失いたくない
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ーーけして解除はするな。
師走からの忠告。途切れそうになる意識の中で、何度も何度も反芻しては歯を食いしばる。
漆黒の牙と戦い、気づいたことがあるとすれば、彼はカヌレや師走と似たような力を使うということだ。
先程から、人工的に作られたセンナを菓子のように音を立てて食べている。回復しているのだろう。
「朱色の雫、早く解除して楽になれ」
「だれが……!」
「ったく、どうもナルスの奴らは反抗的な奴が多い。俺の血が流れているとは思えん」
独り言を言いながら、ため息交じりに闇の空間を投げつけてくる彼は、何かを探しているように辺りを見回す。空間を投げるというだけで、最早人間業ではない。
「俺のセンナに先程から何やら仕掛けようとしているのかもしれんが、無駄だぞ師走」
師走に視線を向けると、ただ無表情で手を握りしめている。
止まることのない攻撃の中で、何かを仕掛けるとは、彼の頭が無限に回転しているからだろうか。彼を少しだけ見つめた私の隙は、完全に見透かされていた。
「朱色の雫、何を呆けている?」
「くっ……!」
漆黒の牙の重い一撃が全身にのしかかる。私の体にだけ重力が何倍にもかかっているかのように、骨が砕けるのがわかる。何故漆黒の牙は私を解除させたいのか。そして師走は、理由を知っているはずなのに、あえて口には出さない。
師走が漆黒の牙の姿を水で消し去り、落下する私の体を拾い上げた。すぐに現れる漆黒の牙は最早霧のような存在だ。
「師走、お願い教えて」
「なんだ」
「解除した先代の朱色の雫は、最後どうなったの? 引き継いだ記憶には、暴走した姿しかない」
「……」
先程、暴走させられそうになってから早数刻。
私の体も意識も限界などゆうに突破している。
師走が苦しそうに目を細めたのを、私は見逃さなかった。
「解除は条件がある」
「条件?」
「暴走した状態で解除するということは……!」
師走が私から手を離し、目の前に飛び出して両手を広げた。
酷くゆっくりと、されど私の体が動かせるほどの隙はなかった。
漆黒の牙の腕が、師走の胸を貫くのを、私はただ見つめていた。
「師走!!」
彼の白金色のセンナが、漆黒の牙の手の中にあるのを、見逃すはずもなかった。
「朱己。お前が師走を助けたいのなら、解除しろ」
「貴様……く、朱己、耳を貸すな!」
「おい、口のきき方がなってないぞ?」
きっと、私が知らない情報がある。
きっと、師走が言いたくない理由がある。
きっと、私に解除させたくない理由がある。
漆黒の牙は師走のセンナを潰せない。ただし、それはセンナの話で、肉体は殺そうと思えばいくらでも殺せるだろう。肉体が滅び続け、いづれセンナが限界を迎えればそれは、死を意味する。
「師走、貴方全ての記憶があるのよね……?」
「貴様、……何を」
「貴方に後を任せてもいい? 最善がわかるでしょ?」
「……! 貴様許さぬ、やめろ!」
「ごめん、後で」
手を前に突き出す。
目を瞑る。
早くなる脈拍、言うことを効かない体に、ただ鞭を打って。
「……解除」
跳ねる胸と、弾けるような皮膚。自分が自分でなくなるような恐怖。
「朱己!」
師走が顔を真っ青にするのは、なんとなく笑えてしまう。あんなにいつも余裕のある彼が、私に手を伸ばして叫ぶ姿は、まるで。
「白金の灯、見ろ、これが朱色の雫の、朱己の選んだ結末よぉ!」
漆黒の牙の高笑いが聞こえたあと、私の意識が遠のく中で師走の叫び声が聞こえた。
「朱己! 飲まれてくれるな!!」
私に届く、最後の言葉だった。
ーーー
「う……」
「よ、葉季!? あんた大丈夫なの!?」
「ぬ、ヴィオラ……か?」
わしが目覚めることができたのは、紛うことなき千草のおかげだ。
体を起こし、頭を押さえる。
「わしは……」
「朱己に腹を刺されたあと、気を失ったわ」
「ああ、そうか。そうであったな」
曖昧な記憶を辿って、事実を確認する。
空を見上げればそこには雷鳴轟く雨雲と、激しい火炎の渦。
「あ……あれは?」
「朱己が、解除したんでしょうね……あの子ったら……」
「解除……だと?」
「ええ。師走に何かあったのかもしれないわね」
待て、解除?
あの、初代長の片割れが行った、あの強制的に解除する荒業か。得意属性さえ強制的に変えてしまえる、あの。
「解除して、朱己のセンナは平気なのか? 体は?」
「ほぼまず確実に、体が保たないわ」
「保たない……」
「先代の朱色の雫は、それで死んだわ。輪廻できたのはなんでかわからないけど、片方のセンナが何故か無事だったんでしょうね。解除はそれだけ危険な技……センナだって砕ける。文字通り、命懸けなのよ」
気がついたときには、空間を飛び出していた。
「朱己……!」
思えば、あのときも。
お主が最初に暴走した、わしの婚約の儀のときもこんな風に飛び出した。
「葉季、待ちなさい!」
ヴィオラの声が聞こえる。血相を変えて叫んでいる。
耳をすり抜ける彼の声は、あっという間に遠くなり聞こえなくなった。
ならぬのだ。
朱己を失っては、ならぬ。
「千草……しばし、耐えてくれ」
呟いたわしの言葉は、宙を舞って消えた。
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