上 下
174 / 239
第二章 朱南国

情愛と嫉妬

しおりを挟む

「朱己!!」
「朱己が戻ってきたわ! 師走!!」

 遠くから聞こえる声に導かれるように、意識が段々とはっきりしてくる。瞼を押し上げると、目の前でカヌレと師走が激突していた。

「師走……!」

 目の前に広がる光景に一瞬で我に返り、手の中にある偲様のセンナを握りしめる。再び魂解きをしようと力を込めるが、上手く壊せない。

「なんで……!!」
「朱己焦るな。貴様にしか、壊せん!」

 聞こえた声に顔を上げれば、師走が激しく攻防戦を繰り広げながらも、私を一瞥して続けた。

「貴様は朱色の雫ミニオスティーラだろう。必ず壊せる」
「……ええ!」

 なぜ、彼の言葉は自信をもらえるのだろうか。
 自分の前世の主だからなのか、謎の安心感と信頼感がある。それは、ヴィオラに対してもだ。
 私の隣で葉季が頷く。私の精神的支柱。
 私が、やらねばならない。今。

「……くっ!!」

 ヴィオラの防御の内側で、思い切りセンナに魂解きをねじ込み続ける。激しく慟哭する偲様のセンナが、少しずつひび割れていくのが見える。

「朱己いいいいぃいぃい!!!」

 時雨伯父上が文字通り鬼の形相で、私達めがけて突撃してくる。私の目と鼻の先で、間一髪父と白蓮伯父上が時雨伯父上を止めた。

「朱己……!! 頼む!!」

 無我夢中でセンナを必死に握りしめながら頷く。
 もう頷くことしかできない。返事をする余裕がない。
 漆黒の牙ニゲルデンスのセンナは、こんなにも壊れないのか。私がすっからかんになるほど、力を注ぎ込んでいるのに、ひび割れていくだけで壊れない。
 逆方向から、カヌレの怒声が聞こえる。

「させないんだからぁ! プラティ退いて!! ミーニョ、あんただけはあたしが殺してあげるんだから!!!!」
「させるか」

 師走との攻防戦が、目の端に映る。
 水と炎がぶつかり合って、凄まじい量の水蒸気があたりを包んだ。自分の周りを吹き抜ける熱い水蒸気が、二人の攻防戦の激しさを物語っていた。
 目の前のセンナに集中するが、どうにも割れない。なぜだ。焦るなと言われても、こんなに割れなかったことがないのに、焦らないわけがない。

「朱己、分裂した中の一つとはいえ、簡単に割れなくて当たり前よ、だから焦んないの! あたしたち五珠のセンナが、そんな簡単に割れるわけないでしょおが!」
「ヴィオラ……!」

 思わず顔をあげると、ヴィオラが少しだけ私の方に顔を向けたまま、音波の壁で防御してくれていた。また心を読まれたようなタイミングで、しかし確実に私の心を冷静にしてくれた。

「カヌレまで来たのは完全に誤算だけど、やるしかないわ。できる限り注ぎ込んで叩き潰しなさい!」
「ええ!!」

 滴る汗が、偲様のセンナに落ちる。
 色んな人が、偲様の想いをおもんばかって、色んな人が少しずつ都合よく認識して。
 でも、本人から聞いたことが全てだ。
 だから、必ず。

「私が、壊す……!」

 ひび割れていくセンナが、少しずつ音を立てて砕け始めた。

―――

 目の前で、あたしと戦っている愛しい人。
 悪食あくじきと呼ばれようと、あたしは彼のために強くなったの。誰からなんと言われようと構わない。
 昔から、あたしは。
 そう、思い返せば、もう数千年じゃきかないほど昔から。何万年という年月の中で、ずっとあたしたちは家族だった。

「プラティ、愛してるわ」

 愛しのプラティ。ずっと、姿や名前が変わっても。私と貴方を繋ぐ絆である、この五珠の名前だけは変わらない。ずっと。
 五珠として初めて生まれたとき、あたし達は双子だったのよ。覚えてる? 覚えてるわよね。だって貴方はプラティだもの。全ての記憶を受け継ぐのが、貴方の役目。
 あたしと貴方はずっと輪廻も同じタイミング。ずっと一緒に生きてきたの。ずっとこれからも一緒だと思っていたのに。

「なんで、貴方はいつもいつも……ミーニョなの」

 一番近くにいるのはあたしなのよ。
 一番貴方を理解しているのも、一番貴方を求めているのも。なのに、なんで貴方はいつもミーニョを選ぶの?

