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第三章 最終決戦
血の拘束
しおりを挟む光琳の魂の灯火は、普段の儚い印象の彼からは想像も出来ないほど強く、破壊的だった。
眩い閃光が辺りを包み込み、玄冬が飲み込まれていく。
思わず手で顔を覆うと同時に、爆風が吹き抜ける。
腕の隙間からかろうじて覗けば、光の中に黒点が一つ。
小さい子どものような影。
脈拍が早くなる中で、祈るように見つめた。
隣で師走が顔色を変えずに呟いた。
「五珠は属性に拘らぬが、得意分野がある。漆黒の牙は光、闇、隠密を得意とする。この光では届かぬだろうな」
「そんな……!」
師走の言葉通り、ほぼ無傷の玄冬が首を捻りながら降りてくる。顔の痣を照らす残光が、ひどく儚く、されど絶望を駆り立てるには十分な陰影を与えていた。
「さて……雑魚の相手は面倒だ。朱色の雫の真の力を開放したお前は、俺のためにこの世界を滅亡させろ」
「なんで私が貴方に協力するのよ」
「お前の力は命あるものを殺してこそ真価を発揮する。そのための力だ」
いつも握りしめるだけの拳は、何のためにあるのだろう。
相手を殴りつけるためか。
自分を鼓舞するためか。
自分を殴りつけるためか。
いや、それとも。
先程までさざ波を立てていた心が、不思議と凪いでいく。
「私の両手は確かに殺戮のために生み出されたかもしれない。だけど、今の私の両手は、私が守りたいものを守るためにある。貴方の言いなりにはならない!」
「世迷言だ」
指の先まで力を込める。
強く握り込んだ刀を構えて、ゆっくり息を吐き出した。
私が決めたこと。もう譲らない。
「貴方を倒して、私達の世界を守る!」
「愚かだ! 朱色の雫! 俺の手足となれ!」
ヴィオラに葉季の入っている空間を託して、駆け上がる。空中での戦い方は嫌というほど学んだ。
いつの間にか追いついた師走が、私と背中合わせになる。
「奴に集中しろ。我は常に貴様の背を守る」
「師走」
「心は保て。揺らせば死ぬぞ」
「ええ」
目を閉じた。
私の目は、この世界全てだ。
漆黒の牙は妲音を使い、光琳が自爆することも読んだ上で利用したのだろう。私の心を揺らすために。
家族の死。仲間の死。
沢山の死を、ここ数日の間に目の当たりにした。
私の心が揺れていないかといえば、そうではない。
いざというときに揺らさずに済むのは、師走とヴィオラのおかげだ。
「師走、ありがとう」
「まだ早い」
「そうね」
彼らの支えが、今の私にとっては必要不可欠。
必ず勝つ。眼の前の漆黒の牙に。
横から現れる漆黒の牙の顔を師走が潰すが、すぐに復活する。際限なく復活する漆黒の牙を完膚なきまでに潰す方法は、いくつかある。
師走に代わり漆黒の牙と刃を交え、何度も激しい火花を散らしながら。
「師走! 漆黒の牙の動きを何秒止められる!?」
「必要秒数止めるが?」
「流石、任せた! 五秒ほしい!」
漆黒の牙を瓦礫の山に蹴り落とすと、師走がすかさず手を翳し唱える。
「拘束しろ」
「小賢しい、こんなもの!」
漆黒の牙が抵抗するのを、師走が無理矢理ねじ込むように杭を打つ。
先刻、先代の長から受け継いだ全て。
ーーいいか、朱己。業火は使えて三回だ。あれは最上クラスの技。連発すればセンナは間違いなく保たん。ましてや、解除しない状態では一度が限度だろう。覚えておけ。
つまり、その一回は、今漆黒の牙を封じるために使う!
「突き抜けろ! 業火!」
師走が寸前で漆黒の牙から離れたと同時に漆黒の牙を焼く炎。激しい炎があたり一面を焼き尽くし、一面火の海と化す。黒煙が上がり、溶岩の海のように沸々と湧き上がる。
初代長の二人から言われた通り、確かに体が悲鳴を上げている。乱発どころか、本当にこれで二発目が打てるのかにわかには信じ難い。
「貴様、大丈夫か」
「ええ、少なくとも早いうちに致命傷を与え」
与えたい、と言い終わる前に先程妲音から刺された傷が全開になった。思わずよろめき、吐血する。
「朱己!」
「塞がったはずなのに……っ」
違う。
塞がったのは確かだ。
今貫かれたのだ。
漆黒の牙の手に。
「今のは少々、堪えたな。朱色の雫」
「漆黒の牙……!」
私が気づくと同時に師走が漆黒の牙の腕を切り落とし、私の肩を抱く。
「塞げるか」
「う、なんとか」
「相変わらず朱色の雫に甘いんだな、白金の灯」
「黙れ」
師走からほとばしり出る怒りは、底冷えするかのような殺意のようだ。目があったら最後、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなるだろう。だが、漆黒の牙は全く気にしないように口を開く。
「貴様が何度も何度も朱色の雫を苦心しながら完成させたというのに、出来上がった殺戮兵器が心を持っているからと甘やかしては宝の持ち腐れだろう。俺に寄越せ」
「その口は壊れた玩具のように塞がらんようだな」
師走が腕を振れば、一瞬で漆黒の牙の体が氷漬けになる。指を鳴らせば間髪入れずに粉々になった。
「おいおい、酷いだろう」
「どこから……!」
「何故朱色の雫を殺戮兵器として使わん?」
師走が突然叩き落され、溶岩の中に消えた。
「師走! ……くっ」
「だめだな。何故あいつのように五珠が朱色の雫に心を割く。お前の使い方を、俺が教えてやろう」
漆黒の牙が私に手を伸ばす。
応戦するために構えると、私の傷口から溢れ出る血が私を拘束した。
「なっ!」
「おい、抵抗したらだめだろう。委ねろ」
私の腕を掴む彼は、私の攻撃でついた傷を私の手に触れさせた。
その瞬間、全身を悪寒が駆け巡る。
けして触れてはならない領域に足を踏み入れてしまったかのような恐怖と、湧き上がる破壊衝動。
私はこの感覚を、知っている。
「さあ暴れろ、朱色の雫」
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