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第二章 朱南国
テシィの曆の関係性(閑話)
しおりを挟むテシィへ来て一日目の夜。
師走が部屋から立ち去った後、入れ替わるように睦月という女性が私の元へ来た。
「朱己、お初にお目にかかります。私は睦月。曆の中では、師走の次点にいます。少しお時間よろしいですか?」
「ええ、はじめまして、よろしくね。いいわ、少し休憩したかったの」
彼女は、どことなく瑪瑙に似ている。表情の変化は僅かだが、芯があり、なんとなく何を考えているかが読み取れる目をしている。
「ありがとうございます。こちらへ」
導かれるまま着いていくと、テシィに来たばかりの頃に通された硝子の間に着いた。彼女から椅子に座るよう促されるまま、腰を下ろした。彼女は腰掛けるやいなや、深々と頭を下げた。
「すみません、曆の面子が次々に押しかけているようですね。師走はああいう性格なので、わざわざ止めることをしません。もし嫌でしたら、いつでもお断りください」
「え、いや! そんなことはないわ! 私もセンナを扱うために必要な鍛錬だと思っているし、曆の皆は私に付き合ってくれている。顔を上げて、睦月」
私の言葉にゆっくり顔を上げる睦月は、無表情で、何を考えているのか一見読みづらいが、彼女の瞳の奥で揺れているものが、きっと彼女の本心なのだと思った。彼女は少し考えてから、私をまっすぐ見て、言葉を連ねた。
「ありがとうございます、朱己。師走は野垂れ死ね等と言いますし、あれは紛れもなく本心です。私達も同意で、弱い者は淘汰されて然るべきと思っています。……しかしそうはいうものの、貴女に対しては、また別の本心があるように思えます」
「別の本心……きっと強くなって、同盟を結んでも恥ずかしくないようになれってことね。そうよね……わかった、頑張るわ」
笑う私を見て、少し意表を突かれた顔をした彼女は、何かを言いかけてやめた。と同時に、現れる師走。
「睦月。何処へ行ったかと思えば……油を売る暇があるなら、朱己の戦闘相手でもしていろ」
「師走。私は油を売っている訳ではありません。他の曆の者たちが、無闇矢鱈に朱己に仕掛けるのを牽制しているだけです。貴方も気づいているでしょう、血気盛んな後ろの者たちに」
……この二人、どことなく似ている。話し方というか、まとう空気というか。たしかにこの二人が曆のトップなのであれば、似るのも頷けるが、それ以上の何かを感じる。
「……二人は、家族か何かなの?」
「「それはない」です」
見事に声まで揃っている。増々不思議だ。一度気になると、暫く抜け出せない。
そして、なにより師走が他の曆の面子といる時よりも、少し饒舌な気がしたのだ。そんな思いを知ってか知らずか、いつの間にか笑顔で椅子に腰掛けている少女が口を開く。
「シワスもムツキも、シュキが来てから楽しそう! ふふふふ!」
「……皐月。いい子は寝る時間ですよ」
睦月のため息を聞くやいなや、怒り始める皐月と呼ばれた少女。彼女も曆なのだろう。
「サツキ大人だよ! ヤヨイより年上だもん!」
「まあ、……それはそうですね。勿論ですが、ここにいる全員、朱己よりも年上ですし」
「えっ……」
身なりからして、皐月は完全に年下だと思っていた、とは言えない。偏見を持っていた自分を内心叱咤しながら、皐月を見つめる。
「サツキ、知ってるもん! ムツキがヴィーのライサマをスウハイしてその話し方になってるって!」
「……皐月……声を奪われたくなかったら、早く戻って寝なさい。身体に響きますよ」
一気に部屋中を埋め尽くす殺気に、思わず身震いした。それは皐月も同じだったようで、甲高い声で叫びながら部屋を飛び出していった。
私も早くこの部屋から逃げ去りたい気持ちに駆られているが、この空気、見事に動けない。少し苦笑いしたあと、彼女の方へ視線を移した。
「蕾様のことはよく存じ上げないから何も言えないけど……弟子から尊敬される長であるなら、きっと素敵なお方なのね」
「申し訳ありませんが、簡単に語れるものではありません。あしからず」
か、会話が止まってしまった。口をぴったりと隙間なく閉じて、次の言葉を考えていると、隣から聞こえるため息。
「……睦月、殺気を仕舞え。睦月は父の愛弟子だ。我が兄妹弟子と言っても過言ではない。このテシィ立ち上げの際に、父から譲り受けた貴重な人財だ」
「そうなのね……」
兄妹弟子。私にとっての、枝乃のような存在。きっと小さな頃から、ともに切磋琢磨して、兄妹のように過ごしてきた存在。少しだけちくりと痛んだ胸を抑えながら、二人の関係性が垣間見えて嬉しくなった。
「師走にとっても、睦月は大切な存在なのね」
「……信頼はしている」
自然と顔が綻ぶ。私だけ勝手に和やかな雰囲気になっていると、睦月が鋭い口調で空気を切り裂いた。
「信頼し合ってはいますが、愛し合ってはおりませんので。朱己が思っているようなものではありません」
「そ、そう……」
「だって、師走は朱己にご執心だもんねえ!」
突如聞こえた声の主に目を見開く。
「や、弥生! いつから……!」
いつの間にか両肘を卓につき、両頬を包んでいる弥生。
「むっちゃん、その気持ちわかるよ。兄弟子っていうのは認めるけど、師走のこと兄って言われたら、ちょっと反抗したくなっちゃうよねぇ」
「ええ、さすがですね」
相変わらずの無表情で、弥生を一瞥しながら頷く彼女。
「む、むっちゃん……ていう、間柄なのね」
「そりゃあね! むっちゃんは、腹違いの妹だし。実の兄の僕がいるのに、師走のこと兄って言われたらそりゃあ……ねえ?」
「い、妹!?!?」
相変わらず弾けるような笑顔の弥生と、無表情な睦月。腹違いとはいえ、兄妹とは。そしてなにより気になるのが、弥生の年齢不詳さだ。見た目は幼い子どものようなのに。
「弥生……貴方、何歳なの?」
「僕? 師走と同い年だよ! 三百二十八! 僕らは年齢に関係なく、なりたい年齢の外見になれるからね! 若いほうがかわいいでしょ?」
開いた口が塞がらない。私より三百歳以上も年上だったとは。いや、そんなことよりも。先程、皐月は弥生より年上……と言ってなかったか?
目を白黒させる私に呆れたのか、師走はため息を付きながら椅子に腰掛けた。
「あれ! 師走珍しいね! 椅子に座るなんて、疲れたの? 歳?」
「貴様が言うな」
師走にここまで言えるのは、弥生の性格かと思っていたが、それだけではないようだ。事実が明らかになるにつれ、何故か増々深まる曆の謎を垣間見た気がした。
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