朱色の雫

弦景 真朱(つるかげ しんしゅ)

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第二章 朱南国

カヌレの相手

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 もう殺し合うことだけだ。私達に残された道は。
 黙って俯く私を、ヴィオラは何も言わずに待ってくれていた。覚悟ならできている。ただ、過去にカヌレと何があったのかだけは知りたい。
 ヴィオラは私の顔を一瞥すると、一本の瓶を差し出してきた。

「さて……と。これ、飲んで」
「これなに?」

 あからさまに美味しくなさそうな色をしている。青緑色の、不思議な粘性がある液体だ。訝しむ私に、ヴィオラは目だけで早く飲むようにと訴えてくる。ここはもう騙されたと思って飲むしかない、と意を決して受け取り一気に飲み干すと、案の定全く美味しくなかった。独特な生臭いような匂いと舌をえぐるような苦味。私の顔が歪むのを、さも当たり前と言わんばかりにヴィオラは続ける。

「不味いでしょ」
「え、ええ……すごく」
「じきに体が温かくなるはずよ」

 言われた直後、本当に体が燃えるように熱くなり、何故か力がみなぎってきた。不思議な現象に驚いていると、ヴィオラが立ち上がる。

「師走から預かってたの。ヴィーの秘薬よ。身体に許容量以上のエネルギーを与えて、センナに逆流させる、荒療治のセンナ回復薬よ」
「そ、そんなのあるのね」
「流石に人じゃ耐えられないわ、五珠程度の能力がなきゃ体が保たないのよ」

 体が保たない秘薬。なるほど、それは秘薬だ。少し痛んでいたセンナが全く痛くない。回復を実感しながら立ち上がり、数回手を握りしめる。

「さて、と。いい? 帰るわよ。葉季たちも心配だしね」
「ええ! ヴィオラありがとう」

 私の声に少し驚いたように目を見開くヴィオラに、私が不思議そうにしていると、彼は小さく笑った。

「随分とやる気じゃない」
「ええ、もう戦うしかないからね! 終わらせたいの」
「そうね。早く終わらせましょ」
「ええ!」

 そして、またぐにゃりと歪んだ道を通って師走たちの戦っている場所へ戻ると、目の前で繰り広げられていたのは、予想通りカヌレと師走の死闘だった。

「なんで!! なんでプラティ!! 信じられない!! そんなにミーニョが大事!?」
「ちっ……五月蝿い」

 発狂しながら師走に殴りかかるカヌレ。
 散りばめられたカヌレの爆弾を破壊しながら、カヌレを殴り飛ばす師走。師走の一撃もかなり重いはずなのに、カヌレは全く気にしていない。

「始まってたわね」
「ええ……」

 ヴィオラがため息をこぼす。
 それもそのはず、周りの夏采殿や夏能殿、葉季たちのことは度外視で、完全に二人の世界だ。それでも、師走が爆弾を破壊しながらカヌレの相手をしているということは、少なからず守ってくれているということなのだろう。葉季の近くに戻り、声をかける。

「大丈夫?」
「朱己! 戻ったか……傷も治っておるな」
「ええ、ありがとう。大丈夫よ」

 微笑みかけてくれる葉季と光琳が無事でいるためにも、この二人の戦いを終わらせなければ。否、カヌレを倒さなければ。
 師走がカヌレを思いきり壁にめり込ませると、小さくうめき声が上がった。

「……ミーニョ」
「……!」
「良いザマって思ってるんでしょ」

 カヌレを押さえつける師走の指の間から、カヌレの目が光った。

「許さないんだから……絶対」
「カヌレ、私と……先代の朱色の雫ミニオスティーラと、何があったの? 教えてほしい」
「馬鹿なの!? あんた、正気!? ミーニョ、あんたがプラティを誑かして、だからあんたの国が滅んだのよ!!」

 顔を真っ赤にするカヌレが、金切り声で叫んだあと、顔色を全く変えずに師走が口を開いた。

「嘘を付くな、カヌレ」
「……!! またプラティはミーニョを庇うわけ?」
「庇う庇わないではない。貴様の言い分は虚言だ。我の前で嘘は意味をなさない」
「プラティは全ての記憶を持ってるんだからわかるでしょ!? ミーニョが何をしたのか!!」

 二人の間で話が進むのを、どこか遠くから眺めている自分がいた。私のことを、先代の朱色の雫ミニオスティーラのことを話しているはずなのに、こんなに話が食い違うことがあるか?
 カヌレは師走の手を弾き飛ばし、壁から脱出した。直様師走がカヌレの行き先を攻撃するが、カヌレの姿は見えない。
 
「ミーニョ……教えて上げるわよ。あんたが何をしたのか、どれだけ罪深いか!」

 カヌレの周りに現れた濁流は、私とカヌレだけを巻き込んでいく。私が濁流に抗い蒸発させようとした矢先、師走が一拍早く蒸発させ、一気に蒸し返った。

「いい加減にしろ、黄金の果アウルムポームム。貴様の被害妄想だろう。迷惑だ」
「プラティ……なんで?」

 信じられないと言わんばかりに刮目するカヌレは、私と目が合うと途端に鋭く睨みつけてきた。師走が一歩前に来て、カヌレの視線を遮る。

「殺し合いたいなら、望み通り殺してやる」
「師走!! カヌレの狙いは私でしょう、私がするわ」

 思わず師走の腕を掴むと、師走は私を一瞥して腕を振り払う。
 
「貴様は甘い。今貴様が相手をすれば、間違いなく貴様が死ぬ」

 師走はカヌレから視線を外さないまま、静かに構え、言葉を続けた。

「貴様に黄金の果アウルムポームムを倒す覚悟があるか」
「プラティ、あたしの相手はプラティにしか無理よお! ミーニョなんかには務まらないわ。覚悟があったってね!!」

 高らかに笑うカヌレの顔は見えない。わかっている。殺し合うしかないと、腹をくくっているのだから。
 目の前の師走の腕をもう一度掴んで、一歩前に出る。

「覚悟ならできてるわ、師走」
「貴様……」
「お願い」
「だから、言っている。貴様の心の問題だ」

 師走が僅かに眉をひそめた。私の心の問題とは、どういうことなのか。師走が何故少しだけ辛そうな顔をするのか、まだ私は理解していなかった。

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