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第二章 朱南国

センナの封印

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 薬乃から呼ばれ、法華の元へ駆けつけると壮透が子どもたちのセンナを見ようとしているところだった。壮透の後ろを通り過ぎ、法華が横たわる寝台へ向かう。

「法華、お疲れ様。ゆっくり休んでくれ」
「ありがとうございます、白蓮」

 顔は青く髪の毛が汗で貼り付き、疲労が見える彼女も、壮透と子どもたちの様子が気になるようだ。
 その時だった、壮透が触れたセンナが大きな音を立てて壮透を弾き返したのは。

「っ!!」

 咄嗟に駆け寄り、小声で話しかける。

「壮透! どうした、大丈夫かい」
「……わかりません、ただ、……朱、でした」

 壮透と二人で顔を見合わせた。
 朱。最近聞いた話だ。忘れるわけがない。
 まさか、五珠の。朱色の雫ミニオスティーラとでもいうのか。初代長のときに、崩壊したはずの。

「……法華。上の子は平名、下の子は色名だ」

 壮透も同じことを考えているようで、少し戸惑っているような様子だった。壮透に小声で耳打ちする。

「あとで香卦良の元へいこう」
「私もそう思っていました」

 短く頷き、部屋を出ていこうとした瞬間、扉が開いた。
 兄上が部屋に入ってきたのだ。

「赤子はどこだ?」
「……兄上、突然なんです。壮透と法華に断りもなく」
「壮透。そこに赤子がいるのか?」

 嫌悪を感じずにはいられない台詞が、自分と血の繋がった兄から出ていると思うと辟易する。無意識のうちに睨みつけていると、隣で壮透が口を開いた。

「兄上、まだ処置が終わっておりませんので、日を改めてください。産後まもなくは、母体にも負荷をかけられません」
「法華はただ寝ていればいいだろう。赤子を見せよと言っている」

 ここまで食い下がるのは何故だ。この双子が、まさか五珠だと踏んでいるのか。それとも、色名をつけることが決まったのを聞いていたからなのか。反射的に言い返そうとすると、薬乃が私の肩を叩き、隣へ来た。

「時雨、白蓮も。悪いけど帰って頂戴。生まれたての赤子と母体に心身ともに負担をかけないで」
「ただ見るだけが負担と?」
「ええ、そうよ。繊細な時期なの。だから白蓮だって触れもせず帰ろうとしてたじゃない」

 薬乃が横目で私を見る。合わせるように頷くと、兄上があからさまな舌打ちをして部屋を後にした。

「薬乃、助かったよ」
「本当、頑固な兄弟は困るわ。ここは病室なんだからね?」

 ため息をつきながら法華のもとへ帰る薬乃は、後手に手を振っていた。私は苦笑いしつつ、部屋をあとにして、朱色の雫ミニオスティーラのことを考えていた。
 それからまもなく、国中に色名の子が生まれたことが知れ渡った。私の子どもたちには色名は居ないため、久方ぶりの色名の子の誕生に、国中が浮き足立っていた。
 そんな中、朱己がまだ乳飲み子のうちに、壮透と法華とともに香卦良のところへ行き、朱己のセンナを見せた。

「……五珠だと思う。姉上らのセンナにそっくりだ」

 そう言って朱己のセンナに触れると、壮透のときのように弾かれることもなく、朱己自身が嫌がることもなく香卦良の手を受け入れた。

「壮透。五珠の一つ、朱色の雫ミニオスティーラで間違いない。姉らのセンナにもあった刻印が見える。……壮透、どうする。これから各国から狙われる可能性も高い。センナを封印するか?」
「封印……」
「全属性によくあるんだが、センナの力が強すぎると肉体を壊すことがある。そうなる前に、センナ自体を封印する。朱己の場合には、もう少し特殊なものにしなければ色も見えてしまうが」

 各国から狙われるほどのセンナ。確かに、我々が既に疑いの目で見ているのだから、五珠だと知れ渡ったら、それこそ好奇な目で見る者たちなど五万といるだろう。
 壮透と法華に視線を移すと、二人共覚悟を決めたような目で朱己を見つめていた。

「封印しよう、香卦良」
「……わかった」

 そして、朱己のセンナは封印された。五珠という存在も、この場限り。何も口外しない。そう約束して。
 不思議なことに、兄上はあれから何も言ってこなくなった。赤子を見せろとも。最初は何かまた悪巧みをしているのではないかと思っていたが、どうやら違うのか、何も音沙汰がなく、いつしか忙しい日々の中で、兄上への懸念など忘れていた。
 だから、気づかなかった。
 その裏で、兄上がビライトを動かしていることも、漆黒の牙ニゲルデンスの復活に邁進していたことも。
 そして幾許かの月日が流れ、朱己が色名としての教育を受け始めた頃、事件が起きた。
 そう、ビライトによる襲撃事件が。

 完全に泥濘ぬかった。兄上が一枚上手だった。
 隠密室の者が私の部屋に来たときには、既に事が起きていた。急いで壮透のところへ移動すると、そのときにはもう朱己は捕らえられ、壮透たちは手を出せない状態だった。
 なぜ忘れていたのだろう。兄上が、ビライトと繋がっていることを知っていたのに。

「……兄上……」 

 兄上が招き入れたことなど、火を見るより明らか。証拠さえあれば、すぐにでも突き出して五家会で裁き、鉄槌を下すものを。
 躍起になって兄上を探していた、その時だった。
 ビライトの若き戦士たちが、朱己を助けてくれたのは。
 ビライトは敵だと思っていた、いや、敵だったのに、ビライトの中で反乱が起きていたようで、まさか救われるとは。
 名を光蘭こうらんと言った。
 そして、光蘭の父光尽こうじんは壮透に言った。光尽は壮透の前にひざまずくと、恭しく頭を下げ、はっきりと言った。

「貴方は、我々の子を助けて下さった」

 まさか、百夜の。
 思わず目を見開くと、壮透も同じだったようで驚いた顔をしていた。
 こんなところで、恩返しされるとは。
 ビライトには、まだ知らないことがある。恐らく、光尽達のように虐げられ、奪われてきた者たちがいる。我々にとって、彼らが希望なのだと思わずには居られなかった。
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