 ある日、ヴィーの昼下り。
 貴方が、曆だった頃。あたしは、曆の姉、れいという名前だった。
 貴方が、会議室から出てきたところにたまたま遭遇したの。嬉しくて駆け寄ったわ。
 
「プラティ!」

 でも、一緒に出てきたのはミーニョ。親しげに話すミーニョと貴方は、誰がどう見ても恋仲だった。
 このときのミーニョは双子。片割れのかむりが貴方と恋仲だったのよね? あたしに隠しても無駄よ。女を舐めないで。すぐにわかるんだから。

「プラティ……」 
「玲」
「玲! ちょうど曆と話してて、玲にも伝えておきたいことがあるんだ。今いいか?」

 親しげに話しかけないで。あたしのプラティと仲良いのを見せつけたつもり?
 仕事の話して誤魔化すつもりなの?
 あたしは騙されない。プラティは私のもの。あんたなんかに渡さないんだからね、ミーニョ。

「……玲、聞いてるか?」
「……ええ、冠」
「そう? それならいい、で、これから討伐に……」

 曆の持つ地図を指さしながら、血塗れのミーニョが何やら話している。崇高なあたしやプラティがしないような汚い仕事をやるのが、ミーニョの仕事。
 五珠としても格が違うのよ、あたしたちとあんたたちとは。だからプラティに気安く近寄らないで。
 あんたが勝手に討伐でもなんでも汚い仕事をすればいいでしょ。

「……てことなんだけど、漆黒の牙ニゲルデンス率いる部隊の討伐の」
「悪いけど、手伝わないわ」
「玲。貴様……」
「プラティ。私は民の生活を守るのが役目よ。争いはごめんだわ」

 言うだけ言ってその場をあとにしてから、沸々と湧き上がる感情が、焼け付く程の情愛故なのか、醜穢な嫉妬からなのかはわからなかったし、わかりたくもなかった。

 五珠だから協力するわけじゃない。
 あたしはあたしの信念に従うのみ。

 そして、ミーニョはデンちゃんに滅ぼされ、プラティは何も言わずに輪廻した。
 あたしは、それが一番許せなかったの。

「なんで……なんであたしに何も言わずに……」

 ねえ。あたしたちは、ずっと一緒だったのよ。
 ずっと。ずっとこれからだって一緒でしょ?
 なんで。なんで勝手に輪廻したの。
 ねえ、プラティ。

 曆が死んでから玲と名乗るのは辞めた。だから、生まれ変わってないけど、今のあたしの名前はカヌレ。悪食のカヌレよ。なんと呼ばれようと、必ず、ミーニョ。あんたを潰して食ってやる。



しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

私は聖女になる気はありません。

アーエル
ファンタジー
祖母は国を救った『元・聖女』。 そんな家に生まれたレリーナだったが、『救国の聖女の末裔』には特権が許されている。 『聖女候補を辞退出来る』という特権だ。 「今の生活に満足してる」 そんなレリーナと村の人たちのほのぼのスローライフ・・・になるはずです 小説家になろう さん カクヨム さん でも公開しています

最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。

羽海汐遠
ファンタジー
 最強の魔王ソフィが支配するアレルバレルの地。  彼はこの地で数千年に渡り統治を続けてきたが、圧政だと言い張る勇者マリスたちが立ち上がり、魔王城に攻め込んでくる。  残すは魔王ソフィのみとなった事で勇者たちは勝利を確信するが、肝心の魔王ソフィに全く歯が立たず、片手であっさりと勇者たちはやられてしまう。そんな中で勇者パーティの一人、賢者リルトマーカが取り出したマジックアイテムで、一度だけ奇跡を起こすと言われる『根源の玉』を使われて、魔王ソフィは異世界へと飛ばされてしまうのだった。  最強の魔王は新たな世界に降り立ち、冒険者ギルドに所属する。  そして最強の魔王は、この新たな世界でかつて諦めた願いを再び抱き始める。  彼の願いとはソフィ自身に敗北を与えられる程の強さを持つ至高の存在と出会い、そして全力で戦った上で可能であれば、その至高の相手に完膚なきまでに叩き潰された後に敵わないと思わせて欲しいという願いである。  人間を愛する優しき魔王は、その強さ故に孤独を感じる。  彼の願望である至高の存在に、果たして巡り合うことが出来るのだろうか。  『カクヨム』  2021.3『第六回カクヨムコンテスト』最終選考作品。  2024.3『MFブックス10周年記念小説コンテスト』最終選考作品。  『小説家になろう』  2024.9『累計PV1800万回』達成作品。  ※出来るだけ、毎日投稿を心掛けています。  小説家になろう様 https://ncode.syosetu.com/n4450fx/   カクヨム様 https://kakuyomu.jp/works/1177354054896551796  ノベルバ様 https://novelba.com/indies/works/932709  ノベルアッププラス様 https://novelup.plus/story/998963655

