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第三章 最終決戦
業火を背負う者
しおりを挟む私の人生を他の誰かに決められてたまるか。
睨みつけた先の二人は、面白いものを見るように口角を釣り上げた。
「ほう……」
気がつけば、過呼吸は止まっていた。
刀を握りしめて再び立ち上がると同時に、攻撃が幾重にも降り注ぐ。
潜り、左へ飛んで、次は刀で叩き切る。
攻撃を避けるだけなら簡単だ。問題はどう攻めるか。尋常ではない速さで繰り出される攻撃は、最早なんの属性なのかはわからない。属性など関係ない、五珠の戦い方ということだろう。
避け続けて、ある地点で急停止し、すべての攻撃を薙ぎ払った。
「なんじゃ、鬼ごっこは終いか?」
嬉しそうに微笑む祭様と、感情のない瞳を向ける冠様。
決めたのだ。私の意志で生き抜くと。
そのために必要なら、なんだって。
静かに構えた先に、嵐のように降り注ぐ攻撃が見えている。二人が両側から挟み込むように攻め入ってくるのを、避けることもせずに待つ。
諦めたわけではない。
過信しているわけでもない。
ただ、受け止めると決めた。
これで受け止められなかったら、私の負けだ。
恐怖も怒りも絶望も、全部。
このセンナに秘められたものすべて。
私が受け止めず、誰に渡すというのか。
「御身で受けよ! 朱己!」
二人の手を中心に燃え上がる業火が、私に降り注いだ瞬間。
今まで経験したことのない重さでのしかかり、片膝をついた。
「ぐっ……!」
さらに重さと熱さを増す一方の攻撃は、やがて大きな髑髏を象った。
「逝け、我等が眷属」
「ううっ……!」
防御している腕は爛れ焼け落ちる。わかっていた。防御したらこうなると。
体まるごと燃え尽きてしまいそうになるのを、必死に耐えた。
そして見えた、一筋の光。
「今だ!」
髑髏が開けた口を突き刺すように、無くなりかけた腕を伸ばす。
ありったけの想いと力を込めて。
一瞬でもここで死んでも仕方ないなどと諦めたら、本当に死んでしまう。心が全てなのだから。
「絶対に、克つ!」
想いが振り切った瞬間、どこからともなく湧き上がる言葉。
ただ一言、「叫べ」と聞こえた。
「突き抜けろ! 業火!」
動いた体とともに、勝手に口から飛び出した言葉が耳にたどり着くよりも早く、髑髏を消し去る。
激しい爆音とともに閃光を放ち、世界すべてが覆い尽くされたような錯覚。
自分で放っておきながら、衝撃で自分も吹き飛び壁に激突した。
「いっ……」
痛いということは、生きているんだ。
先程の二人の攻撃で食らった痛みよりも、まだマシな痛みだ。腕は焼け落ちているし、回復に時間も掛かりそうな大怪我だ。何より、せっかく回復したはずのセンナがすっからかんになった気がする。
「師走もヴィオラも……怒るかな……」
もうヴィーの秘宝と呼ばれた秘薬は使えない。これから漆黒の牙との戦いが待っているというのに……と、悲観しそうになる心を必死に奮い立たせた。
どこからともなく突然笑い声が聞こえ、辺りを見回すと眼の前の瓦礫から二人の姿が現れた。
「あっはっは、見事じゃ朱己! 完敗じゃ」
「いきなり業火を放つとはな」
二人は無傷で瓦礫から出てくると、私の傷をさっさと治療してくれた。センナも回復したような気がする。
「あ、あの……」
「合格じゃ、朱己。勝手に言葉が出てきたのじゃろ、業火と」
「はい、勝手に」
そうじゃろ、と頷く祭様は、とても誇らしげに微笑んでいた。隣で片膝をついて微笑んでいる冠様も、納得したように頷いていた。
「あの技は、朱色の雫から認められなければ使えない」
「朱色の雫から認められ……?」
「他の五珠とは違い、妾たち朱色の雫は、センナから認められなければ朱色の雫としての力を使えぬのじゃ。そち、力を使う際に今まで技の名を言わなかったじゃろ?」
「はい、あまり言う必要もなく」
「それは、言わなかったのではなく、言えなかったんだ」
言われて思い出した。昔父様たちから稽古をつけてもらっている際に、父様たちのように技の名前をつけたかったがどうしても出来なかったこと。そして父様が見かねて、指で記号を形どり技を出す方法を教えてくれた。技を繰り出すのに、頭で考えるだけでは速度が落ちるからと。
「そういうことだったんですか……」
「そちの覚悟が朱色の雫から認められたのじゃ。胸を張るが良い」
「おめでとう、朱己」
二人が誇らしげに笑ってくれることで、今までの様々な苦悩や苦労が報われた気がした。
「ありがとう、ございます」
「良い、妾たちも一安心じゃ」
「そうだな。師走にいい報告ができる」
その一言で思い出す。顔をあげると同時に言葉が口から漏れ出ていた。
「あの、どうやって師走と……」
「ん? ああ、朱色の雫の解除は白金の灯にしかできないからな。師走が朱己に何度か噛み付いたことがあるだろう? あの時、大体私達と会話していたんだよ」
「え?」
初耳なことばかりなんだが。
思わず目をパチクリしながらしばらく頭の中を整理していると、祭様が腹を抱えて笑い始めた。
「だめじゃ、可笑しいのう」
「こら、祭。まああれだ、朱己。師走は私達と都度共有しながら、朱己の心の成熟度合を確認し、いつ力の解除をさせるかというのを見ていたんだよ」
「そうなんじゃ。意味もなく噛み付いていたわけではない故、許してやってくれ? 朱己」
そうならそうと言ってくれればいいものを、今度会ったら悪態の一つでもついてやろうと思いつつも、師走の意図など分かりきっていた。私の力量を誰よりも精緻に把握していたのも、いきなり修行と言ったのも、香卦良からセンナの封印を解放された後も、私のことをずっと見てくれていたのは確かなのだから。
「朱己、すべてを託す。そして、妾たちが持っている記憶も、全て」
「少々重い、すまぬ」
「いえ、問題ありません」
ずしりとのしかかる重さが、このセンナの背負う業ならば。私の背負う業と合わせて、私が糧とする。
「頼んだぞ、朱己」
「はい!」
「漆黒の牙を、頼む」
言葉とともに光が空間を満たしていく。
「また会おう、朱己」
最後に聞こえた言葉は確かに、私の背中を押してくれた。
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