朱色の雫

弦景 真朱(つるかげ しんしゅ)

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第二章 朱南国

追憶の景色ー漆黒ー

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 彼、山吹が残してくれた紙には、信じられないことがつらつらと書かれていた。

 世の中には五珠ごしゅと呼ばれる、五人の特殊なセンナを持つ者たちがいること。
 朱色の雫ミニオスティーラ白金の灯プラティニルクス紺碧の弦ラズリナーブス黄金の果アウルムポームム漆黒の牙ニゲルデンス

 これらの特殊なセンナを持つ者たちが一堂に会す時、世界は滅ぶという書物が、ヴィーにあること。どうやら眞白が、漆黒の牙ニゲルデンスというセンナの持ち主であり、我が姉らは恐らく朱色の雫ミニオスティーラであったということ。
 眞白は、永遠の命と限りなく無限に近い力を手に入れることで、ヴィーが支配する世界を、自分が支配ーー自分の理で宇宙界を作り変えたい、ということが書かれていた。これが推測なのか、どこかから得た事実なのかは、わからない。
 続けて、眞白は五珠を破壊することで、永遠の安寧を作り上げることを望んでいた、と書かれていた。永遠の安寧とは、民が何も考えない世界だ。自分の思うままの世界だと。
 故に、ヴィーの曆様の側近だった姉らを陥れたのだと、これが眞白の真の目的なのだと悟った。
 ヴィーの目指す宇宙界とは、それぞれが自立し、自律する世界だからだ。

「……眞白……」

 血が滴るほど手を握りしめても、姉は帰ってこない。
 だが、兄を失った眞白もまた、同じように思っているのかもしれない。復讐な連鎖は、復讐しか生まない。

 だが、それでも。
 互いの正しさがぶつかり合ったとしても、譲れないものがある。
 自分の幸せを、誰かに決められるなど誰が許せようか。

 そして、私にとって思ってもみない出来事が起こる。山吹の妹、萌希のところへ行ったときのことだった。山吹が亡くなってから会った私たちは、今まで体を重ねたことはなく、ずっと話していた。

「……なに? 眞白が!?」

「なぜ香卦良がこれだけ通って子が成らぬのかと……、私が子が出来ぬ体なのではと、それならば他国へ供物として行かせると。私はどうなっても構いません、とお答えしました。眞白様が次に他国へ行かれるときに、共に連れて行かれるとのことです」

 私のわがままのせいだ。
 正直にそう思ったのだ。
 山吹彼女の兄に続いて、彼女まで眞白に。
 命をなんだと思っている。
 眞白にとって、利用価値の有無でしか、価値がないとでも言うのか。

「香卦良様。眞白様が居なくなった隙に、なんとか抜け出せませんか? 機を逃さずに逃げてください」

「何を言う! そんなことをすれば……」
 
 お前の命が、兄のように。口から出かかって、塞がれた。彼女の指に。
 酷く儚く微笑む彼女は、わかっていたのだ。言わずとも、言われずとも。
 彼女の微笑みに何も言えず、ただ見つめた。

「香卦良様。兄様の追い切れなかった真相を、無念をよろしくお願いいたします」

「……わかった」

 だが、数日後。眞白と萌希の出立直後に、二人は何者かに襲われ命を落とした。私は思いもよらぬ展開に心を痛めると同時に、どこか弾む思いがした。
 仇の眞白が、死んだ。あっけなく。
 今思えば、本当にあっけなさすぎだと、もっと疑うべきだった。思惑があるのではないかと、裏があると。

 私は幼かった。

 回収された眞白のセンナを壊し、全ての因縁を終わらせる。五珠だかなんだか知らないが、眞白さえいなければうまく立ち行く。何も知らない私は、そう信じていたんだ。

 混乱に乗じて牢屋を抜け出し、廊下を走り抜ける。眞白の部屋は突き当りにある通路を右、そしてさらに突き当りの左の壁にある隠し扉の先だ。山吹の書類の情報だから確かだろう。

「萌希……! すまない、すまない……!!」

 彼女を失った悲しみが心を埋め尽くしていく。
 必ず、眞白のセンナを。私が。

 たどり着いた眞白の部屋は、酷く殺風景だった。そこで、漆黒のセンナを見つけることとなる。既に従者か誰かが回収したのだろう、厳重そうな格納庫の中に納められていた。

「……真っ黒だ……こんなに全ての光を吸収する漆黒は初めて見る……」

 私には理由はわからないが、罪深さ故の漆黒なのか、と解釈してしまうくらいの黒さだった。まさか、本当に眞白が漆黒の牙ニゲルデンスなのか。

 おぞましささえ感じる漆黒を、なんとかして破壊しなければ。憎き敵、姉らの仇を。

「早く、早く……!」

 格納庫をどういじっても、開く気配も壊れる兆しもない。時間がかかれば、ここに誰か来てしまう可能性は高くなる。尤も、今は眞白の葬儀で国中が静まり返っているはずだが。
 闇属性をかなり強くぶつけ続けると、少しだけ格納庫の形が変わってきた。これしか手はない、早く目の前のセンナを! 私は焦り続けていた。

 やっと開いた格納庫は、重厚な外壁の作りに相応しく、扉さえも重い。よくこんなものを作ったと感心しながら、センナを取り出した。

「私も魂結びと魂解きが使えると、眞白は知らないだろうな」

 センナを強く握り締め、魂解きを発動させた瞬間だった。
 魂解きが使えないのだ。

「……!? なん……!!」

 まさか。度重なる人体実験の末に、突然変異で不老不死になってしまった私は、魂結びと魂解きの能力を失ってしまったのか?
 あり得る。原因は不明だが、そう考えたほうがいい。直感的に本能が告げた。私にはもう無理だと。

「……ここまできて……っ!!!!」

 漆黒のセンナを握りながら、何度も何度も試すが、うんともすんとも言わない。本当に使えなくなっている。焦りを募らせた私は、思い切りセンナを床へ投げつけた。
 物理的な衝撃などセンナには意味を為さない。頭を抱えながら、自分の体に起きた変化を最初から思い起こした。

「私には何が起こった……何が……」

 気が触れてしまったほうが楽になれるのに、復讐のために強くなってしまった私の精神は耐えてしまえる。そういう意味では、もう狂ってしまったと言えるかもしれない。
 心底呆れながら自分のセンナに触れ、今まで気づかなかった違和感を感じた。

「……なんだ、この違和感は」

 私のセンナに、しこりのような知らない
 思えば、なぜ私は自分のセンナにまで触れられる? だが、触れられることによってこの違和感に気づけたのだから、人体実験様々かもしれない。

 センナのしこりを触りながら、眞白のセンナを拾い上げる。壊したい。壊せないならせめて、封印したい。けして復活することのないように。頼む、頼む。もはや為す術もない私は、必死に願った。

 すると、摩訶不思議なことに、眞白のセンナが光り始めたのだ。

「……は!?」

 酷く歪な音をたてながら、小さくなっていく。そして、指の先ほどの小さな玉になり、床へ転がり落ちた。

「……なんだ、これは……」 

 漆黒の、なんの力も感じない玉。
 まさか、封印できたのか?

 そして、恐る恐る拾い上げると同時に、雷鳴が鳴り響いた。

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