朱色の雫

弦景 真朱(つるかげ しんしゅ)

文字の大きさ
上 下
147 / 239
第二章 朱南国

守るためなら

しおりを挟む
 ほくそ笑む銀朱を訝しむように画面を見つめると、父の手の中で光り始める甲型爆弾。

「まさか……!! 父様、爆弾が!!」

『……!!』

 センナを握り潰す前に、時限が到来した。
 爆弾が光り輝いたということは、着火されたということ。もう爆弾を止める術はない。
 叫んでも父には届かないが、父も気づいているようで、空間を立ち上げた。
 父から可能な限り遠ざけるためか、神奈は銀朱を蹴り飛ばし、父が作り上げた空間へ入り込んで、父の手にある爆弾へ手を伸ばす。

『壮透様!! 項品との約束です。お願いします!!』

『神奈、ならん』

 父が答えると同時に、神奈の霧に包まれる父の手と甲型爆弾が付いたセンナ。父が反応したときには一歩遅く、父の手が瞬時に腐食し、零れ落ちるようにして転がった項品のセンナを、神奈が握りしめて空間の奥へ移動する。

『壮透様、ご無礼をお許しください。項品は、お任せを。空間を閉じてください、民のために』

「!!」

 父が目を見開く。
 私も息をつまらせた。
 父が、いや私達が一番断れない言葉を、神奈は知っている。神奈の目の前にいるのが父でなく私だったとしても、彼女は同じように言葉を選んだはずだ。
 父が苦虫を噛み潰したような顔で、握りしめた手を空間へ向けた。同時に閉められる空間。

『ありがとうございます』

 そう聞こえた気がした。

 項品のセンナを大切に握りしめた神奈が、霧に包まれた状態で空間を閉じられた直後。
 激しい爆発音と共に、赤い霧が広がるのが見えた。

「か、神奈……」

 その場に崩れ落ちる私の背中を、ヴィオラが擦ってくれている。
 父が空間をすぐに解除したが爆弾は塵と化し、神奈のセンナも崩れ落ちるように灰になった。

『はあ、傑作なのよねぇ! カヌレ様に頼んで彼女だけ近くにぽいしてもらって正解だったのよねぇ』

 笑い続ける銀朱が、指で目を擦り涙を拭いた。

「神奈を、あえて殺さなかったのね」

 私が怒りを殺すように手を握りしめると同時に、目の前の画面の中一帯が氷の世界になった。

「父様……!」

 父が、静かに怒っている。
 過去に例を見ないほど。
 静か過ぎて耳が痛くなるほど、父の造り出した氷の世界は静かで、何者の布擦れの音さえも許さない緊張感があった。

『満足か』

『んん~項品もウキルも、最初からこっち側として認めてないし。どうせなら楽しませてほしかったのよね! はあ、思っていた以上だったのよねぇ』

 まただ。湧き上がるものが、怒りじゃない。
 怒り以上に、辟易している自分がいる。
 何もできなかった自分にも、人の命で楽しんでいる彼女にも。
 彼女は欠伸をひとつこぼして、髪の毛を手で払うと父の立つ場所を火の海へと変えた。氷の世界に現れた炎は、水を生み出し氷を溶かしていく。父は顔色一つ変えることなく、静かに怒りをたたえていた。

『逃がすと思うか』

『このあたしが逃げられないとでも? あたしの今日の役目はここまで。じゃあね!!』

『させん』

 父の氷が銀朱の体を支配するようにまとわりつき、動きを封じていく。確実に仕留められるように。死が近づいているはずの銀朱は、全く怯える素振りもなくにたにたと笑っていた。

『……この体、このセンナ。壊したいなら壊してもいいのよねぇ? 痛くも痒くもないから』

『何?』

 父の手が一瞬止まった瞬間、銀朱は激しく火の粉をちらして炎を巻き上げ、氷から抜け出した。

『きゃはははは!! 父様の研究は、あんたたちには到底理解出来っこないのよね!!』 

 一瞬の隙を付いて逃げ出す彼女を、父はあえて追いかけなかったように見えた。殺せたのだ、父は。だが殺さなかった。

「父様……急いで行かないと!!」

「待ちなさい、朱己。壮透をこっちに呼びなさい」

「え?」

「あっちに行くより、来てもらったほうが安全よ。まだ罠があるかもしれないしね」

 ヴィオラが心配している内容は、動揺している私の頭でもすぐに理解できた。ありとあらゆる建物が破壊され、見晴らしの良くなった朱南と紫西。そして、今敵が近くにいるとすれば、限りなく紫西ということだろう。
 幸いなことに、朱南も建物こそ壊されているものの、我々が作った簡易的な空間がある。そして、空間から紅蓮様の空間へ行くことも可能にしておいた。父に空間へ来てもらったほうが安全で、かつ薬乃たちけが人の避難もできる。

