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第二章 朱南国

五珠の過去

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 師走と別れ、ビライトの宮殿へ向かう最中。ヴィオラがなんてことはないと言わんばかりに、口を開いた。

「そういえば、朱己。あんたあの工場で時雨が何をしたかったのか気づいた?」
「え、……人工センナの量産、でしょう?」

 ヴィオラは一瞬動きが止まり、その後盛大なため息をついた。

「そうよね……あんたは、そういう子だったわ。いい? あんたのセンナを使って魂解きと魂結びの力を持ったセンナを量産する、そしてカヌレのセンナを使って、使えなくなった人工センナを宝石やら武器やら何やらいろんなものに替える……恐らく、漆黒の牙ニゲルデンスの目論みでしょうね」
「私のセンナを使うつもりだとは思ってたけど……なるほどね。でも、その割にすぐ壊したわよね、伯父上は」

 ヴィオラは真顔で頷く。そう、白蓮伯父上との戦いの時に躊躇なく壊したのだ、時雨伯父上は。

「そうね。時雨はきっと、漆黒の牙ニゲルデンスのセンナを、さいの復活に最大限利用するために近づいた。漆黒の牙ニゲルデンスの願いを叶えるフリをしてね。唯一、読み間違えたとしたら……」
漆黒の牙ニゲルデンスが、時雨伯父上の狙いに気づいていた、ということか」
「葉季、答えを言うんじゃあないわよ! ったく……まあいいわ」

 頭を乱暴に掻きながら、ヴィオラは息を吐き出す。私はどことなく感じている違和感を、うまく消化できずにいた。

漆黒の牙ニゲルデンスの目論見が、あの工場で完結するような話なのかしら……時雨伯父上は、なにかとんでもないことに利用されていたんじゃ……」
「その線はあり得るわ。時雨が利用されていた、という裏付けとして、漆黒の牙ニゲルデンスがカヌレを送り込んだのが何よりの証明」
「カヌレを送り込んだのは、援軍ではなかった、ということか?」
「勿論よ。カヌレはそもそも人寄りの天……あんたたちみたいなのが嫌いだからね。純血主義なの。まあ、カヌレでさえ駒だったわけだけど」

 ヴィオラの目つきが変わる。心底怒りを湛えているような、少しだけ悲しんでいるような、複雑な色をしていた。

漆黒の牙ニゲルデンスにとっては周りなんて駒でしかないわ」

 私はずっと気になっていたことを、ヴィオラに尋ねた。聞くなら今しかないと思ったから。

「ヴィオラ、教えてほしいことがあるの」
「……五珠の成り立ちでしょ?」
「え、なんで……!」
「わかるわよ、あんたが考えてることなんて。……いいわ」

 彼は、短くため息をつくと目を瞑った。

ーーー

 今から随分と昔の話。どれ位昔かなんてもうわからない。うん千万年、億年単位の話だ。紺碧の弦ラズリナーブス、そして同時に漆黒の牙ニゲルデンスが生まれたのは。どうやって生まれたのかはわからない。神とやらが居たのか、それとも突然変異なのか。ただ、一つわかるのは、あたしはこの漆黒の牙ニゲルデンスが嫌いということだ。
 力を持つ者同士が嫌い合えば、対立以外生まれない。あたしたちは何度も奪い合い、殺し合った。
 だけど、何度も死ぬうちにあたしたちは飽きてしまった。自分たちだけで殺し合うことに。なんたって、輪廻してしまうから。何度でも生まれ変わって、会えばまた殺し合ってしまうから。
 だからあたしたちは、黄金の果アウルムポームムと、白金の灯プラティニルクスを作ったの。だけど、彼らも自我がある存在。あたしたちとは、根本的に考え方が違ったわ。特に、白金の灯プラティニルクスはね。戦いになると隙のない強さを見せるのに、戦いに飢えているわけじゃない。白金の灯プラティニルクスは、力で戦うのは最後だと言ったわ。そして、それに最初に乗ったのは漆黒の牙ニゲルデンスだった。今思えば、あれが全ての始まりだったわ。奴にとっては、暇つぶしみたいなものよ。
 そして、あたしたちは一つの国を作った。そして、白金の灯プラティニルクスが言うように、力のない者たちを養った。無力な民を養うことが無意味にも感じられたこともあったけど、それはすぐに誤解だとわかったわ。
 そう、白金の灯プラティニルクスはわかっていたのよ。例え個人でどれだけ強くとも、組織で高め合える者たちには勝てないということを。そして、あたしたちが戦いを求めていたのは、孤独や飢えからくるものだったって気づいたの。力が在る故に恐れられ、畏怖されてきたあたしたちだけど、組織になれるってわかった。あたしは白金の灯プラティニルクスに賛同して、最強の組織を持つ国を作ることに協力したわ。
 あたしたちは国を作った後、高みの見物のように隠居して、彼の政を見ては純粋に楽しんでいた。だけどね、組織だからやっぱり出てくるのよ、ルールに嵌まれない奴がね。だけど、あたしたちは体は壊せても、センナは壊せないって話になったの。
 罪を犯した者が、輪廻してまた生まれることに、何かメリットってある? あたしたちの答えは「無い」だった。だから、作ったのよ。朱色の雫ミニオスティーラをね。

 だけど、試行錯誤の上やっと完成した朱色の雫ミニオスティーラは正直に言うと強すぎた。もしかしたらあたしたち四人を含め、皆殺されかねない。別にこの世界にあたしたち五人だけなら良かったのよ、何度殺し合っても。でも、もう違う。民がいる。白金の灯プラティニルクスは反対したわ。この五人で殺し合うようなことがあれば、国が滅ぶ。それだけはさせないと。そして、白金の灯プラティニルクスの意見に反対した漆黒の牙ニゲルデンス白金の灯プラティニルクスが殺し合って、そのときは白金の灯プラティニルクスが勝った。だから、白金の灯プラティニルクスが長になって、これからもずっとヴィーを筆頭国としていくことにしたの。その時に決めたのよ、五珠は同じタイミングで生まれないようにしようって。勿論気がついたら生まれ変わるから、タイミングなんてわからないんだけど。でも、揃って殺し合えば必ず国が滅ぶからってね。

 そしてあたしたち五珠は、この宇宙界を作り上げた。いろんな組織を作って、いろんな実験をするためにね。どんな組織が一番強いのか、試し続けたの。でもそれは、結局のところ殺し合う人数が増えただけだったのよ。

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