朱色の雫

弦景 真朱(つるかげ しんしゅ)

文字の大きさ
上 下
201 / 239
第三章 最終決戦

五珠のプライド

しおりを挟む

 睨み合う私と玄冬の間に、突然現れる影。

「っざけんじゃないわよ、玄冬……あんたの相手は、あたしよ」
「ヴィオラ、その傷で動いたら……!」
「うっさいわねあんたも! 五珠を舐めんじゃないわよ」

 ヴィオラを包む空気が変わった。何か、悍ましい気配と不協和音が、辺りを支配していくかのようだった。
 ヴィオラの頭の渦巻き模様の痣が、全身に広がっていく。

「ほうヴィオラ、早速死ぬ気か?」
「あんたの遊び相手は、あたしがしてやるって言ってんの。無駄口叩いてると舌噛むわよ、子どもの相手なら手負いくらいが丁度いいってこと。わかんない?」

 間違いなく、今この瞬間の最強はヴィオラだ。視える力量差が歴然だ。なのに、ヴィオラが全く気を抜かない。ヴィオラに隙がないということは、玄冬がまだ全く本気を見せていない、ということに他ならないだろう。つまり、まだ視えていない力が、玄冬にはある。
 獣のように動く玄冬は、無秩序を具現化したような存在だ。師走のときも獣のようだと戦慄したが、玄冬のそれは何かが違う。無形だ。ヴィオラがなぎ倒しても、まるで骨がないように体をくねらせて、攻撃が効いてないように涼しい顔をしている。

「そういえば……カヌレの自爆はどうだった」
「……なにがよ」
「奴の記憶を、師走が戻したんだろう。酷なことをする。カヌレは朱己への感情が整理できなくなったんだろうな」
「……私への、感情?」

 ヴィオラが更に気配を濃くしていく。ヴィオラが纏う気が霧となり、視界不良になる。すぐにヴィオラが私を玄冬から遠ざけるための、故意的なものだと気づいた。

「ヴィオラ……!!」
「カヌレが記憶を戻された後、なんで最期自爆したのかなんて知らないわよ。元々する気だったんでしょ? ただ、一つ教えといて上げるわ」

 八本の弦がヴィオラの指を起点に張り巡らされている。反射して一部だけ輝く弦は、見ているだけで何か音が流れてくるかのようだ。

「……相変わらずだな」
「カヌレは師走が好き過ぎたこと、朱色の雫ミニオスティーラのことが妹のようで可愛かった過去を、敵として恨むために消してもらったのに、師走に記憶を戻されたわ」
「恨み通させてやればよかったものを、あえて思い出させ、恨みきれなくなったカヌレの心を揺らしたことで自爆へ追い込んだ……酷なことだな」
「婚約者のあんただってそうなることわかってて行かせたんだから酷よ」

 ヴィオラが指で弦を引くと、玄冬の体が八つ裂きになる。
 鮮血が舞い散っているのに、まるで逆再生を見ているように散った血が戻っていく。
 
「相変わらず面倒くさい奴ね! なんなのよ八つ裂きのままでいなさいよ!!」
「阿呆だな。それに、俺が婚約者だったのは前世、眞白ましろの頃だ。朱色の雫ミニオスティーラの片割れへのあてつけにな。形だけで愛もないもない」
「そんなのは知ってるわよ。カヌレーーれいれきを取られた腹いせでしょ。どうかと思うけど」

 五珠の二人がお互いに悪態をつきながら、じゃれ合うかのように殺し合いをしている。私はといえば、相変わらず情報量が多く置いてけぼりを食っている。だが、現時点でわかったことは三つ。
 一つ目は前世ーー初代長の一人が、師走の前世である曆と恋仲だったこと。二つ目は、もう一人の初代長はどうやら漆黒の牙ニゲルデンスである眞白となにかがあったということ。そして三つ目、カヌレは眞白を初代長から奪い婚約者となったこと。
 カヌレは私を恨むために記憶を消してもらったが、先程の戦いで師走から戻された。「酷なこと」というのはつまり、私を恨み続けられたほうが心の安定になったということだろう。罪悪感は心を蝕み弱くする。師走はそれを狙ったのだろう。
 カヌレが、記憶を捨ててまで私を恨みたかったのは師走のーー前世の曆を想う故。だが捨てたはずの記憶を呼び起こされ安定を失うほどには、きっと彼女の中に私への一握りの情が残っていた。
 心を左右するには十分過ぎる、一握りの心が。

