朱色の雫

弦景 真朱(つるかげ しんしゅ)

文字の大きさ
上 下
153 / 239
第二章 朱南国

再会はせめて喜びで

しおりを挟む

ーーー

 目の前の男は、葉季ようきとかいう輩で、朱己ーー朱色の雫ミニオスティーラの婚約者だという。
 朱色の雫ミニオスティーラの婚約者をわざわざ瀕死にし、持ち帰り改造する狙いなど一つしかない。
 朱己の心を完膚なきまでに破壊するためだ。

 我がテシィを敵に回してでも、朱己を叩き潰しセンナを得たいとは、漆黒の牙ニゲルデンス黄金の果アウルムポームムは、一体何を考えている?
 釈然としない。リスクを理解していない。
 奴等の狙いがわかっているとしても、理解できない。
 叩きつけるように、次々と鎌状の突風が襲いかかる。一々打ち返すのも煩わしく、炎で弾き飛ばせば、激しい爆発音と共に土煙が舞う。
 目の前で動揺している朱己は、先程から血相を変えて名前を呼び続けている。まるで、気が触れたかのように。

「葉季……! 聞こえないの!? 葉季!!」

「あの目は正気ではない。聞こえなかろう。落ち着け」

 冷静になれ、朱己。貴様が揺れては敵の思うつぼだ。そう視線を送るが、今の彼女には届かない。苛立ちと焦りを募らせるように、小さく舌打ちをした。

ーーー

「葉季! 葉季!!」

 落ち着け。
 隣の師走から声をかけられても、冷静になれない。当たり前だ。相手は葉季なのだ。
 どうする。どうする。
 最悪の事態ばかりを予想してしまう。
 またこうちゃんの時のように、手にかけなければーー。
 その時だった。突如肩を掴まれて、大きく揺さぶられたのだ。

「朱己!! 聞け。聞かぬなら奴を殺して貴様も殺す」

「師走……」

 深紅の瞳。
 有無を言わせない強かさを感じさせる。
 激しく鳴っていた鼓動が、徐々に静かになり、周りの音が聞こえるようになってきた。

「奴を救う方法は二つ。殺すか、奴のセンナに混ざり込んだ玄冬のセンナを、強制的に分離させ引き剥がすかだ」

 大きく目を見開いて、師走を見つめた。
 葉季を助ける方法がある。それだけ希望あれば十分だ。だが、師走は少し眉をひそめて言葉をこぼした。

「だが……歴史を遡っても、漆黒の牙ニゲルデンスのセンナを分離させられた試しはない」

 息を呑んだ。
 簡単には行くはずがない。
 それでも。彼を、失わずに済む可能性が、少しでもあるなら。

「やる」

「確証はない。いいのか」

「葉季は、私が暴走した時命懸けで助けてくれたの」

 師走の腕を肩から外し、避けて前へ進む。
 目の前の千草色の髪が、風によって激しく乱れている。

「次は、私が葉季を助ける番よ」

 もう、誰も失いたくない。
 一人でも多く、また一緒に笑いたい。
 私達の国で。

 肺に空気を送り込んで、目を瞑った。鼻から吐き出す空気が、爆風に飲み込まれていく。
 目を開ければ、目の前にいる愛しい人。

 繰り出される暴風をまとった腕が、撃ち込んでくる。
 葉季が繰り出す技と同じだけの力をぶつけて相殺し、けして傷をつけない。
 葉季のセンナがボロボロであることは、触れずともわかる。ボロボロのセンナに、漆黒の牙ニゲルデンスのセンナを分離して入れ込み、強化しただけ。
 漆黒の牙ニゲルデンスのセンナを仮に引き剥がせたら、葉季のセンナは傷を治せるだけの余力がない可能性のほうが高く、少しの傷でも命取りになりかねない。

 目まぐるしく撃ち込まれる鎌鼬や暴風を、全てそれぞれの手で受け止め、相殺していく。
 秒単位で繰り出されていく攻撃は、一打一打が重い。
 少しでも力の出力を間違えれば、どちらかの腕が飛ぶことになる。
 寸分の狂いもなく、的確に攻撃を相殺するのは、骨折り損のくたびれ儲けにも思えるほどだ。
 早く漆黒の牙ニゲルデンスのセンナを消耗させ、葉季の動きを封じることができれば。
 目の前の葉季にーー葉季から繰り出される打撃に集中して、時間を忘れそうになった頃、頭上から降ってきたのはよく知っている声だった。