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

建国のアルトラ ~魔界の天使 (?)の国造り奮闘譚~

ヒロノF
ファンタジー
死後に転生した魔界にて突然無敵の身体を与えられた地野改(ちの かい)。 その身体は物理的な攻撃に対して金属音がするほど硬く、マグマや高電圧、零度以下の寒さ、猛毒や強酸、腐食ガスにも耐え得る超高スペックの肉体。   その上で与えられたのはイメージ次第で命以外は何でも作り出せるという『創成魔法』という特異な能力。しかし、『イメージ次第で作り出せる』というのが落とし穴! それはイメージ出来なければ作れないのと同義! 生前職人や技師というわけでもなかった彼女には機械など生活を豊かにするものは作ることができない! 中々に持て余す能力だったが、周囲の協力を得つつその力を上手く使って魔界を住み心地良くしようと画策する。    近隣の村を拠点と定め、光の無かった世界に疑似太陽を作り、川を作り、生活基盤を整え、家を建て、魔道具による害獣対策や収穫方法を考案。 更には他国の手を借りて、水道を整備し、銀行・通貨制度を作り、発電施設を作り、村は町へと徐々に発展、ついには大国に国として認められることに!?   何でもできるけど何度も失敗する。 成り行きで居ついてしまったケルベロス、レッドドラゴン、クラーケン、歩く大根もどき、元・書物の自動人形らと共に送る失敗と試行錯誤だらけの魔界ライフ。 様々な物を創り出しては実験実験また実験。果たして住み心地は改善できるのか?   誤字脱字衍字の指摘、矛盾の指摘大歓迎です! 見つけたらご報告ください!   2024/05/02改題しました。旧タイトル 『魔界の天使 (?)アルトラの国造り奮闘譚』 2023/07/22改題しました。旧々タイトル 『天使転生?~でも転生場所は魔界だったから、授けられた強靭な肉体と便利スキル『創成魔法』でシメて住み心地よくしてやります!~』 この作品は以下の投稿サイトにも掲載しています。  『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n4480hc/)』  『ノベルバ(https://novelba.com/indies/works/929419)』  『アルファポリス(https://www.alphapolis.co.jp/novel/64078938/329538044)』  『カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16818093076594693131)』

生まれる世界を間違えた俺は女神様に異世界召喚されました【リメイク版】

雪乃カナ
ファンタジー
世界が退屈でしかなかった1人の少年〝稗月倖真〟──彼は生まれつきチート級の身体能力と力を持っていた。だが同時に生まれた現代世界ではその力を持て余す退屈な日々を送っていた。  そんなある日いつものように孤児院の自室で起床し「退屈だな」と、呟いたその瞬間、突如現れた〝光の渦〟に吸い込まれてしまう!  気づくと辺りは白く光る見た事の無い部屋に!?  するとそこに女神アルテナが現れて「取り敢えず異世界で魔王を倒してきてもらえませんか♪」と頼まれる。  だが、異世界に着くと前途多難なことばかり、思わず「おい、アルテナ、聞いてないぞ!」と、叫びたくなるような事態も発覚したり──  でも、何はともあれ、女神様に異世界召喚されることになり、生まれた世界では持て余したチート級の力を使い、異世界へと魔王を倒しに行く主人公の、異世界ファンタジー物語!!

水しか操れない無能と言われて虐げられてきた令嬢に転生していたようです。ところで皆さん。人体の殆どが水分から出来ているって知ってました?

ラララキヲ
ファンタジー
 わたくしは出来損ない。  誰もが5属性の魔力を持って生まれてくるこの世界で、水の魔力だけしか持っていなかった欠陥品。  それでも、そんなわたくしでも侯爵家の血と伯爵家の血を引いている『血だけは価値のある女』。  水の魔力しかないわたくしは皆から無能と呼ばれた。平民さえもわたくしの事を馬鹿にする。  そんなわたくしでも期待されている事がある。  それは『子を生むこと』。  血は良いのだから次はまともな者が生まれてくるだろう、と期待されている。わたくしにはそれしか価値がないから……  政略結婚で決められた婚約者。  そんな婚約者と親しくする御令嬢。二人が愛し合っているのならわたくしはむしろ邪魔だと思い、わたくしは父に相談した。  婚約者の為にもわたくしが身を引くべきではないかと……  しかし……──  そんなわたくしはある日突然……本当に突然、前世の記憶を思い出した。  前世の記憶、前世の知識……  わたくしの頭は霧が晴れたかのように世界が突然広がった……  水魔法しか使えない出来損ない……  でも水は使える……  水……水分……液体…………  あら? なんだかなんでもできる気がするわ……?  そしてわたくしは、前世の雑な知識でわたくしを虐げた人たちに仕返しを始める……──   【※女性蔑視な発言が多々出てきますので嫌な方は注意して下さい】 【※知識の無い者がフワッとした知識で書いてますので『これは違う!』が許せない人は読まない方が良いです】 【※ファンタジーに現実を引き合いに出してあれこれ考えてしまう人にも合わないと思います】 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるよ! ◇なろうにも上げてます。

転生調理令嬢は諦めることを知らない

eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。 それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。 子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。 最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。 八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。 それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。 また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。 オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。 同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。 それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。 弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。  主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。  追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。  2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。

異世界勇者~それぞれの物語~

野うさぎ
ファンタジー
 この作品は、異世界勇者~左目に隠された不思議な力は~の番外編です。 ※この小説はカクヨム、なろう、エブリスタ、野いちご、ベリーズカフェ、魔法のアイランドでも投稿しています。  ライブドアブログや、はてなブログにも掲載しています。

処理中です...