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第二章 朱南国
本当の記憶(中)
しおりを挟むカヌレが掴む私の首が、空気を吸い込もうと小さく上下する。
「いいわよねえ、あんたは。プラティの記憶にプラティの意思で残してもらえて……」
「……どういう、こと?」
私の首を握りしめる彼女の手が震えている。彼女の手を掴み、一瞬で灰と化すまで焼き尽くして逃れた。
「っ……!! ちっ……」
「けほっ……カヌレ、どういうことなの」
彼女の真意はなんだ。
肩で息をしながら、目の前の彼女を睨みつけた。負けるわけにはいかない。ここまで来て、屈するわけにはいかないのだ、恐怖や怒りに、私は勝たなければいけない。
彼女はすぐに腕を復元すると、悲痛な叫びを私にぶつけてきた。まるで、目の前で希望を壊された人のような、錯乱した悲痛な叫びを。
「ミーニョは、ミーニョは望まなくてもプラティの記憶に残れるでしょう!! プラティだけじゃない、デンちゃんやラズリンの記憶にも!!」
「え?」
「とぼけないでよ!! わかってるわよ!! あんたが狡猾なんじゃない、でも望まなくても記憶に残してもらえる!! あたしが、どんなに頑張って、どんなに……!!」
まったく状況がつかめない中、必死に頭を回転させる。つまり、こういうことか。
彼女の蘇った記憶の中身はわからないが、彼女は何かをしでかさないと記憶に残してもらえないと思っているということか。
そんなことを考えている間に、彼女は両手を広げると、ありったけの爆弾をばらまき始めた。
「止めれるもんなら止めて見なさいよ、ミーニョ!! 甘ちゃんのあんたが、あたしを倒せるならね!!」
迷っている暇はない。
咄嗟に空間を作り、葉季たちをヴィオラ諸共空間へ押し込むと、中から罵声が聞こえてきた。
『ちょっとあんた! どおいうつもりよ!! あたしまで入れるなんて!! 耄碌したの!?』
「ごめんヴィオラ!! そっちの防御は任せた!!」
『おい朱己!! 俺らまで入れるったあどういうことだ!!』
「すみません、夏能殿!!」
彼女の爆弾は威力も去ることながら、爆発するまでの時間が限りなく短い。迷ってる暇はないのだ。兎に角守らなければ。敷地いっぱいに爆弾を詰め込み始めたカヌレの目は、焦点を失っていた。どう守る。どう切り抜ける、今この瞬間の危機を。
「朱己」
「……!! 師走!!」
「相変わらず馬鹿な真似をする……我が灯火よ」
呆れ顔の師走の声に反応するように、数多の光の玉が目の前を埋め尽くしていく。
師走が指を立て、小さく呟いた。
「転回、送火」
師走が私を抱え、小さな空間へ入ると同時に、先程まで私達がいた場所が爆発に飲まれていく。爆発が激しすぎて、鼓膜の振動が止まらない。しばらくこの世の終わりかのように爆発し続け、思わず目を瞑った。やがて爆発は終わったが、激しい爆発の余韻のせいか耳鳴りが止まない。
目を開けると、空間の外、工場だった瓦礫の中で血まみれのカヌレが倒れていた。
「カヌレ……」
「カヌレを中心として、撒かれた爆弾とカヌレを選択して区切り、空間とした。カヌレが気づけば解除される可能性があった故に気づかれる前に爆弾へ着火し、空間の中でカヌレだけが爆弾の餌食になるようにな」
「あ、危ない真似を……」
それができたのは、カヌレの爆弾の性質を熟知している師走だからだろう。師走は相変わらずの無表情で、ただ血まみれで動かないカヌレを見つめていた。
私はどうしても気になり、カヌレの近くまで降りていくと、師走がため息をつきながら着いてきた。
「カヌレ、貴女の本当の願いは、師走……白金の灯の記憶に、残してもらうことだったのね」
「……」
返事はない。意識があるのかも、よくわからない。きっと私が何かを言ったところで、彼女にとっては嫌味にしかならない。だとしても。
「カヌレ、私には過去の記憶はない。だけど、五珠の皆は私を……朱色の雫を、理由はどうであれ覚えていてくれた。貴女も、その一人。だから、……ありがとう。私を、朱色の雫を覚えていてくれて」
師走が隣で僅かに目を瞠った。
また馬鹿だの、甘いだのと言われるだろうか。言われてもいい、ただ記憶に残してくれていたことは当たり前ではないということを、私は自覚しなければいけない。
「カヌレ……」
「五月蝿い……黙ってよ……自慢? 偽善? 馬鹿なの? うるさい、うるさい! うるさいのよ! あのときみたいに……っ何であんたは……!」
「朱己、下がれ」
師走が私の腕を引き、自分の後ろへと隠すように立ちはだかる。師走にまだ話終わってないと言おうとしたが、師走の目がカヌレを射抜いているのに、横槍を入れることは出来なかった。
「……プラティ。あたし思い出したわ」
「そうか」
「五珠の始まりである漆黒の牙と紺碧の弦。そして、記憶と資本のために作られたあたしたち」
カヌレが体を起こし、手のひらを見つめている。師走が警戒を解かないことが、一抹の不安をもたらした。
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