「仲間……」

 師走が最後に言った言葉を、頭の中で何度も反芻する。師走はきっと、彼女に思い出してほしかったのだ。私への情を通して、仲間として生きる道を。

 眼の前で繰り広げられる二人の殺し合いは、けして避けられないとしても。

朱色の雫ミニオスティーラは記憶を引き継いでいないのか? ヴィオラ」
「知らないわよ! あんたが変なことしたんじゃないの?」
「知らん。俺のせいにするな……だが、それなら好都合。解除されては困る」

 なんだ? 二人の会話がきな臭い。眉をひそめて聞き耳を立てていると、玄冬と目があった。

「朱己、お前はまだが使えないんだな」
「解除……?」
「……!! 朱己、それ以上言っちゃだめよ!!」
「ヴィオラ、無駄だ。どの程度記憶を引き継いでないのか、理解した」

 玄冬は口の端を釣り上げると、ヴィオラの弦を引きちぎりながら私との間合いを一気に詰めてくる。

「解除がないなら、今殺すに限る」
「ぐっ……!!」

 センナの封印の話なら、香卦良に解除してもらった。だが、その場にヴィオラもいたのだから、今二人が話している解除は別の話だろう。ヴィオラが焦っているのも何か理由があるのだろうか。
 玄冬が私の胸に腕を突き刺して、センナを握り込む。激痛と強烈な吐き気が這い上がってくる。

「朱己!! ……っの!!」

 ヴィオラが弦を強く引いた瞬間、玄冬の腕が切断された。だが、玄冬の腕が私のセンナを握ったまま残っていて、相変わらずの激痛に顔を歪めた瞬間、玄冬の手が弾け飛んだ。開放されてしゃがみ込む私を、玄冬が目を見開きながらただ見つめていた。

「……ほう、ほう」
「朱己、大丈夫!? 下がりなさい!!」

 玄冬は復元した手を何度か握りながら、感覚を確かめるているようだった。ヴィオラが私の前に来ると、私を一瞥して小声で口早に言った。

「まだあんたじゃ相手できないわ。下がって、葉季から距離を取って頂戴」
「葉季から?」
「いいから早く!」

 今の私では勝てない。深手のヴィオラを戦わせる理由は、私にある。まだ何かが足りない。師走との特訓で得た力では、まるで赤子の手を撚るかのような扱いを受けた。まだ足りないのだ。
 なんとかして、深層心理に行って、記憶を引き継ぎたい。私になにができるのかを知りたい。以前は深層心理へ師走が連れて行ってくれていたが、私は一人で行けないのか?
 私も、戦いたい。皆のために。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!

犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。 そして夢をみた。 日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。 その顔を見て目が覚めた。 なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。 数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。 幼少期、最初はツラい状況が続きます。 作者都合のゆるふわご都合設定です。 1日1話更新目指してます。 エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。 お楽しみ頂けたら幸いです。 *************** 2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます! 100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!! 2024年9月9日  お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます! 200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!! 2025年1月6日  お気に入り登録300人達成 感涙に咽び泣いております! ここまで見捨てずに読んで下さった皆様、頑張って書ききる所存でございます!これからもどうぞよろしくお願いいたします!

黄金と新星〜一般人系ギルドマスターのなるべく働きたくない日々〜

暮々多小鳥
ファンタジー
《第一章完結》 遺跡を探索し、魔獣を狩り、様々な依頼を引き受けて名声を得る。そんな、若者がこぞって憧れる職業、冒険者。数十年前から起こった冒険者ブームが衰え知らずに続いている現在、わずか数年で有名な冒険者ギルドのギルドマスターとなり冒険者のトップクラスまで上り詰めた冒険者がいた。彼女の名はクリア・マギナ。これは、彼女が華麗に活躍し、数々の事件を解決していく物語である。 ‥‥‥とか何とか言われているが、その実状は肩書きだけが勝手に立派になってしまったちょっと人より攫われやすいだけのごく普通の小娘が、個性豊かな冒険者達に振り回されたり振り回したりするドタバタ劇である。果たして何の能力も持たない一般人ギルドマスターのクリアに平穏な日々は訪れるのだろうか。 *基本は主人公の一人称、たまに他の人物視点の三人称になります。 《第一章あらすじ》 今日も今日とて盗賊に攫われている一般人系ギルドマスター、クリア・マギナ。「自分でも討伐できるでしょ」と見当違いな文句を言われつつギルドメンバーに助けてもらったは良いものの、調べると親玉の盗賊団の存在が判明したため討伐作戦を行うことに。自分は行きたくない働きたくないクリアは全てをギルドメンバーや秘書に押し付け高みの見物をしていたが、トラブル続きの討伐作戦は思わぬ方向へ?クリアは安全な場所でのうのうと過ごしていられるのか? *第二章開始は三月中旬頃を予定しています。 *小説家になろう様でも連載している作品です。

