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第三章 最終決戦
弱点さがし
しおりを挟む眼の前で流れ続ける映像をじっと見つめながら、胸のあたりを掴む。
『だから、朱色の雫を……?』
『そうだ。この後もしばらく殺し合いになるから飛ばすが、彼らは此後朱色の雫を作った』
『お主、そこまで知っておると言うことは……』
『ああ。俺は、五珠に支配される民が生まれてからの漆黒の牙らしい。民として、普通に生まれたのに……』
一般的な家庭で生まれ育ったなら、確かに今見せられている映像は辛いだろう。心が追いつかなくなる。待て、心が追いつかなくなる? 五珠でも、そうなのか? 心が壊れたらセンナが崩壊するのは、五珠も同じか?
『千草、お主……まさか心が』
千草はわしの隣で静かに頷いた。
『俺は耐えきれずに心が壊れ、死んだ。だから漆黒の牙はすぐに輪廻したが、何故か俺の意識だけずっと奥底に残ってしまったようだ』
『そういうことであったか』
もしかしたら、漆黒の牙を倒す突破口になるやもしれん。彼の存在が。わしは、逸る気持ちをただ必死に抑えた。
ふと、早送りされる映像に一瞬違和感を覚え、千草に声をかける。
『すまぬ、今のところをもう一度見せてもらえるか』
『構わない』
映像にいるのは、いつもどおりの漆黒の牙と紺碧の弦だが、何かがおかしい。喧嘩の様子がいつもと違う。
「あんたが嫌なやつだとは思ってたけど、本当嫌なやつだわ! よくも……」
「面白くなるなら、そのほうが良いだろう」
「外道! 白金の灯が作ろうとしているものに賛同してたでしょ?」
「心は移り変わるものだ。壊したくなったから壊した、それでいいだろう」
いつもの言い争いよりも、ヴィオラ似の紺碧の弦が怒っている。ヴィオラ似とは言っても、先程まで映っていた者とも違う。生まれ変わったのだろう。
『何を喧嘩しておるのだ?』
『この少し前まで戻そう』
そして千草が戻した場面では、紺碧の弦が師走によく似た白金の灯と、破壊された街で佇んでいる姿が映っていた。
『そうか、ヴィオラが以前言っていた白金の灯の策にのることにした、というのがこれか。ということは……民を作り、統治し始めたところを壊されたのだな』
『そうだ』
師走によく似た白金の灯を、ヴィオラ似の紺碧の弦が気にかけるように肩に手を置く。
「橘……また作りましょ」
「ああ。わかっている、オルガ」
橘と呼ばれた師走似の彼は、顔色を変えることなくただ手を握りしめていた。隣りにいるヴィオラ似の紺碧の弦は、どうやらオルガと言うらしい。滅ぼされた街は、きっと彼らにとって大切な街だったのだ。わしも自分が民を守る立場であったから、壊されたら苦しい気持ちは痛いほどわかる。
だが、なぜ壊されたのだろう。先程、少し進んだ映像で漆黒の牙は壊したくなったから、と言っていた。心は移り変わるものだと。
『何があったというのだ……心が移り変わって、なぜ作り上げた街を滅ぼす?』
『わからない。ただ、漆黒の牙は挑発するようなことを繰り返す。これからも』
心が移り変わる。人を挑発する。
『ふむ……』
口元に手を添えながら、しばらく黙り込む。まるで、王夏様のようだ。紅蓮様への想いが歪み、闇の力を強めるために恨まれることを選んだ。
隣でわしの様子を伺う千草が、映像を止めた。
『なにかわかったか?』
『いや。ただ、漆黒の牙が何属性なのか、いまいち分からぬ。まるで今の映像の漆黒の牙は……』
わしが今言葉を区切ったのは、色んな意味がある。
一つは、ヴィオラから以前言われた、属性は得意分野という情報が偽りなのかもしれないこと。今までの固定概念から属性を気にしたが、それが吉と出るか凶と出るかはまだわからぬ。
二つ、現在進行系で誰かに聞かれているかもしれないこと。誰か、とは勿論漆黒の牙だ。千草を利用して、今までの発言も聴かれている可能性がある。千草の意思と関係なく。
三つ、そもそも千草が味方ではない可能性があること。
映像を見せてもらっておいてなんだが、わしは漆黒の牙に操られている身。わしが漆黒の牙なら、操るのに抵抗されるのは面倒故、心を壊して支配するだろう。考えない傀儡となれば、操るのは簡単だ。千草は成り立ちからして感情移入しやすい。漆黒の牙を敵と見ているわしの懐に入り込みやすい役柄だとも言える。
千草に見せてもらった映像が本物であるかもわからぬが、恐らく本物であろう。映像さえ作り物であるとしたら、わし一人落とすために力をかけすぎだ。
わしは、千草からは見えぬように小さく笑った。
漆黒の牙の目的は朱己。発言からして、朱色の雫の真の力を目覚めさせていないことは、ヴィオラもわかっている。漆黒の牙はこれを好都合といった。つまり、目覚めさせたら負ける可能性があるということではないか?
あまり五珠の力に頼りたくないと思っていたが、どう考えても漆黒の牙を倒すためには朱己のーー朱色の雫の力が必要なのは確かだ。問題は、開放させて良い力かどうかだ。
『千草。すまぬが、朱色の雫が作られたところを見せてはもらえぬか?』
『いいが……一番、気持ち悪いぞ』
『覚悟しておこう』
そして映像を早送りする千草の横で、わしは見せてくれと言ったことを後悔することになるとは、つゆほども思ってなかった。
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