「父様、聞こえますか。こちらへ、お越しください」

 念を送って暫くは無言だった父が、わかったと一言溢して私達の空間へ入ってきた。

「……ありがとうございました」

「礼を言われることは何もしていない」

「いえ、……母様と項品は……」

 その先の言葉を紡げない。
 救われた?
 わからない。
 杏奈、瑪瑙、高能に続き、神奈、母様、そして項品を失った。
 私の采配の不手際だ。カヌレからのダメージがなければ、父も母ももっと思うように戦えたはずだ。カヌレとの戦いのあとに氷瀑を使った父が、まだ動けるだけ奇跡なのだから。
 終わったことをくよくよと反省しても仕方ないと言われるかもしれないが、父になんと声をかけたらいいのかわからずに、俯いてしまった。
 一呼吸置いた後、聞こえたのは父の声だった。

「朱己」 

「は、はい!」

 緊張した面持ちで父を見つめると、父は真っ直ぐ私へ視線を向け、いつも通りの声音で呟いた。

「民の避難指示、ご苦労だった。私でもお前と同じ判断をしただろう。お前の臣下たちも良くやった。胸を張れ、でなければ彼らが浮かばれん」

 父の言葉に、一縷の雫が伝い落ちた。
 涙ではない。目から何か落ちただけだ。
 泣かないと決めた。すべて終わるまで。
 
 父の言葉が、心に刺さって抜けない。温かい言葉が、今はただ受け止めるのも辛い。失ったものが大きすぎて空いてしまった穴に、父の言葉が入り込んで、凍らせたい心が溶かされていく。

「今は小休止だ。また戦いになる。今のうちに休んでおけ」 

「……は、い」

 乱暴に目を擦って、頬を叩く。
 ヴィオラが背後から私の瞼に手を当て、何も言わずに冷やしてくれた。短く礼を言うと、ヴィオラは小さく溜息をついた。

 無言でいる師走は、相変わらず眉間に皺が寄っている。師走が手をたたくと、銀朱が放っていった火の海と、一面の氷の世界が消え元通りの瓦礫の山になった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

いずれ最強の錬金術師?

小狐丸
ファンタジー
 テンプレのごとく勇者召喚に巻き込まれたアラフォーサラリーマン入間 巧。何の因果か、女神様に勇者とは別口で異世界へと送られる事になる。  女神様の過保護なサポートで若返り、外見も日本人とはかけ離れたイケメンとなって異世界へと降り立つ。  けれど男の希望は生産職を営みながらのスローライフ。それを許さない女神特性の身体と能力。  はたして巧は異世界で平穏な生活を送れるのか。 **************  本編終了しました。  只今、暇つぶしに蛇足をツラツラ書き殴っています。  お暇でしたらどうぞ。  書籍版一巻〜七巻発売中です。  コミック版一巻〜二巻発売中です。  よろしくお願いします。 **************

悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

転生調理令嬢は諦めることを知らない!

eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。 それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。 子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。 最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。 八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。 それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。 また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。 オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。 同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。 それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。 弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~

みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】 事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。 神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。 作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。 「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。 ※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

【画像あり】転生双子の異世界生活~株式会社SETA異世界派遣部・異世界ナーゴ編~

BIRD
ファンタジー
【転生者モチ編あらすじ】 異世界を再現したテーマパーク・プルミエタウンで働いていた兼業漫画家の俺。 原稿を仕上げた後、床で寝落ちた相方をベッドに引きずり上げて一緒に眠っていたら、本物の異世界に転移してしまった。 初めての異世界転移で容姿が変わり、日本での名前と姿は記憶から消えている。 転移先は前世で暮らした世界で、俺と相方の前世は双子だった。 前世の記憶は無いのに、時折感じる不安と哀しみ。 相方は眠っているだけなのに、何故か毎晩生存確認してしまう。 その原因は、相方の前世にあるような? 「ニンゲン」によって一度滅びた世界。 二足歩行の猫たちが文明を築いている時代。 それを見守る千年の寿命をもつ「世界樹の民」。 双子の勇者の転生者たちの物語です。 現世は親友、前世は双子の兄弟、2人の関係の変化と、異世界生活を書きました。 画像は作者が遊んでいるネトゲで作成したキャラや、石垣島の風景を使ったりしています。 AI生成した画像も合成に使うことがあります。 編集ソフトは全てフォトショップ使用です。 得られるスコア収益は「島猫たちのエピソード」と同じく、保護猫たちのために使わせて頂きます。 2024.4.19 モチ編スタート 5.14 モチ編完結。 5.15 イオ編スタート。 5.31 イオ編完結。 8.1 ファンタジー大賞エントリーに伴い、加筆開始 8.21 前世編開始 9.14 前世編完結 9.15 イオ視点のエピソード開始 9.20 イオ視点のエピソード完結 9.21 翔が書いた物語開始

処理中です...