185 / 239
第二章 朱南国
心の奥底
しおりを挟むーー貴様の心の問題だ。
一体どういうことなのだろうか。私の心の問題とは。眉をひそめながら師走を見つめても、師走とは目が合わない。
「師走……」
「黙れ、いいから下がっていろ。足手まといだ」
全く譲らない師走に少しだけ苛立ちを覚えつつ、口を真一文字に結んだ瞬間だった。
私と師走の真横に、カヌレが降ってきたのは。
降ってきたなんてものではない。衝撃で床がごっそりなくなるほどの、隕石のような登場だ。
師走が間一髪私を抱え飛び上がったため無傷で済んだが、師走は小さく舌打ちをすると、私をヴィオラめがけて投げつけた。
「わっわああっ!!」
「ちょちょちょっ!! 師走!! 危ないでしょおが!!」
「邪魔だ、下がっていろと言っている。邪魔だてするなら貴様も殺す」
「またそんなこと言って……ったく」
ヴィオラが私を横に下ろすと、カヌレと師走を透明な結界で囲んだ。
「あの二人じゃ世界がいくつあっても足りないわ。少し空間内で暴れてもらいましょ。まあ、空間が耐えられるならだけど」
「ヴィオラ……師走は、なんで私に戦わせないのかしら。カヌレは私を狙ってるのに」
「……なんでかしらね」
ヴィオラを見上げると、全くの無表情で師走たちを眺めていた。その姿に少しだけ目を見開くと、ヴィオラは私の視線に気がついたかのようにため息をついた。
「師走は、ああ見えて責任感の塊。そして過保護。師走になる前からね。曆の頃から……いや、もっと前からなんでしょうけど」
「責任感……過保護……」
「あんただからよ。朱己。朱色の雫一人に、背負わせるのを良しとしないのはいつだって白金の灯よ」
ヴィオラをただ見つめることしかできず、否定も肯定もできなかったのは何故だろう。
ヴィオラの言葉が予想外過ぎたからなのか、それとも、私の代わりに目の前で殺し合いをしてくれている、師走の想いを少しばかり理解しかねているからなのか。私だけに背負わせることを良しとしないから、私では殺されると言ったのだろうか、彼は。いや、彼の性格からして違うだろう。では、なんだ。彼が、私とカヌレを戦わせない理由は。きっと今、師走の中で私に対する懸念があるはずなのだ。
目の前で繰り広げられる師走とカヌレの戦闘を見つめた。
「プラティ! あたしは絶対譲らない。プラティを誑かしたミーニョは許さない!!」
「……何度言ったらわかる」
目にも留まらぬ速さでぶつかり合う二人が、狭い結界の中で殺し合う理由。紛れもなく私だ。
カヌレは、私が師走――白金の灯を誑かしたと言った。誑かすということは、男女のやり取りがあったということなのだろう。対して、師走はそれを否定した。師走は今までの記憶を司る立場故に、嘘を付くとは思えない。私をかばっているとも思えなくもないが、彼の性格からして庇うために嘘と取られるような受け答えはしないだろう。
師走は、私に戦わせない理由を「私の心の問題だ」と言った。私が、何を想っているか。カヌレに対して。
「……私は仇をとりたい」
「朱己……」
「カヌレは、皆の仇だから……どこかで、私が殺すって思ってる」
「そうね」
師走たちの戦いを見ながら、ヴィオラが肯定してくれた。
呟くように自分の気持ちを吐き出しながら、まだ見えない師走の懸念を探る。仇を取るのが駄目なのか? 恐らく違う。心の問題だというからには、この先があるはずだ。
目を瞑り、考え込む私に光琳が口を開く。
「朱己、兄上の仇だった時雨様と戦ったとき、仇を取ると思って戦った?」
「え、いや。時雨伯父上と戦ったときには、時雨伯父上しか見えてなくて……偲様の願いのためにも伯父上を止めなきゃ、しか考えてなかったわ。そうよね、元はと言えば、こうちゃんの仇をとるために伯父上を追っていたのに……」
「それじゃないかな」
光琳が頷きながら微笑んだ。
それ、とはなんだろうか。
私がまだ見えていない答えを、葉季が理解したように言葉にした。
「そうか、仇を取るという怒りにのまれると、視野も狭くなり心は怒りに囚われる」
視界が明るくなるように、思考の霞が晴れていく。目を見開き、葉季と光琳に向き直った。
「私たちは心が資本だから、復讐をする、仇を取ることを強く願えば、自分の上限値を自ら設定することになる……! こうちゃんの仇をとるために、という思いを昇華させることができたから、最期伯父上と向き合えたのね」
「そういうことだろうな」
だから師走は、仇を取ると心の奥底で怒りを抱えたままの私が、カヌレの相手をすることを良しとしなかったのだ。
私の隣でヴィオラが小さくため息をつく。
「言ったでしょ、朱色の雫一人に、背負わせるのを良しとしないのはいつだって白金の灯よ。あんたの怒りも、苦しみも悲しみも、全部あんたの糧にしてあげたいのよ」
「ヴィオラ……うん、ありがとう」
私が自分で自分の心を超えなければ、師走は安心して私を戦わせることができない。カヌレを許すことができない怒りは、私自身にも向いている。守りきれなかった、私自身にも。
手を握りしめると、葉季が上から手を重ねてきた。
「朱己。お主が守れなかったから、皆が殺されたのではない。言ったはずだ、わしらは皆、覚悟の上だ。お主が背負うな。瑪瑙も言っておったであろう」
「……!!」
葉季を見上げると、葉季だけでなく光琳も私を見つめて微笑んでいる。ふたりとも気づいていたのだ、私の怒りの矛先に。
「自分を許せるのは自分だけよ、いつでもね」
「ヴィオラ……」
「心って単純じゃないから、簡単にはいそーですかってできないもんよ。だけど、きっかけがあれば簡単に切り替えることができるのも、心なのよ。今あんたに、葉季たちがきっかけをくれてるんだと思うけどね」
少しずつ見えてきた自分の心が、完全にさらけ出された瞬間だった。許すことで、自分が責任逃れしたいだけなのではないかと思っていた。いつまでも忘れないようにと、傷を背負っていくつもりだった。
でも、背負うというのはそういうことではない。また前にたどり着いた答えを、怒りで見失うところだった。葉季の手を握りしめながら、自分の心にある怒りを、自分自身の不甲斐なさを受け入れることから始めなければ。
「ありがとう、みんな」
「何度でも立ち止まれ、わしらは常に共にいる」
「そうだよ、朱己。一緒に進もう」
笑顔で頷き合う私達と対照的に、怒りでまみれた顔で殺し合う彼女と、淡々と相手をする彼が目の端に映る。
隣でヴィオラが目を瞑り、私に一言
「目、閉じなさい。潰れるわよ」
と言った。同時に目を突き抜けるような閃光が、辺りを包んだ。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います
ととせ
恋愛
「本日この時をもってアリシア・レンホルムとの婚約を解消する」
公爵令嬢アリシアは反論する気力もなくその場を立ち去ろうとするが…見事にすっ転び、記憶喪失になってしまう。
本当に思い出せないのよね。貴方たち、誰ですか? 元婚約者の王子? 私、婚約してたんですか?
義理の妹に取られた? 別にいいです。知ったこっちゃないので。
不遇な立場も過去も忘れてしまったので、心機一転新しい人生を歩みます!
この作品は小説家になろうでも掲載しています
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる