朱色の雫

弦景 真朱(つるかげ しんしゅ)

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第二章 朱南国

お手並み拝見

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 テシィは、旧ナルスのはるか西に位置する。
 朱南からすれば、北西の方角だ。
 ーー高能がいれば、この距離もすぐだけど……一人で来いというのであれば、もう少しかかるか。
 私の移動速度は、本来さして速くない。火の燃え広がる速度など、外的要因がなければ大したことはないからだ。

 しかし、速さが命取りになる場合も多々あり、スピード重視で訓練した結果、移動に関しては雷属性を極限まで引き出すことで、高能ほどではないにしろ、かなり速度を上げることができるようになった。これも、高能からしごかれた賜物だ。

 雷属性は霧雲系との相性は最高だから、神奈にも協力してもらって、霧雲系をまず引き上げるところから始めた。

 全属性とはいえ、適正はある。
 すべての属性が使えるに越したことはないが、そう難なく使えるわけでもない。扱うには、いつ何時も訓練が必要なのは、詰まるところ、自分次第ということにほかならない。
 
 過去の出来事に思いを馳せながら、移動すること、数刻。
 目的のテシィの外まで来た。

 さすが、雷。速い。
 予想ではもう少しかかるかと思っていたが、意外と速く着いたことに、我が事ながら感心していた。
 地面に降り立ち、テシィの国全体を囲う大きな壁を見上げた。正門の前まで行けば、いくつか監視用のカメラがあることに気づく。
 もう向こうは、私が来たことに気づいているだろう。

「国に入った途端、いきなり何かを仕掛けてくる、なんてこと……あるかしら?」

 とはいえ、一応国の長として招かれたのであれば、堂々と入らざるを得ない。
 一度深呼吸をして、大きな門を押した。

 凄まじい轟音が鳴り響き、まるで大地が割れていくかのような地響きとともに、開門していく。

 土煙で目の前が覆われ、視界が遮られた。
 やがて、開かれた視界の先に、佇む一人の男。

「貴様を待っていた、朱南の長。我が名は師走」

「……お初にお目にかかり光栄です。私は朱南の朱己、師走様、お出迎え感謝いたします」

 まさか気配を消してまで、長自ら出迎えてくれるとは。
 ーーなるほど、予想外すぎる。

「少々手荒で悪いが、試させてもらう。認めたもの以外、国の敷居をまたぐことは許さん」

「……?」

 気配を消して近づいてきた、男と女。
 私の両脇に音もなく現れると同時に、刀を振り下ろしてきた。
 ーー師走の側近か?

 私は体を包み込むように、炎の壁で刀を阻む。
 手を横に払えば、炎が手の動きに合わせて舞い上がった。
 両脇の男女は距離を取るように離れていく。

 ーー目の前に居たはずの師走が居ない。

 違う。
 この二人が気配をあえて大きくして、師走の気配を私に探らせない気なのか。

 左にいる男の脇に、瞬時に移動する。
 回り込み首の後ろを叩くと、崩れ落ちる男。

 背後から女の気配がして、札を投げつける。
 女を包み込む炎は、一瞬で消された。
 女の脇に潜り込み、思い切り脇腹を弾き飛ばす。
 壁に激突した女は、そのまま壁に沈んだ。

 静かになったところで、隣を見れば、師走が立っていた。

「あれら傀儡相手に、随分手こずったな」

「傀儡だろうと、生身の人だろうと、殺すつもりはないので」

「甘い。貴様、それで本当にナルスの至宝か?」

「? え?」

 隣りにいる師走が、私の顔に手を伸ばしてきた。

 ーー目を見てはいけない。
 直感的に、本能が告げた。

 ーー見るな! けして彼の目を見るな!!
 本能が警鐘を鳴らす。

 なのに、目を逸らせないのだ。
 逆らえない力によって、眼球の動きを支配されているかのように。

 ーー美しい目だ。

 純粋にそう思った。
 息を呑む程、彼の目は美しかった。

 そらしたいのに、そらせない。

 深紅の瞳は、私の意識を吸い取っていく。

 そしてそのまま、私の意識は途絶えた。


ーーー


「……ここは、……どこ?」

 目覚めた場所は、暗闇だった。

 ーーやってしまった。師走の目を見てしまった。
 見てはいけないとわかっていたのに。

 ため息を吐きながら、両の頬を叩いた。
 ーーしっかりしろ。抜け出すことを考えないと。
 地面に触れると、少し伝わってくる熱がある。

「……ここ、今までも来たことがあるような……」

 しばらく考える。
 いつ、来たというのか。
 明確に覚えていない。

 ーー私の、意識の中?

「気がついたようだな」

 反射的に声のする方を振り返ったが、姿は見えない。

「師走……!! ここは、どこ? 私の、意識の中?」

「ほう、少しは使える頭があるようだな」

 一々癇に障る言い方をする。
 この言い方さえも、作戦なのだろうか。

 せめてもの抵抗で、様付けしなかったが、本人としてはどうでもいいのか、何も気にしていなさそうだ。

「ここは貴様の意識の中。貴様は自分のセンナを知らなすぎる。その程度でこのテシィと同盟など、笑止千万。百害あって一利なし。まず自分のセンナを理解しろ。そうでなければ、ここからは出られん。……それさえ出来んのなら、貴様に価値はない。そのままここで死ね」

「自分の、センナ……」

 酷いことを言われているのに、妙に納得してしまった。
 何に納得したのか、まだ朧気で、明確にわかっていないが。

 ただ、自分のセンナと向き合うことを、意識したことなどなかった、と自覚したのだ。

 死ね、と残して消えた師走は、きっと私の本体のそばにいる。
 その気になればいつでも、外側から殺せるということだろう。

「……ここから、抜け出すために、本気にならないといけないわけね」

 自分のセンナと、心と、向き合うことができるのは、私だけだ。

 意気込んだその時だった。

「……朱己……んで……」

 声がした、今聞こえるはずのない声が。

「朱己……」

 振り返れば、見える人影。
 血まみれの、元婚約者だ。

「こ、こう……ちゃん……」

「俺を……なんで……した……」

 目を瞠る。
 全身から汗が噴き出すような、動悸がする。
 手が震えて、足元が覚束ない。

 ーーなんで? 何と言っているの?
 ゆっくりと歩いてくるその人影は、ゆらゆらと、眼の前に現れた。

「なんで俺をーー殺した?」

 目の前が真っ暗になるというのは、こういうことなのだろうか。

「こう、ちゃん……」

ーーー

「お手並み拝見、といこうか。朱色の雫ミニオスティーラ

 目の前で横たわる、ナルスの至宝。
 ストラのヴィオラから話は聞いていたが、ここまで自分を知らぬとは。
 余程、囲って外に出さずに育ててきたのが、見て取れる。

「弱い長の国は、所詮それ以上にはなれん」

 朱己。貴様の本気は、そんなものではない。
 本気を見せてみろ。
 センナの底から溢れ出る、真の力を。

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