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第二章 朱南国

心の奥の本音(中)

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 朱己を失いたくない、そう思う心が、作り出したのか。瑠璃るりを失った過去が、わしにとって辛すぎたのだ。そして、失うことを恐れるあまり、予防線を張ろうとしていたのか。いずれ失うかもしれないと恐れ、どこかで諦めよと言い聞かせていたのかもしれぬ。
 一方で、瑠璃にどっちが大事と言わせることで、わしの目を覚まさせようとしていたのか、わしの本心は。今を生きろと。

 我ながら、心の弱さに自嘲する。

「……すまぬ。そうか、そうか。すまなかった。認めねばなるまいな」

 闇の中で歩みを進めると、すぐに彼女であろう人にぶつかった。少しぎこちなく、腕を伸ばして抱きしめる。

「もう、大丈夫だ。必ず生きて、必ず朱己のそばにいる。瑠璃を失った時から止まったままの弱さも、全部ひっくるめて、前に進もう」

 髪の毛からさえも、先程風に乗って感じた血の匂いはしなかった。何も香らない。覚えているはずの彼女の匂いさえ、わからなくなったのだろうか。それともわし自身が作り出した幻影だからだろうか。

「かたじけない」

 次の瞬間、花火が弾ける様に闇が晴れていった。あまりの明るさに思わず顔を覆う。
 やがて目が慣れ、晴れ渡った空の下だと気づいた頃には、先程のマーブル状の球体が現れていた。見上げて思わず一言叫ぶ。

「結局壊れてないんかい! ……なんなのだ、この球体は……」

 盛大につっこんでしまったが、個人的に先程の幻影との戦いで満足したというのもあり、この球体とのイベントまで望んでいない、というのが正直なところだ。
 鉄扇で頭を軽く叩きながら、球体が何物かしばらく考える。しかし、考えてもわからない。思いつかないのだ。

「……さて、どうしたものか」

 とりあえず触れてみると、大きなマーブル状の球体はつるつるとして、少し光沢がある。ほんのり温かいし……まさか。

「わしの、センナか?」

 いや、センナだとしても、何故マーブル状に? 何をされた? いや、そもそもこんなにセンナが大きいわけあるか。
 辺りを見渡して、ここが秘密基地であることは理解した。朱己の暴走が起きる前の、穏やかな秘密基地。

「まだわしの本音が……解消されてない本音があると? それとも……」

 口元に鉄扇を当てながら考えていると、不意に感じた鋭い殺気。

「!!」

 目の前の球体がセンナだとしたら、ここはわしの潜在意識というか、深層心理ということになるだろう。ただ、殺気を感じたということは、考えられることは二つ。
 誰か敵の罠の中か、わしの深層心理に誰かが入り込んでいるか、だ。

「誰だ」

 全方位を風で守りながら、気配を探る。気配の探り方は、コツだけヴィオラから習った。ここでまさか実践することになるとは思わなかったが致し方ない。
 どこから来るのか、一体誰なのか。ここがどこなのか。

「葉季」

 この声。
 この香り。
 忘れるはずがない。

 振り返ると、目の前に佇む彼の姿は、記憶の中の彼そのままだった。

「……!! こ……光、蘭こう らん

「葉季。久しぶりだな」

 どういうことだ。
 瑠璃のときにも感じた。センナを砕かれた彼らの時が、進んでいる。彼らの言動が、時の進みを表している。本人ではない。それは確かだが、どうにも腑に落ちない。
 鉄扇を握りながら、意識を彼に集中させる。目の前の彼が幻影であることを加味して、全方位の風は止めない。

「光蘭。お主、何故ここに?」

「待っていたんだ、ここに葉季が来るのを」

 待っていた?
 ここは、どこなのか。わしは今どこにいる? ここは本当に、わしの深層心理か?

「ここは葉季の深層心理。目の前のマーブル状の球体は、葉季のセンナだ。俺を倒さなければ、ここからは出られない」

「……このセンナがわしのセンナ? わしのセンナは、どう変化した? 何故お主を倒さぬと、ここから出られぬ」

 敵の罠かもしれぬ、とわかっている。しかし、目の前の光蘭が嘘とは思えなかったのだ。わしの弱さかもしれぬし、愚かさかもしれぬ。しかし、愚かだとしても。今目の前の彼を、信じたいと思ってしまった。
 彼は笑顔のまま、剣を構えると答えてくれた。

「俺を倒したらわかる」

 刹那。
 音速で交わる剣と鉄扇。金属音が弾け、少し圧された。歯を食いしばりながら、剣を弾き返す。

「お主を何故倒さねばならぬ!」

「葉季、俺はお前の分身。さっきの瑠璃もそう、深層心理が生み出したお前の分身だ。自分に勝て。考えろ、なぜ俺がここでお前と戦っているのか。お前の本音を…お前が見つけるんだ」

「そのような……」

 思わず反論してしまいたくなる。自分自身の深層心理だと言われれば納得もする。だから、のだろう。
 わしが、彼らを失ってからも生きてきたからだ。時を重ねてきたから。
 だが、何故光蘭なのか。
 瑠璃はわかる。失いたくないという恐怖。
 では、光蘭はなんだ。
 わしは、何を恐れている?

「考え事をしている暇はないだろう、葉季。これを見ても、考え事をしてる余裕なんてあるのかな」

 目の前に映し出された映像。
 わしが、朱己を攻撃している。

「朱己!! どういうことだ……!!」

「これが、現実の葉季だ。今葉季の身体は朱己と戦っている。そして、殺そうとしている」

 わしが、朱己を。
 なぜだ。何故朱己と戦っている?
 驚きを隠せないまま、光蘭へ視線を移すと、彼は思い切りわしをふっ飛ばした。

「っぐ……!!」

「早く目覚めないと、朱己が死ぬ」

 わかっている。だがここは深層心理。
 どうなっている?
 わしが、何を恐れているのかがわからなければ、光蘭には勝てぬだろう。
 光蘭は、わしの何の恐れの権化なのだ。

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