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第二章 朱南国
闇を救えるのは
しおりを挟む首を捻った彼は、おもむろに振り返り、私を見た。
「さて……と。朱己! 少しはポンコツじゃなくなったみたいね?」
「ヴィオラ! 心配かけてごめんなさい、もう大丈夫」
私の返事に満足気なヴィオラの元へ降りていく。こころなしか体が軽い。
「センナに合った体になったんだから、そりゃ体も軽く感じるでしょうね」
心を読まれたかのようなヴィオラの発言は相変わらずだ。笑顔で頷いてから、穴が空いた空間を一瞬で塞ぐ。何度か手を握り、力の具合を確認する。父も降りてきて、硬い表情のまま口を開く。
「朱己、半月と時間をかけてもいられなくなった。宣戦布告だ」
「はい、そのようですね。数日で力の扱いだけ覚えて帰ってまいります」
私の返事は想定していたようで、父と母は共に頷いた。
「さて。じゃ、あんたたちも数日で……ってよりは、戦いの中でしごかれたほうがいいかもしれないわね? 葉季」
「うむ、そのようだのう」
苦笑いで返す葉季を若干不憫に思いつつも、ヴィオラに任せるのが一番だろうという直感があった。
「頑張ってね、葉季。気をつけて」
「うむ、お主も早く戻れ。気をつけよ」
頭に手を置かれ、少しだけ胸が跳ねた。
柔らかい笑みで見つめ合うこと少々、隣から咳払いが聞こえてきた。
「早くしろ」
腕を組みながら不満げに待つ師走。
思わず苦笑いしてしまう。
「それじゃあ、行ってきます」
そして香卦良の空間を師走とともに出発し、移動しながらあることに気づいた。
「……師走、私移動速度が……」
「無論。朱色の雫の封印を解かれたのならば、然るべき効果だ。まだ遅いがな」
そう簡単に褒めないのは、彼の性格なのかもしれない。だが、それでも遅いと言われて抱えられることがなくなっただけマシだ。
あっという間についたテシィの門で、弥生が待っていた。
「師走おっかえり~! 朱己も!」
「弥生、待っていてくれたの? ありがとう」
「うん、早く朱己とやりたくて!」
えへへ、と笑顔を向ける彼から、溢れる殺気にも似た闘志。少しだけ呆気にとられた。
「弥生。まだ朱己は力加減ができん。貴様も心しておけ」
「へえ……師走がそこまで言うなら。楽しみ」
先程とは打って変わり、ぞっとするような冷たい殺気が背中を通り抜けた。彼の目が物語っている。渇望しているのだ、殺し合いを。
「空間内でやれ」
「勿論。国に何かあると困るからね。師走、空間作って?」
天使のような笑顔を師走に向ける弥生。笑顔だけは本当にかわいいのに、まるで癒やされない。師走はため息をつきながら、私達を空間へ閉じ込めた。
「さ……始めようか、朱己」
「ええ。お手柔らかに」
私の言葉と同時に、彼は静かに構えた。
音もなく彼の周りに一瞬で現れた文字。テシィの言葉なのか、はたまた別の言葉なのかはわからない。異国の書籍に出てくる魔法陣のように円形になって広がり、空間を埋め尽くした。
「ねえ、朱己。闇には種類があるんだ」
胸の前で手を組みながら、彼は微笑んだ。静かに目を瞑り、まるで祈るかのように。
「物理的な闇、心の闇、そして全てを無に返す闇。誰しもが怖れ、誰しもが持っている」
魔法陣から伸びてくる触手がうごめいている。あっという間におぞましい本数になっていた。
「朱己。君にも、闇を味わってほしいんだ」
空間を埋め尽くすほどの触手が、黒い波になって襲いかかってくる。まるで津波のように。
今までの私なら恐れていたはずだが、不思議と恐怖は感じなかった。腕を前へ突き出すと、触手が全て燃え上がった。
「へえ……! すごい! すごいねえ、朱己!」
彼は目を輝かせている。新しい玩具を手に入れた子どものように。彼が両手を広げると、再び現れた触手は一つの大きな樹木になり、やがていくつかの実を付けた。よく見ると、樹木に生っているのは人の顔に見えた。
「僕が今まで殺してきた人たち! 彼らの絶望を朱己に聞かせてあげる」
樹木になっている実はゆっくりと口を開くと、うめき声を上げ始めた。彼らの顔は歪んで、よく聞くと、何かを言っているようだ。もう少しで聞き取れそうだと思っている時に、背後に気配を感じて、咄嗟に飛んだ。今まで私がいたところに、弥生の槍が突き刺さる。
「あははっあはははは! 優しいね、朱己! 本当に彼らの言葉に耳を傾けてくれるの?」
「……彼らは何かを言ってるわよね? 貴方はわかってるの?」
きょとんとした顔で私を見つめる彼は、一拍おいて破顔した。
「助けてって言ってるんだよ」
「……助けて?」
もう殺された人たちと言っていた。つまり、助けてということは、死してなお開放されないセンナを、開放してくれと言っているのだろうか。
ただ、テシィに輪廻の概念があるのかはわからず、一時的に彼らのセンナを救ったところで、彼らが本当に開放されるかは定かではない。また弥生に捕まる可能性だってある。
「そう、彼らはね、開放されないんだよ。僕の闇の力からは。朱己の魂解きみたいに、センナを壊さない限り」
「……貴方、私が彼らを開放してもいいの?」
「できるものなら……ね!!」
目にも留まらぬ速さで、実が私めがけて降ってくる。取り出した刀で叩き落としてみると、苦しんでいる様子の実は消え、センナは魔法陣の触手に吸収されていった。
「なるほどね……闇、ね」
「人の絶望が、何よりも闇を強くするんだ。闇は拒絶だから。こんなはずじゃなかった、っていう絶望が一番嬉しいんだ。拒絶すればするほど、闇の力になる」
喜々として語る彼は、次々と実を投げつけてくる。試しに腕で受け取れば、触れた腕が弾け飛んだ。
「っ……!!」
「優しいねえ朱己!! でも闇に簡単に触れちゃだめだよ、闇は存在の否定なんだから!」
腕を修復しながら、「拒絶」には何が効果的かを考えた。どう考えても、一つしかないのだ。両手を広げ、降ってくる実を全て受け止める。瞬時に体が爆ぜるが、すぐに修復していく。彼は私の行動が可笑しいのか、ずっと腹を抱えて笑っていた。
やがて、両手に抱えきれないほどのセンナを抱えると、弥生の笑顔が消えた。
「……どうする気?」
「気づいてるんでしょう?」
そう言うと同時に、両手いっぱいのセンナが光りだす。
「他国のセンナを、勝手に魂解きすることはできないから……せめて、彼らの絶望は消させてもらうわね」
彼らの闇属性に染められたセンナを、光属性に染め替えていく。彼らの絶望を浄化するように。
「無駄だよ! まだ沢山あるんだからね」
先程より大量に落ちてくる実を、今度は自分の周りに作り出した空間へ回収した。
「なっ……」
「煩わしいわね、一気にやりましょうか」
染め替えたセンナたちも、空間へ回収したセンナたちも、触手へ乗せる。触手へ手を置き、一気に光属性を注ぎ込んで、闇属性を相殺した。
「ぐっ……!!」
胸を抑えながら膝をつく弥生。
自分の技の属性を消された反動が来たのだろう。地面を蹴って、背後を取り彼の首に刀を当てる。
「……すごいね、朱己。でも、負けられない!!」
彼は刀を握るとそのまま私を引きこみ、私の頭に直接闇の力を流し込んできた。
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