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

超常はびこるこの世界をただの?身体強化で生きていく〜異能力、魔法、怪異、陰陽師、神魔、全て力で捩じ伏せる!〜

kkk
ファンタジー
 超常的な力が世界中に満ち、魔法や異能、怪異が日常の一部となった時代。  物語の舞台はかつて大規模な戦争が起きた際、東西に分断された日本。その西の中心に位置する最大の超常都市「ネオ・アストラルシティ」。  主人公であるカケルは、高校生ながら「身体強化」というシンプルでありながらも地味な能力を持ちながら、日々「何でも屋」として生計を立てていた。  そんな彼の前に次々と現れる異能力者、魔法使い、怪異、そして神魔を拳ひとつで次々と打ち倒していき、戦いを通じてカケルは自分自身の出生や「身体強化」能力に隠された真実に近づいていく。  これは少年が仲間たちと共に彼はこの力を武器に世界を変える戦いに挑む物語。  全ての力を越え、拳で運命を打ち砕く――。

転生美女は元おばあちゃん!同じ世界の愛し子に転生した孫を守る為、エルフ姉妹ともふもふたちと冒険者になります!《『転生初日に~』スピンオフ》

ひより のどか
ファンタジー
目が覚めたら知らない世界に。しかもここはこの世界の神様達がいる天界らしい。そこで驚くべき話を聞かされる。 私は前の世界で孫を守って死に、この世界に転生したが、ある事情で長いこと眠っていたこと。 そして、可愛い孫も、なんと隣人までもがこの世界に転生し、今は地上で暮らしていること。 早く孫たちの元へ行きたいが、そうもいかない事情が⋯ 私は孫を守るため、孫に会うまでに強くなることを決意する。 『待っていて私のかわいい子⋯必ず、強くなって会いに行くから』 そのために私は⋯ 『地上に降りて冒険者になる!』 これは転生して若返ったおばあちゃんが、可愛い孫を今度こそ守るため、冒険者になって活躍するお話⋯ ☆。.:*・゜☆。.:*・゜ こちらは『転生初日に妖精さんと双子のドラゴンと家族になりました。もふもふとも家族になります!』の可愛いくまの編みぐるみ、おばあちゃんこと凛さんの、天界にいる本体が主人公! が、こちらだけでも楽しんでいただけるように頑張ります。『転生初日に~』共々、よろしくお願いいたします。 また、全くの別のお話『小さな小さな花うさぎさん達に誘われて』というお話も始めました。 こちらも、よろしくお願いします。 *8/11より、なろう様、カクヨム様、ノベルアップ、ツギクルさんでも投稿始めました。アルファポリスさんが先行です。

追放幼女の領地開拓記~シナリオ開始前に追放された悪役令嬢が民のためにやりたい放題した結果がこちらです~

一色孝太郎
ファンタジー
【小説家になろう日間1位!】 悪役令嬢オリヴィア。それはスマホ向け乙女ゲーム「魔法学園のイケメン王子様」のラスボスにして冥界の神をその身に降臨させ、アンデッドを操って世界を滅ぼそうとした屍(かばね)の女王。そんなオリヴィアに転生したのは生まれついての重い病気でずっと入院生活を送り、必死に生きたものの天国へと旅立った高校生の少女だった。念願の「健康で丈夫な体」に生まれ変わった彼女だったが、黒目黒髪という自分自身ではどうしようもないことで父親に疎まれ、八歳のときに魔の森の中にある見放された開拓村へと追放されてしまう。だが彼女はへこたれず、領民たちのために闇の神聖魔法を駆使してスケルトンを作り、領地を発展させていく。そんな彼女のスケルトンは産業革命とも称されるようになり、その評判は内外に轟いていく。だが、一方で彼女を追放した実家は徐々にその評判を落とし……? 小説家になろう様にて日間ハイファンタジーランキング1位! ※本作品は他サイトでも連載中です。

処理中です...