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第三章 最終決戦
奪われた体
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俺は最強の五珠、漆黒の牙なんだ。誰かに支配されるのは性に合わん。
それでも、たった一人、俺の上に立つことになった奴がいる。それも、出来損ないの奴が。
「ほれ、眞白! また抜け出しおって!」
「……何が悪い」
「そち、今は妾の側近なんじゃぞ? 勝手は許さぬ」
「形だけだろう。なんなら力で決着つけるか? 今から」
言葉を吐き出している途中で頭に衝撃が走った。
睨み上げると女が握り拳を作っている。
「決着はついたであろ? なんじゃ、負け犬の遠吠えか」
「お前……」
殴りかかろうとすればすぐに動きを封じられる。わかっていた。この女の目は、俺の動きを封じる。
鳶色の瞳に、濃紫色の髪。だが、朱色の雫は代々朱色の髪の毛に朱色の瞳。現世の朱色の雫はやはり紛い物だ。
なのに、この俺が。
五珠最強の俺が。
紛い物の下に居ていい訳があるか。
沸々と湧き上がるどす黒い殺意が、体中からほとばしるのを隠さずにいると、不意に女の片割れが現れた。
「祭! ここに居たのか」
「お、冠。なんじゃ、もう見つかってしまったか」
「見つかってしまったか、じゃない。香卦良がまた血相を変えて探していたよ」
紛い物はいくつ合わさったとしても紛い物。
正しいのは俺一人だ。
あれだけ理想を具現化した白金の灯の国、ヴィーでさえ不完全だった。
全員に教育を受けさせ、全員に同じような環境を与えても、結局最終的に支配するのは力がある者だ。
そう、俺のように。
力がない者は等しく淘汰される。
ならば、民など、ましてや自我のある民などいらぬではないか。
役にも立たぬ、力がないのに口ばかり達者な民など。そのくせ、力の前にひれ伏すのだから。
なのに、何故無能な民を作り守ろうとする。
こいつらは。自らの理想から遠い奴らを作り、自らの足かせとなる奴らを囲う。
理解できん。全く。
ーーー
どす黒い雲を操るように目の前に君臨する漆黒の牙、玄冬。幼い子供の姿ながら、顔に現れる花のような痣は見る者を惹きつけて離さない。
「久しぶり過ぎて、そわそわしちゃうわ、あたし」
「突っ走りすぎるな、ヴィオラ。先に死ぬぞ」
「やあね、わかってるわよ! にしても、随分と逞しい顔つきになったじゃない。朱己」
「え? ありがとう。そうかな」
葉季を守る光琳の前に立ちはだかるように移動しながら軽口を叩いたのは、漆黒の牙をなめているからではない。
むしろ、その逆だ。限りなく力を練り上げている漆黒の牙を、どう攻略するか。そればかり考えている。心を落ち着けるための軽口だ。
「朱己、必ず生きて帰ってきてね」
「光琳、わかってるよ。約束する。葉季をお願い」
笑顔で頷く自分を、どこか遠くから不思議そうに見つめているもうひとりの自分がいる。孤独だった自分、弱かった自分、何も知らなかった自分。
今だって余裕があるわけじゃない。自信があるかといえば違う。だけど、私は今一人じゃない。
「朱己。いや朱色の雫。お前の利用価値は、この世界を一掃するのみだ」
「玄冬、何故貴方はそんなにこの世界を一掃したいの?」
「民に意思などいらんからだ。なんの力もない身の程知らずのくせに、都合のいいときだけすり寄る浅はかさを自覚しない役立たず共を、少しでも役に立つようにすることの何が悪い?」
「民に力がないからこそ守るのでしょう? 民一人ひとり、意思があって自分の人生を生きてる! 誰かが奪っていいものではないわ」
玄冬は眉間に皺を寄せながら、私を鋭く睨んだ。
「お前たちは、無能な奴らを庇護している自分たちに酔っているだけだろう。お前たちのほうが下劣だ」
玄冬は私達に軽蔑するような目を向けると、右手を軽く掲げた。
空を覆うどす黒い雲が割れ、光が差し込む。
以前にも見たことがある。絶望の中の光が、さらなる絶望を呼ぶ瞬間を。
光が差す場所を見つめると、人影が一つ。
「来い。俺のセンナを持つ子孫よ」
淡い黄色の髪の毛。
本人の意志とは関係なく体が動かされているのか、声も出せないらしい。
よく知っている彼女が、私達の顔を見て絶望していた。だがきっと、私達も彼女に同じ顔を向けていただろう。
「だ……妲音……」
「双子の片割れは、俺のセンナを持って生まれてきやすいらしいな。まさか、朱色の雫と漆黒の牙の双子とは……片腹痛い」
「やめて! 貴方妲音をどうするつもり!?」
声を荒らげる私が可笑しいのか、声を上げながら笑っている玄冬が、更に妲音の歩みを進めさせる。妲音は必死に抵抗しながら、私と光琳を交互に見やった。
「……! ……!」
「妲音! 必ず、必ず助けるから!」
妲音が言いたいことなど、わかっている。
彼女は私の双子の姉だ。
自分が漆黒の牙だとわかって、助けてくれなんて言うわけがない。
私の周りは、なんでこうも優しい人ばかり漆黒の牙のセンナを持ってしまうのだろう。
仮に運命というなら、運命なんて壊してやる。
怒りに囚われて、見逃していた。近寄ってくる刃を。
「朱己! 避けて!」
「っ! うぐっ」
腹部につき刺さる刃を反射的に握り込む。
私に攻撃した妲音が、涙をためていた。
「だ、妲音。大丈夫だよ」
「……!」
まずい。
傷はなんてことはない。どうにかできる。
でも、このままでは妲音の心が保たない。
現に涙を流す妲音は、もう手が大きく震えている。過呼吸気味になっているのに、体だけが強制的に動かされている状態だ。
「妲音。お前の妹を殺せ」
「玄冬……!」
私に突き刺さった刃が強引に引き抜かれ、後ろによろけた。直様師走が受け止めてくれたが、それ以上に妲音をどうやったら玄冬から開放できるかばかり考えていた。
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