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第二章 朱南国
由縁と背中
しおりを挟む「くっ……!!」
眩しいなんてものではない。閃光が突き抜けて、目を開けているのか閉じているのかわからないほどだ。光が五月蝿い。素直にそう感じていた。周りの面々も目を覆い、光に耐えている。
「師走なの……!?」
「ええ、相変わらず眩しいったら……百年に一回見れるかどうかよ! まあ見たら死ぬけどね!」
時の流れが遅く感じる。暗闇は精神を蝕むと聞くが、明るすぎても気が触れる、というのを身を以て実験されているような感覚だ。師走たちに何が起きているのか、ここからでは何も見えない。
しばらくして光が突如消えた。しかし、強すぎた光のせいで残像が瞼の裏に残り、真っ暗になったような錯覚でしばらく何も見えなかった。やっと慣れてきた頃、血まみれのカヌレと、澄ました顔の師走が空間の中に立っていた。
「……ない」
「……? なんて言ってるのかしら……」
ヴィオラが結界を強めたように見えた。ように見えた、というのは腕に力が入ったように見えたから、というだけだ。実際にはあの空間の中にいる二人にしかわからない。ヴィオラは隣りにいる私を一瞥して、話しかけてきた。
「聞きたい? あの二人の会話」
「ええ、聞きたいわ」
殺し合いをしている彼らの理由は私なのに、比較的安全なところにいる自分。せめて、カヌレの真意は理解したい。私の大切な人たちを殺した張本人とはいえ、私は被害者面したいわけじゃない。
ヴィオラが指を鳴らすと、酷く鮮明に彼らの会話が耳の中に流れ込んできた。
『これじゃまるで、あたしが朱色の雫じゃない!!』
『貴様は自分の血で汚れただけだろう』
まるで朱色の雫。
一体どういうことなのか。カヌレは私を血塗れミーニョと呼ぶが、それと関係あるのだろうか。
『プラティ、あたしはプラティを愛してるのに、なんでミーニョなの? なんであんな』
『黙れ。貴様は我を好きだと言う自分自身が好きなだけだろう。貴様の自己愛に興味はない』
『ひどいわ、プラティ。こんなに愛してるのに!! 全部ミーニョが……』
雲行きが怪しくなっている。声を聞いただけなのに、背筋が凍るような寒気を覚えた。
「く……っ皆、全力で防御して!! 結界が壊れるわ!!」
「!!」
全員がヴィオラの声に呼応するように一点集中で防御壁を作る。同時に弾け飛ぶ結界。そして、吹き荒れる吹雪。
「くっ……!!」
「なんて……強さ……っ」
こっちは夏采殿や夏能殿も合わせて六人も居るのに、このまま吹き飛ばされることを想像してしまうくらいには余裕がない。
ヴィオラが緻密に張り巡らせた弦で壁を作り上げると、直後に巨大な数多の氷柱たちが突き刺さる。
「……この、氷柱は」
「ミーニョ!! いたのねえ……そう、覚えてる? 瑪瑙だったかしら? その女の技よお!」
見間違えるわけがない。彼女の氷柱には、模様が刻まれている。三条家の家紋が。隠密能力が顕出しなかった彼女なりの、三条家への報いの形なのだから。
彼女らしい緻密な精巧さ。忘れるはずがないのだ、彼女の氷柱を。
瑪瑙。
脳裏に過る彼女との約束。
そうだ、私は。
私は、長だ。
全力で炎を巻き上げると、ヴィオラの弦に沿って一気に氷柱を消し去った。
「あっはははは! 殺された臣下の技見ても、容赦ないのねぇ! こわーい!」
笑顔で顔についた血を拭い取る彼女は、黄金色の髪の毛をかきあげて後ろへ流す。
「ねえ、ミーニョ。ミーニョの名前の由縁教えて上げるわ」
「由縁?」
「ええ。倒した相手の返り血で、全身血まみれになるでしょ? その時に滴る血。それがあんたの名前の由縁。朱色の雫、あんたは血塗れがお似合いなのよ!! どんな相手でも手にかける。それがあんたなの! 自分の恋人でもね!!」
憎悪に心が支配されていくようだった。自分が背負う使命が、酷く重くのしかかって、周りが見えなくなる。視野がどんどん狭くなっていく。駄目だ、前を見ろ。カヌレを倒せ。心を揺らすな。そう自分に必死に言い聞かせていた、その時だった。
どこからともなく腕が伸びてきて、目と耳を塞がれた。
「落ち着け、耳を貸すな」
「……し、わす」
「プラティ……!!」
背中に体温を感じて、背後から回された腕と手で、覆うように塞がれたのだと理解した。
「一度息を吐き切ろ、カヌレの発する香りには不安増幅の効果がある。一種の毒だ」
「う、ん」
そうか。思考を導かれていたのだ、彼女の発言で。酷く落ち着く彼の匂いのおかげか、次第に心が凪いでいくのがわかった。
彼が腕を離すと、少しだけ苛立ちのある瞳で私を見つめてきた。
「言ったはずだ、下がれと。次は助けん」
「ええ、ごめんなさい、ありがとう。でも、乗り越えたいの。彼女を、私が背負うべき過去を」
我ながら身の程知らずのわがままを言っているだろうことは理解している。だが、復讐などではなく、彼女を乗り越えなければ意味がないと本能が叫んでいる。これさえも、導かれているのだろうか。
師走は、一度短くため息をつくと私の身体を後ろへ下がらせた。
「……一人で背負うな」
「え?」
「カヌレの技は今の貴様とは相性が悪い。故に我が相手をする。下がれ」
「でも……!」
言いかけたところで、後ろから腕が伸びてきた。咄嗟に振り返れば、ヴィオラが真剣な顔で私の腕を引いている。
「わかりなさいよ、師走は頼れって言ってんの」
「……!!」
しばらく目を見開いたまま、立ち尽くしていると葉季が近づいてきて、私の身体を持ち上げた。
「ちょっ葉季!」
「ヴィオラの言うとおりだ、早く下がるぞ。今のお主では危なすぎる。口惜しいが、師走に任せるのが最適解だ」
振り返らない師走の背中を、ただ見つめていた。
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