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第二章 朱南国
夢か現か、紛い物か
しおりを挟むしばらく爆発が続いた後、ようやく収まり目を開けると、まず自分が無事であることに驚き、思わず辺りを見渡した。
私が抱きついたままの葉季は、傷だらけで私に攻撃する体勢のまま固まっていたが、やがて静かに口を開いた。
「……朱、己」
「!! よ」
葉季。
そう、名を呼ぼうとした瞬間、葉季が体勢を崩し、倒れ込んできた。同時に、ヴィオラが痺れを切らして葉季へ攻撃を仕掛けようとする。師走が舌打ちしたのが見えたと同時に、私は叫んだ。
「待って!! 葉季、しっかりして! ……意識が、戻ったの?」
「朱己離れなさい! 師走、もうこれ以上は待てないわよ」
葉季の体を仰向けにさせると、先程までの瞳孔が開いた状態ではなく、はっきりと意識がある目をしていた。
「しゅ、き」
「葉季! 葉季、わかる?」
「ああ、……わかる」
彼のセンナはまだマーブル状に見えるが、彼の意識が戻ったのは何故だろう。これも罠なのだろうか。恐らく、ヴィオラは罠と読んでいる。師走がヴィオラを止めないのは、今弱っているからそこ、殺してしまうのが吉と判断したということだろう。
「葉季、記憶はある?」
「……見た、中から」
「中から?」
私の腕の中で、息を切らしながら語る彼は、酷く弱っている。放っておけば、このまま死んでしまうほどに。
「深層心理に、いた。映像で、見せて……もらった、早く帰らねば、お主を……っ、ごほっ」
「わかった、大丈夫。もういいから、葉季。戻ってきてくれて、ありがとう」
傷だらけの葉季を抱きしめながら、ありがとうと繰り返す私を見てか、ヴィオラが臨戦態勢を解いた。
思わず顔を上げると、師走がため息をつくのが見えた。
「上にいる銀朱が驚いているということは、葉季の意識が戻ること自体予想していなかったということだろう。ならば、センナを注視しつつ、仲間として置くことは拒否しない」
「師走……!!」
喜ぶ私を横目に、望みを断ち切るように続ける。
「だが、そのままではいずれ遅くなく死ぬ。しかし、漆黒の牙のセンナが混ざっている以上助ける気はない、少しでも変な動きが見えれば殺す」
「……わかったわ」
葉季。希望はないのだろうか。
傷だらけの彼を見つめていると、隣にいつの間にか薬乃が来ていた。驚いたように顔を向けると、薬乃が呆れたように笑っている。
「壮透がそわそわしてたわよ。全く、いつになってもおてんば娘ね。師走、ヴィオラ。葉季の体の傷は治させてもらうわ。どうせセンナが保つか保たないかは葉季次第。私にはどうすることも出来ないしね」
「勝手にしろ」
師走は返事だけして、上にいる銀朱を睨みつけた。
「随分と高みの見物だな」
「……あり得ないのよね……なんで……」
銀朱が青い顔をしているのがわかる。センナも少し揺れているようだ。尤も、銀朱のセンナは人造センナ。あの揺れが、私達のセンナの揺れと同じなのかはわからないが。
「貴様を生かして帰す気はない」
「ふん。知らないのよね」
途端に燃え始める銀朱。
銀朱自身の炎かと思いきや、どうやら師走の炎であるらしい。その証拠に、銀朱が苦悶の表情を浮かべている。
「ち……っ!!」
「死ぬ前に吐け、漆黒の牙と黄金の果の目的はなんだ」
銀朱が何をしても、師走の炎が消えそうな気配はない。師走は特に何かする様子もなく、ただ銀朱を見つめるだけだ。
激しく燃え上がる烈火の如く、銀朱を包み込む炎。思わず息を呑んだ。
「師走。とりあえずこの空間から出すわよ。外でやってきて頂戴」
「……仕方ない」
師走がため息をつくと同時に、銀朱と師走は姿を消した。正確には、この空間から消えた。
「ヴィオラ、銀朱と師走は……」
「心配いらないわ、外でガチンコしてもらうだけよ。飛び火したら危ないでしょ」
そう言ってヴィオラが視線を移す先は、体の傷だけ綺麗に回復した葉季の姿。だが、意識は朦朧としたままだ。
「それもそうよね、ありがとう」
「ま、師走のことだから、容赦なく殺してくると思うけど……あんたの模倣なんでしょ、銀朱。あんたは、あの子の最後見なくていいの?」
「最後に立ち会いたいという希望はないけど、偲様のことは教えてほしいわ。なんで銀朱は偲様のことを知っているのか、何を知っているのか知りたいの」
銀朱が知っている偲様の真実。それさえも、私達を惑わすための嘘かもしれない。だけど、そうだとしても。少しでも時雨伯父上の真相に近づきたい。そして、眞白ーー玄冬の真相にも。前をまっすぐ見据えると、目の端でヴィオラが小さく息を吐いた。ヴィオラへ視線を移して、小さく笑う。
「真実を知らなければ、終われないわ」
「そうね」
必ず。
これだけの犠牲を払ってきた、長きにわたる血濡れた歴史に幕を閉じなければ。
私は五珠の禍根を終わらせてみせる。
必ず。
空間の外に出ていった二人を、少しだけ頭の隅で気にかけながら、腕の中で静かに眠る葉季を見つめていた。
ーーー
「ぐうっ……あ、あっ」
「吐け、さもなくば死ね」
女の首を締め上げる。
朱己と同じような体格、よって首の太さも似たようなものだ。だが、明らかに違うところがあるとすれば、目の前の銀朱には、朱己のように守るものがない。守るものがない者は、往々にして自己中心的で、長の素質がない。
銀朱という女も、黒北の長だったはずだが。結局は、長の器でない者が治める国というのは滅ぶ。遅かれ早かれ。
首を締め上げる手に力を籠め、女の顔がさらに歪むが、緩める気はない。作り物でも心臓は動くし血は流れているようで、首の血管が激しく脈打とうとしている。堰き止められた流れがひどく窮屈そうだ。
「くっ……かぁ……っ」
「そうか」
銀朱の体を燃やし尽くすように火を放つ。
青い炎は、すべてを飲み込んでいくように激しく燃え盛る。銀朱の体を炎ごと放り投げた。
「ごほっ……ごほっ」
「その炎はまもなくすべてを焼き尽くす。貴様に残された時間はない。答えぬならそのまま死ね」
炎の中から銀朱が睨んでいる。泣き叫ぼうが何をしようが、我の興味を引くことはない。貴様が朱己ではない、紛い物である限り。
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