朱色の雫

弦景 真朱(つるかげ しんしゅ)

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第二章 朱南国

ナルスの至宝(上)

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 朱公が部屋を後にし、少しだけ物思いに耽った後、ストラへ連絡した。

 ーー彼なら何か知っているかもしれない。
 と、直感で思っただけだった。



「なぁに? 朱己、あんた傀儡扱えないわけ?」

「使ったことはない、使う予定もないし……」

 あんたねえ、とため息を吐いたヴィオラは、五人の男をはべらせていた。
 私と葉季が部屋にお邪魔したのが申し訳ないくらいだ。

「あんたたち、下がりなさい。朱己と話があるわ」

 御意、という言葉と共に塵のように消える彼ら。不意にも、消え方に美しさを感じた。

「なぁに、下男に見惚れてんの? あたしに見惚れるならまだしも」

「あ、いや、見惚れてたわけじゃないけど……すごいね、ヴィオラ」

 何がすごいのよ? と眉をひそめる彼は、本当になんとも思ってないようだった。
 ストラの細部に潜む高い技術力。見習わずにはいられないものだ。下男と呼ばれる者たちでさえ、洗練された力を持つということが、どういうことなのか。

 そして、ヴィオラの声によって現実へと引き戻された。

「で……傀儡がどうしたのよ? 突然。あたしからしたら、扱えるのが当たり前だけど」

「そういうものなのね。この前、傀儡遣いに私達の仲間が襲われた。傀儡は、ナルス……いや、私達朱南では使われないから、教えてほしい。傀儡を使うところは、一様に人工的にセンナを作っているということなの? 人工的なセンナを与えられたものは、センナを壊される瞬間に傀儡になるか消されるか決まるって……にわかには信じがたいことを聞いたの」

 きょとんとした顔でしばらく沈黙した彼は、堰を切ったように笑いだした。

「っあはははは!! いきなり何言い出すかと思えば……いい? あんたも知っての通り、人工的なセンナを生成することはご法度。絶対にやっちゃだめよ。普通の傀儡ってのは、泥人形みたいなもの。中は空洞で、壊れる前提よ」

 ヴィオラは紙を引き出しから出すと、私の前まで来て何やら書き始めた。

「基本的な傀儡は、さっきも言った通り泥人形だと思って。そこに命もなにもない。空の入れ物。あんたの話は、順序が逆よね。人工的なセンナを作り上げると、センナが体をまとって、その後の判断もできるって?」

 頷けば、眼の前で目を細める彼。

「人工的なセンナで作られた者たちが、傀儡になるなんてにわかには信じがたいわね。それに、人工的なセンナの研究なんてご法度がヴィーにバレてみなさい、瞬殺よ。らい殿は厳しいんだから。そんなリスクを犯してまで、その手を使うかしら? あたしには理解できないわねぇ」

 人工的なセンナは、私達歴代の長が引き継いできた、魂結たまむすび、魂解たまほどきの力が応用されている。
 ーーだけど、時雨伯父上が使えるということは。
 白蓮伯父上や、父、もっと昔からの長たちが香卦良と研究していた内容が、どこかから漏洩したということ。そして、その一端を担ったのは紛れもなく法葉様だ。

 ーーでも、法葉様が漏洩させたことを、白蓮伯父上は知っていた。
 つまり、本当に危険な資料は、おそらくすぐに見つかるようなところには置かないはずで、全部が漏洩したとは考えにくい。

 葉季も同じことを考えているのか、顔は曇っていた。

 目の前にヴィオラがいることを完全に度外視して、俯きながら考えていると、いきなり耳に息を吹きかけられた。

「ひっ……!!」

「ちょっとぉ! 何自分の世界に入り込んでんのよぉ!」

「これ、ヴィオラ! 安易に近づくでない!」

 不満そうに私の横で頬杖をつく彼は、こころなしかほっぺが膨らんでいるように見えた。
 そんな葉季を目の当たりにしたヴィオラは、心底可笑しそうににやけている。

「葉季とか言ったわね。あんたうちに来ない? あんたみたいな、強情そうなのをはべらせたいわ」

「冗談はやめい。行かぬわ」

 わしの趣味ではない、と言いながらじとっとした目でヴィオラを見た。
 隣で苦笑しながら、本題へ戻す。

「ごめんなさい。……センナの研究については、他言無用で、お願い。そしてそれは、もう今後は行わない」

「当たり前でしょおが! そんな危険犯す同盟国要らないわよ、あたし。まあ、興味はあるけどね。国の存続が危ぶまれるほどのことだと、知らない訳はないのに、歴代の長がこぞってやっちゃうなんてねぇ……なんかあるでしょ、絶対に」

 少し無言になって考え込むように、一点を見つめていたヴィオラは、立ち上がると窓の方へ歩き出した。

「朱己、いらっしゃい」

 呼ばれるまま近くまで歩いていけば、窓の外には美しい海が広がっていた。
 ストラは島国で、朱南の南にある海を超えた先にある。
 普段、同じ海を朱南から見ているはずだが、何故かとても美しく、輝いて見える海。
 日差しを照り返す波は、何度も打ち寄せては消えていく。無限に続くように思えるが、一つとして同じ波は来ない。

「この海はね、昔ナルスが随分と汚してくれちゃったのよ。あたし、アタマ来て怒鳴り込みに行ったの」

 思わずギョッとして隣の彼を見た。
 ーー海が汚れた……って、伝記でしか読んだことがないほど昔の話のはず。

「あたし、こう見えて百三十歳なの。紅蓮ぐれんの父親と同じくらいの歳なのよ」

「百三十……!?」

 開いた口が塞がらない。
 紅蓮様といえば、私と葉季の祖父だ。私の三代前の長。
 見た目が私と大差ない彼の年齢を知り、改めてセンナの能力が開花した者の、年齢不詳具合が身に沁みてわかった。

「ちょうど、紅蓮の父親が長やってる頃でね……、紫杏しあんって名前なんだけど。あたしも若くて血気盛んだったから、殴り合いの喧嘩してね」

「……大丈夫だったの? 紫杏様と言えば、喧嘩っ早くて腕っぷしが強いで有名だったって……」

「大丈夫よぉ! あたしもこう見えて筋肉モリモリなのよ?」

「いや、こう見えてもなにも、見るからにモリモリだけどね?」

 なによぉ! と言うヴィオラに思わず小さく笑ってしまうが、彼は本当に均整のとれた体だ。
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