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第二章 朱南国
慰めか捨て駒か
しおりを挟む師走の行動は私には理解し難く、つい真意を聞きたくなる。
「何故、私にセンナの感じ方の違いを教えてくれたの?」
彼は無表情のまま、私の質問に答えてくれた。
「貴様は知らなすぎる。弱さにはいくつか理由がある。力量不足、知識不足、経験不足。だがこれらはすべて、未知からくる恐怖に紐づく。知れば恐れはなくなる。貴様は、まだどこかで怯えているだろう。何に怯え、何を克服しようとしている? 先程民を守るためと言ったが、守るためにどうする」
心の中を見透かされたような質問に、言葉をつまらせる。私は何に怯えているのだろう。
拳を作ったが、手の震えが止まるわけではない。
「何に……」
師走は硝子張りの壁に目を向けながら、その向こうの遙か先を見ているようだった。
「貴様が何に怯えようと勝手だが、守るには力が必要だ。特殊能力も属性の力も、等しく扱えねばならん。そして特殊な力を持ち、特殊なセンナの感じ方、捉え方をする者たちは、持つ者にしかわからぬことがある。時には守るべきもの達から、畏れの対象と見られることもあろう。特殊な力を持たざる者とは、理解し合えぬことだ。それは諦めるしかない。だが理解し合える者同士で、理解し合えれば良い。我も貴様もな」
「師走……もしかして……」
疑うような目で見つめれば、師走は目を合わせずに視線を落としている。大変自分に都合良く考えている気がするが、黙ったまま否定も肯定もしない師走を、少しだけ微笑ましく思う自分がいた。
「優しいのね、ありがとう」
「調子に乗るな。貴様が知らなすぎる故に教えてやったまで。まずは自分が何に怯えているのか、自分自身で気づけ。気付けぬなら野垂れ死ね」
吐き捨てるように言うと、彼は目も合わせずに立ち上がり、明日もここへ来いと残して部屋から出ていった。
ーーー
硝子張りの部屋を出れば、壁に背を預けてにたりとした笑みを浮かべる女が、こちらを見ていた。
「師走、珍しいねえ。どうしたんだい、随分とあの小童にご執心じゃないかい」
「……霜月。馬鹿を言うな」
一瞥して女ーー霜月の目の前を通り過ぎれば、ついて来るようにして霜月も歩き出した。
「師走、あれはあたいにも回してくれるのかい?」
「……貴様こそ珍しいな。興味があるのか?」
この女は、基本的に高みの見物が好きだ。自分で手をくださずとも、物事を進めたり終わらせる力に長けている。そんな奴が、朱己に興味を示すなどあるか?
訝しむように、ただ歩みは緩めず、後ろを歩く彼女に視線を向けることもなく、少しだけ眉間を寄せた。
「ある。あんたが興味を持った女だろう? そりゃあ興味あるさ」
「……なら明日試してみればいい」
我の言葉が意外だったのか、彼女から発せられる香の香りが揺れた。
振り返らずとも、意表を突かれた顔をしているであろうことは、予想がつく。
「いいのかい? 手元が狂って殺しちまっても知らないよ」
「殺せるものならな」
霜月は強い。この女は霧雲系の筆頭だ。炎属性が優勢のあの女ーー朱己は、少々頭を使わねば勝てなかろう。我は負けたことがないからわからんが。
「……ふうん。やっぱりご執心なようだねえ。おっと、これ以上は怒られるからやめとくよ」
「ふん、わかってるなら最初から言うな」
はいはい、と後ろから声がした。相変わらずにやにやしている気配がする。
「それじゃ、明日楽しみにしとくよ」
「ああ。好きにしろ」
霜月相手に苦戦しないはずがない。しかし、あの女の能力がどう開花するかは、色んな方法があるだろう。霜月の相手をして、少しでも自分を理解できればいいが。
ーー随分とご執心だねえ。
癇に障る。
舌打ちをすれば、彼女はいつの間にか霧のように散って姿を消していた。
「……霜月相手に死ぬなら、所詮そこまでだ」
今日はセンナを追い詰めたときの反応を見た。明日はどうなるか。
外を見れば黄昏時。あの女の色だ。
ーー優しいのね、ありがとう。
「……つくづく、気に食わん女だ」
言葉を吐き捨ててから、足を止めた。
我が事ながら、どうかしている。あの女が自分の強さを引き出せずに死ぬとしても、我々にとっての痛手にはならない。霜月は、そう言いたかったのだろう。遊んでつまらなければ殺してしまえばいい、たとえ他国の長だろうと。取るに足らん国など、滅ぼしてしまえばいい。
ため息を吐き、歩みを進めると、目の前に佇む一人の女性。
「師走」
「……今日はどうした。霜月といい、貴様といい……」
いつもこんなに我が元へ曆の者たちが来ることはない。
我が十一人の配下、曆。各属性の筆頭という点では、旧ナルスの十二祭冠と同じ。違うとすれば、力に雲泥の差があるということくらいだ。
ーー曆の皆、あの女に関心があるということか。
顔色一つ変えずに、目の前の女はこちらを見ている。短く整えてある漆黒の髪がわずかに揺れた。
「睦月。早く要件を言え」
「水無月が、貴方の客人に手を出しに行きましたよ」
ーー水無月。我々曆の中で最弱にして、最高に血気盛んな痴れ者。能力は確かだが。
「ちっ……愚か者が」
「止めに行かなくていいんですか? 彼は女を殺すことに、性的快感を得る属性の者です」
「構わん。水無月程度で死ぬならば、あの女もその程度だ」
しかし、やけに腹が立つ。
愚かしい部下の行動も、普段なら受け流すのにも関わらず。今回は何故こんなに腹立たしいのだ。
奥歯を噛み締めながら、頭をかいた。
目の前の女は、小さく息をついて踵を返す。
「私はお伝えしましたので。あとはご自由に」
言葉を落として、音もなく消えた。
「どいつもこいつも……」
ため息ばかり溢れる。
死ぬならばその程度。そう、それ以上でもそれ以下でもない。
そのはずだ。死ぬか、生きるか。判断はそこにしかない。
それなのに、嫌に腹が立つ。
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