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第二章 朱南国

偲の正体

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―――

「父様、白蓮伯父上……!!」

 目の前で繰り広げられている死闘に心が揺さぶられる。心を、揺らすな。そう自分にいい聞かせながら、必死に手を握りしめた。

「兄上、貴方が姉上に執着する理由を、私達はずっと考えていました」

 白蓮伯父上が、爆風の中で叫んでいるのが聞こえる。時雨伯父上が、さい様に、固執する理由。

「貴方は姉上のことを」
「黙らぬか!! 白蓮、やはりお前は殺さねばなるまい!!」

 白蓮伯父上の目の前に突如移動した時雨伯父上が、白蓮伯父上目掛けて腕を振り下ろす。
 しかし、時雨伯父上の腕は、白蓮伯父上には届かなかった。目の前で止まったのだ。否、止められたのだ。
 夏采殿によって。

「待っていたよ、夏采」
「ったく、ちったあ避ける素振り見せやがれってんだよ……こっちの寿命が縮まるぜ」
「君なら、必ず間に合うと思ってね」

 時雨伯父上を弾き飛ばした夏采殿が、白蓮伯父上に紙を渡す。白蓮伯父上は一瞬で目を通し、頷いた。

「やはりね。……はぁ、想像していた通りだったけど、正直堪えるね」
「バカ野郎。やるこたぁ変わらねぇだろ。堪えてる暇ねぇぜ」
「まぁね。相変わらず、君は甘やかしてくれないよね私を」

 あの紙に、何が書いてあるのだろう。
 音波の壁でよく見えないが、なんとなく胸騒ぎがする。

「さて、と。壮透、予定どおりだ。やるよ」
「はい、兄上。……朱己!!」
「は、はいっ!?」

 突如父から名前を呼ばれ、思わず声が上擦った。

魂解たまほどきの準備をして待て!!」
「はい!!」

 言われるがまま、魂解きの力を込め始めるが、全く状況が飲み込めない。目を白黒させていると、隣で葉季が青い顔をしていた。

「まさか……偲伯母上は……」
「まあ、そのまさかよね。予想どおりだけど」
「ヴィオラ、どうなってるの?」

 隣で盛大にため息をつくヴィオラは、顎で白蓮を指した。

「今から言うわよ、多分ね」

 伯父上を見つめると、ヴィオラが予言した通り、白蓮伯父上が口を開き、叫んだ。

「姉上のセンナは漆黒の牙ニゲルデンスの分割されたセンナが、輪廻したものですね、兄上!! 漆黒の牙ニゲルデンスの完全復活はさせません。今ここで、破壊する!!」
「なっ……偲様が……漆黒の牙ニゲルデンス……!?」

 開いた口が塞がらないとはこのことかと言いたくなるほど、唖然とした。時雨伯父上へ目をやると、顔はすでに赤黒く、怒っているのか、悲しんでいるのか、もはや区別がつかない。

「貴方が漆黒の牙ニゲルデンスの傘下に入ったときから、怪しいと思っていました。そこまでして、漆黒の牙ニゲルデンスを復活させたいのですか、兄上!!」
「……うるさい!!!! うるさい、うるさい!!!!! 白蓮、おいたがすぎるぞ。私の気持ちなど、偲の想いなど!! お前たちにわかってたまるか!!!!」

 時雨伯父上とぶつかり合う白蓮伯父上は、左手にセンナを持っていた。あれが恐らく偲様のセンナ。そう、光さえも飲み込んで反射しない、漆黒のセンナ。

「……漆黒のセンナ……偲様のセンナが……漆黒の牙ニゲルデンス
「香卦良は知っておったのだろうな、偲様が漆黒の牙ニゲルデンスだと。香卦良は以前、漆黒の牙ニゲルデンスのセンナは付番され、輪廻し生を終えた時点で格納庫に入る前に回収していたと言っておった」
「だから偲様のセンナを持っていたのね……!」

 時雨伯父上が狙っているから、というのも勿論嘘ではなかったのだろうが、真の狙いは漆黒の牙ニゲルデンスの回収だったに違いない。
 ということは、夏采殿が持ってきたあの紙は。

「センナの情報か……格納庫まで行っておったのか、夏采殿は」
「そのようね……すごいわ、特殊情報だから簡単には手に入らないのに……そもそも、システムごと破壊されていたのに……復元からしたということ……?」

 格納庫の管理をしていた隠密室は全員亡くなっている。つまり、あの情報を夏采殿は自力で探し出したということになる。改めて、白蓮伯父上のためにそこまで出来る夏采殿にも、夏采殿がやり抜くと信じて疑わなかった白蓮伯父上にも感服だ。

 白蓮伯父上が時雨伯父上とやり合う中、父が私めがけて偲様のセンナを大きく振りかぶって投げてきた。
 反射的に受け止め、魂解きを試みる。
 ミシミシと音を立てて崩れ始めるセンナに、力を込めた瞬間だった。
 顔の右側から、巨大な鏡が現れる。

「させないわよぉ!」

 咄嗟にヴィオラが音波の壁を増やして防御するが、いとも簡単に破られた。

「カヌレ……!!」
「デンちゃんのセンナ、返してもらうわよぉ。ミーニョ」

 私の前に立ちはだかるカヌレが、私の持つセンナへ腕を伸ばす。身を翻して避けたはずが、翻した先にできた空間からカヌレの腕だけ現れ、センナを奪っていこうとする。

「くっ……!」
「捕まえたわよお! ミーニョ!!」

 まるで絶望を告げるかのような、カヌレの声と腕。顔を引きつらせる私と、対象的に微笑む彼女。

「させん」

 私の腕を掴んでいたカヌレの腕が音もなく切り落とされ、師走が目の前に現れた。
 カヌレからセンナを防衛し、対峙する。

「我が相手になろう、カヌレ」
「師走……!」
「あーん、プラティ……愛しのプラティ。でもね、邪魔はしないで。私とあなたのためよ? プラティ」

 笑顔のカヌレが、まるで恋人のような発言をしているのに、二人を包む空気は凍りついている。私が言葉を発せずにいると、ヴィオラが私や葉季たちの体を抱え、カヌレたちから距離を取った。

「ヴィオラ……! 師走が!」
「心配いらないわよ、師走なら! それより魂解きを終わらせなさい!!」

 ヴィオラの言葉で我に返り、両手で包み込む漆黒のセンナに力を込める。いつもならすでに砕かれているはずのセンナが、中々砕けない。

「ミーニョ!! させないんだからねえ!!」
「朱己!! 返せ、偲のセンナを!!」

 敵の二人が叫んでいる。
 二人を止める伯父上と父、師走が、それぞれ戦闘を繰り広げている。
 急がなければ。なのに、なぜ壊せない。
 ヴィオラが苛ついているのもわかる。
 葉季や光琳が、不安気にこちらを見つめている。
 なぜ壊せない。焦ってはだめだ、なのに。

 震える手に、力を込めた瞬間。
 漆黒のセンナが、眩い光を放ちながら私の体を包み込んだ。
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