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第二章 朱南国
側近の働き
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ビライトへと偵察に行くよう指示された私達は、着々と準備を進めていた。
「朱公、ビライトへ行くのは初めて?」
「私は何度か行ったことがありますよ、時雨様に連れられて、ですが。神奈様は?」
「私は業務で五回程行ったけど、それだけ!」
朱公とゆっくり話すのは、なんだかんだ初めてだ。
朱己姉がある日連れてきた霊獣。その正体は、時雨殿が人為的に作った、朱己姉のセンナを模擬して作った霊獣だった。
ところどころ、背格好とか色々似てる気がしていただけに妙に納得した記憶がある。
ただ、生まれがどうであろうと、あの朱己姉がそばに置くと決めた存在だ。私からすれば、それだけで信頼に足りる。
「ねえ、朱公。朱公のその髪の毛、私にもしてくれない?」
朱公は両耳の上で、それぞれ髪の毛をお団子にしている。私の髪は、両耳の上で結んでいるだけ。これをお団子にしてほしいという要求。
「かしこまりました。痛かったら、仰ってくださいね」
「うん、ありがとう!」
微笑みながら朱公へ背を向ける。
朱公は慣れた手付きで、私の髪の毛を結い上げていく。
「二つに結っているだけでも可愛らしいですが、お団子にするとまた違って見えますね。可愛らしいです」
朱公に結ってもらったお団子姿を鏡で見せてもらう。
「うん、いい感じ。ありがとう」
ビライトは黒髪が主流の国。私みたいな金髪や、朱公のような朱い髪は目立ってしまうのだ。布を巻いて隠すのに、お団子のほうが都合いいということを、朱公も理解しているのだろう。
「あと、準備しておいたほうがいいことはございますか?」
「そうだね、念の為」
その後少し色々準備しながら、他愛もない話をして私たちは出立した。
ーーー
私の部屋の扉を叩いて入ってきた彼は、相変わらず真面目な顔をしていた。
「朱己様、失礼いたします」
「どうぞ戒、お疲れ様」
葉季の側近である彼は、葉季の小間使いから何からすべて行う。伏し目がちに近づいてきた彼は、会釈したあと紙の束を渡してきた。
「葉季様から預かって参りました。先日……仲直りされたようで、安心しました」
「ぶっ」
思わず吹き出したお茶を慌てて拭きながら、彼を見上げる。真面目な顔のまま、彼はまた会釈した。
「心配かけて申し訳なかったわ。そういえば、時雨伯父上が襲来した時、貴方も随分と重傷だったと聞いたけど、もう傷は大丈夫?」
葉季が時雨伯父上殺されかけた時、戒もともに深傷を負わされていた。葉季の治療後、香卦良に戒の治療もしてもらったらしい。
「お陰様で、随分と回復し、特に不便はございません」
少しだけ笑ったように見えたが、声音が柔かくなったからそう見えたのかもしれない。
「それならよかった。香卦良はどう?」
そう、香卦良は葉季と彼の部屋の離で現在療養中だ。
先の時雨伯父上との戦闘以降、無理が祟ったのか、ずっと目を覚まさない。
「今日も変わらず、お休みになっています」
「そう……」
息を吐きながら視線を落とす。
香卦良。
早く目を覚ましてくれるといいのだが。
はやる気持ちを隠すように、笑顔で戒へ視線を向ければ、気づいたのか彼と目が合った。
「引き続き、何かあったらすぐに教えてちょうだい。貴方もまだ無理はしないでね」
「御意。本件とあまり関係はないのですが……主は基本、私に何か愚痴をこぼすようなことはしませんが、朱己様が絡むことで悩まれると、毎度険しい顔で将棋を指すとおっしゃる。私が側近に就いてから、ずっと」
突然の暴露に目を瞠った。
彼が側近に就いてから、ずっと。
真意を探りきれず、首を傾げた。
「主も気づいてはおられないかと。主は自分の気持ちに気づくのが少々遅い傾向にある。……いや、しばらくは気づきたくなかった、のやもしれませんが」
戒が葉季の側近になったときには、まだこうちゃんが生きていた。
私のそばには、こうちゃんが居たのだ。
瑠璃姉を失った葉季が、少しでも早く立ち直れるように、私たちはずっと彼のそばにいた。葉季が戒を側近に迎えたのは、瑠璃姉が亡くなったおよそ半年後だ。今から五年以上前の話。
「もちろん、明確に恋慕になったのが昨年辺りであろうことは私も承知しておりますが……昔から変わらず、主は朱己様が至極大切なようだと言うことだけ、ご理解を」
「……ええ、ありがとう。肝に銘じるわ」
戒からの忠告だろう。
私の行動一つが、葉季を生かしも殺しもするということを、自覚しろと言うことだろう。
「それでは、失礼いたします」
会釈して踵を返す彼。
咄嗟に立ち上がってしまった。
「戒」
少し驚いたように振り返った彼。
私も咄嗟に呼んでしまったが、言葉がまとまらない。
「あの、……ありがとう。貴方がいてくれて、葉季も幸せだと思うわ」
言葉選びが正しかったのかはわからない。
本当に言いたいことが、これであっていたのかもわからない。
それでも、お礼を言いたかった。
彼は、葉季と信頼関係を作ってくれたから。
特別な人を失った者が、新しく人をそばに置くということがどれほどのことか、私はよく知っている。
「……身に余る、光栄。恐縮です」
では、と言って再び歩き出した彼。
扉を開けた先には、彼の主が柱に背を預けて待っていた。腕を組んだ葉季は、少し不機嫌そうに笑っている。
「お主随分と密談していたようだのう?」
「ええ、葉季様。密談を盗み聞きされましたか」
「葉季、私が引き止めたのよ」
「わかっておる。こやつはわしがここにいると気づいておったであろうに、あんな話をお主にしたことを言っておるのだ」
「ええ、そうですね……あくまで、私の主観ですので。朱己様、ご心配なく。では、失礼」
葉季はこちらを一瞥すると、戒の背中を思い切り叩いた。そのまま歩き始めた葉季に、無言でついていく彼。
相変わらず、いい主従だ。
少し苦笑しながら、彼らを見送った。
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