「朱己! 早く殺しちゃうのよねぇ!」

 一瞬意識を散らせてしまい、思い切り弾き飛ばされた。

「……っ」

 痛みで顔を歪めつつ体をすぐに起こせば、目の前には私を殺そうと構えた彼の姿。

「くっ……!!」

 間一髪で身体は避けたが、避けきれなかった髪の毛の一部が切り落とされる。
 地面へと舞い落ちる朱色の髪の毛が、酷くゆっくりに見えた。

「葉季……」

 瞳孔が開いている彼は、あやつり人形のようだ。私が彼の攻撃を一打一打相殺しても、彼自身が自分の身体を酷使し続けているせいで、かなり傷が目立ってきている。腕は変な方を向いているし、完全に折れているだろう。
 このままでは、彼の命が危ない。
 
 どうする。どうする、私。
 集中して空間全体に風を巻き起こす。葉季の風と相まって、まるで嵐が到来したかのような暴風だ。
 自分の力が発動している領域なら、
 葉季のセンナが。
 なるほど、漆黒の牙ニゲルデンスのセンナと相まって、葉季のセンナがマーブル状になっている。

「こんなに少ない分裂で、こんなに強くなる……恐ろしいわね」

 強くなっている証拠として、葉季の身体にガタがき始めている。早く決着をつけなければならない。

 殺さずに。

 やる。必ず分離させる。
 今までに体験したことのない、綺麗に混ざったセンナ。
 久岳くがくのセンナが六芒ろくぼう市松いちまつに乗っ取られたときは、まだ境目が見えたからなんとかできたが、今はまるで見えない。混ざりあった状態。

 それでも、やれるはずだ。私なら。

 葉季の懐目掛けて駆け抜ける。
 無数の鎌鼬が皮膚を斬りつけるが、全て無視して一気に距離を詰めた。
 
「ごめん、葉季!!」

 葉季の攻撃を全て受け流しながら、彼の胸に手を突き立てた瞬間だった。
 真後ろに、気配がある。銀朱ではない。
 なんだ、この違和感は。
 誰だ。
 知っている気がするのに、わからない。
 名前が出てこない。

 ゆっくり振り返ると、突如葉季が私の腕を掴み、力一杯振り飛ばした。

「がっ……!!」

 壁に激突した私が顔をあげると、目の前にいた葉季はにたりと笑った。
 
 そして、私めがけて撃ち出された突風は、激しく周りを斬りつけ、巻き込んでいく。

 本能が警鐘を鳴らしている。
 避けろ。さもなくば、殺せと。
 殺さなければ、殺される。
 そう、本能が告げているような感覚だった。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~

みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】 事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。 神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。 作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。 「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。 ※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

聖獣達に愛された子

颯希
ファンタジー
ある日、漆黒の森の前に子供が捨てられた。 普通の森ならばその子供は死ぬがその森は普通ではなかった。その森は..... 捨て子の生き様を描いています!! 興味を持った人はぜひ読んで見て下さい!!

婚約破棄ですね。これでざまぁが出来るのね

いくみ
ファンタジー
パトリシアは卒業パーティーで婚約者の王子から婚約破棄を言い渡される。 しかし、これは、本人が待ちに待った結果である。さぁこれからどうやって私の13年を返して貰いましょうか。 覚悟して下さいませ王子様! 転生者嘗めないで下さいね。 追記 すみません短編予定でしたが、長くなりそうなので長編に変更させて頂きます。 モフモフも、追加させて頂きます。 よろしくお願いいたします。 カクヨム様でも連載を始めました。

元邪神って本当ですか!? 万能ギルド職員の業務日誌

紫南
ファンタジー
十二才の少年コウヤは、前世では病弱な少年だった。 それは、その更に前の生で邪神として倒されたからだ。 今世、その世界に再転生した彼は、元家族である神々に可愛がられ高い能力を持って人として生活している。 コウヤの現職は冒険者ギルドの職員。 日々仕事を押し付けられ、それらをこなしていくが……? ◆◆◆ 「だって武器がペーパーナイフってなに!? あれは普通切れないよ!? 何切るものかわかってるよね!?」 「紙でしょ? ペーパーって言うし」 「そうだね。正解!」 ◆◆◆ 神としての力は健在。 ちょっと天然でお人好し。 自重知らずの少年が今日も元気にお仕事中! ◆気まぐれ投稿になります。 お暇潰しにどうぞ♪

退屈な魔王様は冒険者ギルドに登録して、気軽に俺TUEEEE!!を楽しむつもりだった

有角 弾正
ファンタジー
 魔王様は当たり前に強力な訳で、部下達から誉められる事もなくなり、退屈で仕方がなかった。  そこである日思い立ち、魔界の最高装備を持ち出し、絶大なる能力はそのままに、美女達に囲まれながらの 俺TUEEEE!!を楽しんでみることにした。  田舎の町へ出向き、気軽に冒険者ギルドの登録を済ませたまでは良かったのだが…………。

処理中です...