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第二章 朱南国
情愛と嫉妬
しおりを挟む「朱己!!」
「朱己が戻ってきたわ! 師走!!」
遠くから聞こえる声に導かれるように、意識が段々とはっきりしてくる。瞼を押し上げると、目の前でカヌレと師走が激突していた。
「師走……!」
目の前に広がる光景に一瞬で我に返り、手の中にある偲様のセンナを握りしめる。再び魂解きをしようと力を込めるが、上手く壊せない。
「なんで……!!」
「朱己焦るな。貴様にしか、壊せん!」
聞こえた声に顔を上げれば、師走が激しく攻防戦を繰り広げながらも、私を一瞥して続けた。
「貴様は朱色の雫だろう。必ず壊せる」
「……ええ!」
なぜ、彼の言葉は自信をもらえるのだろうか。
自分の前世の主だからなのか、謎の安心感と信頼感がある。それは、ヴィオラに対してもだ。
私の隣で葉季が頷く。私の精神的支柱。
私が、やらねばならない。今。
「……くっ!!」
ヴィオラの防御の内側で、思い切りセンナに魂解きをねじ込み続ける。激しく慟哭する偲様のセンナが、少しずつひび割れていくのが見える。
「朱己いいいいぃいぃい!!!」
時雨伯父上が文字通り鬼の形相で、私達めがけて突撃してくる。私の目と鼻の先で、間一髪父と白蓮伯父上が時雨伯父上を止めた。
「朱己……!! 頼む!!」
無我夢中でセンナを必死に握りしめながら頷く。
もう頷くことしかできない。返事をする余裕がない。
漆黒の牙のセンナは、こんなにも壊れないのか。私がすっからかんになるほど、力を注ぎ込んでいるのに、ひび割れていくだけで壊れない。
逆方向から、カヌレの怒声が聞こえる。
「させないんだからぁ! プラティ退いて!! ミーニョ、あんただけはあたしが殺してあげるんだから!!!!」
「させるか」
師走との攻防戦が、目の端に映る。
水と炎がぶつかり合って、凄まじい量の水蒸気があたりを包んだ。自分の周りを吹き抜ける熱い水蒸気が、二人の攻防戦の激しさを物語っていた。
目の前のセンナに集中するが、どうにも割れない。なぜだ。焦るなと言われても、こんなに割れなかったことがないのに、焦らないわけがない。
「朱己、分裂した中の一つとはいえ、簡単に割れなくて当たり前よ、だから焦んないの! あたしたち五珠のセンナが、そんな簡単に割れるわけないでしょおが!」
「ヴィオラ……!」
思わず顔をあげると、ヴィオラが少しだけ私の方に顔を向けたまま、音波の壁で防御してくれていた。また心を読まれたようなタイミングで、しかし確実に私の心を冷静にしてくれた。
「カヌレまで来たのは完全に誤算だけど、やるしかないわ。できる限り注ぎ込んで叩き潰しなさい!」
「ええ!!」
滴る汗が、偲様のセンナに落ちる。
色んな人が、偲様の想いを慮って、色んな人が少しずつ都合よく認識して。
でも、本人から聞いたことが全てだ。
だから、必ず。
「私が、壊す……!」
ひび割れていくセンナが、少しずつ音を立てて砕け始めた。
―――
目の前で、あたしと戦っている愛しい人。
悪食と呼ばれようと、あたしは彼のために強くなったの。誰からなんと言われようと構わない。
昔から、あたしは。
そう、思い返せば、もう数千年じゃきかないほど昔から。何万年という年月の中で、ずっとあたしたちは家族だった。
「プラティ、愛してるわ」
愛しのプラティ。ずっと、姿や名前が変わっても。私と貴方を繋ぐ絆である、この五珠の名前だけは変わらない。ずっと。
五珠として初めて生まれたとき、あたし達は双子だったのよ。覚えてる? 覚えてるわよね。だって貴方はプラティだもの。全ての記憶を受け継ぐのが、貴方の役目。
あたしと貴方はずっと輪廻も同じタイミング。ずっと一緒に生きてきたの。ずっとこれからも一緒だと思っていたのに。
「なんで、貴方はいつもいつも……ミーニョなの」
一番近くにいるのはあたしなのよ。
一番貴方を理解しているのも、一番貴方を求めているのも。なのに、なんで貴方はいつもミーニョを選ぶの?
ある日、ヴィーの昼下り。
貴方が、曆だった頃。あたしは、曆の姉、玲という名前だった。
貴方が、会議室から出てきたところにたまたま遭遇したの。嬉しくて駆け寄ったわ。
「プラティ!」
でも、一緒に出てきたのはミーニョ。親しげに話すミーニョと貴方は、誰がどう見ても恋仲だった。
このときのミーニョは双子。片割れの冠が貴方と恋仲だったのよね? あたしに隠しても無駄よ。女を舐めないで。すぐにわかるんだから。
「プラティ……」
「玲」
「玲! ちょうど曆と話してて、玲にも伝えておきたいことがあるんだ。今いいか?」
親しげに話しかけないで。あたしのプラティと仲良いのを見せつけたつもり?
仕事の話して誤魔化すつもりなの?
あたしは騙されない。プラティは私のもの。あんたなんかに渡さないんだからね、ミーニョ。
「……玲、聞いてるか?」
「……ええ、冠」
「そう? それならいい、で、これから討伐に……」
曆の持つ地図を指さしながら、血塗れのミーニョが何やら話している。崇高なあたしやプラティがしないような汚い仕事をやるのが、ミーニョの仕事。
五珠としても格が違うのよ、あたしたちとあんたたちとは。だからプラティに気安く近寄らないで。
あんたが勝手に討伐でもなんでも汚い仕事をすればいいでしょ。
「……てことなんだけど、漆黒の牙率いる部隊の討伐の」
「悪いけど、手伝わないわ」
「玲。貴様……」
「プラティ。私は民の生活を守るのが役目よ。争いはごめんだわ」
言うだけ言ってその場をあとにしてから、沸々と湧き上がる感情が、焼け付く程の情愛故なのか、醜穢な嫉妬からなのかはわからなかったし、わかりたくもなかった。
五珠だから協力するわけじゃない。
あたしはあたしの信念に従うのみ。
そして、ミーニョはデンちゃんに滅ぼされ、プラティは何も言わずに輪廻した。
あたしは、それが一番許せなかったの。
「なんで……なんであたしに何も言わずに……」
ねえ。あたしたちは、ずっと一緒だったのよ。
ずっと。ずっとこれからだって一緒でしょ?
なんで。なんで勝手に輪廻したの。
ねえ、プラティ。
曆が死んでから玲と名乗るのは辞めた。だから、生まれ変わってないけど、今のあたしの名前はカヌレ。悪食のカヌレよ。なんと呼ばれようと、必ず、ミーニョ。あんたを潰して食ってやる。
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