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第二章 朱南国
追憶ー音尉そして家族ー
しおりを挟む半ば恥ずかしさを紛らわせるように足早に家へ帰ると、家の前で壮透が待っていた。私は壮透に拳を軽くぶつけて声をかけた。
「あとはあんたが頑張りなさいよ」
「ありがとう、薬乃。頼りになる」
「当たり前でしょ、昔から手のかかる……」
言いながら気がついた。
私は壮透と昔のように、姉弟のように話したかったのだ。
「私の方こそ……ありがとう、壮透」
「ん? 何もしてないが……」
壮透にお礼を言うなど、いつぶりだろうか。
本当は、遠くになど行っていなかったのだ。勝手に置いていかれた気になって、勝手にへそを曲げていたのは私だ。
もっと早く、気づけばよかった。
少しだけ頬が緩む。
相変わらず壮透は、ちんぷんかんぷんな顔をしていた。
「なんでもないわよ! さ、明日にでも法華のところに行ってらっしゃいな」
「ああ、そうする」
彼は挨拶代わりに片手を上げると、音もなく去っていった。
それからまもなく、十六になった壮透と法華は結婚した。彼らが結婚する少し前に、白蓮と法葉も結婚し、同時に白蓮は長に就任した。
私はといえば、何度か陸真と逢瀬を重ね、許嫁となった。陸真の弟の空真とも仲良くなり、三人で良くでかけている。彼らは五条家の離れを綺麗に建て直し、自由に五条家の外へも出れるようになったのだ。
しっかり衣食住が守られるようになった彼らは、見違えるほど青年だ。私や法華の二つも年下とは思えないほど大人びている。思わず見惚れる程に。
「どうした? 薬乃」
「いや、なんでもないわ。……そういえば陸真。私今度開催される、十二祭冠の式典に出ようと思ってるの」
十二祭冠の式典。
三年に一度、もしくは十二祭冠に欠員が出ると行われる、属性別の勝ち抜き戦。十二祭冠が在任中に行われる場合は、十二祭冠は最初から他の応募者たちと同じく戦闘に入る。個対大勢で戦ったあと、残った二人で一対一の対決をし、勝った者が十二祭冠となる。
私は、音属性なので、勝てば音尉だ。
「法華と約束してるのよ、次の十二祭冠の式典で、音尉をかけて戦いましょうって」
「そうなのか。応援しないとな……姉上は手強いから、気をつけろよ」
「ええ」
私はまだ彼女の力を知らない。
白蓮はすでに霜尉と雹尉を兼務し、法葉は濁尉だ。つい最近、白蓮の対である夏采は闇尉になった。
壮透はなるとすれば雹尉だろうが、長代理の仕事が忙しいのか、まだ十二祭冠の式典に出るという話は聞かない。白蓮に勝たなければ雹尉にはなれないのだから、白蓮が降りると言うまではならないつもりかもしれないが。
そんなことを考えながら月日は過ぎて、あっという間に十二祭冠の式典の日になった。想像以上に、音尉の座を狙っている者は多いらしく、総勢三十人は超えている。
確かに、身分関係なく実力だけで長を支える重臣になれるなら、応募したくもなる。
そして、音属性の祭典が始まった。
勿論、法華の姿もある。
音尉は現在欠員の状態のため、純粋に参加者の中で勝ち上がれば音尉だ。
音尉がいないとはいえ、油断はできない。
ルールは殺さないこと。該当の属性以外の能力を使わないこと。それ以外は何をしてもいい。
「それでは、音属性の祭典を始める。開始!」
白蓮の掛け声とともに始まる戦闘。
その瞬間、目の前を光るものが通った。
思わず後ろへ飛び退けば、私以外の三十人ほどの参加者たちは次々に倒れた。
「な……なに?」
「さすが、気づきましたか。薬乃」
声がした方向を見れば、法華の手には何本もの細い弦が巻き付いていた。
弦のつながる先を目で追えば、参加者たちに巻き付いている。
「何したのよ」
「弦を伝って脳に直接音波を当てました。少し気絶しているだけです」
やることがえげつない。
一気にこの人数を沈黙させる彼女は、思っていた以上に強い。
「これで、一騎打ちですね」
「望むところよ」
倒れた参加者たちを踏まないように、対峙する。
手に握る、具現化させた笛。
法華が地面を蹴った瞬間、駆け出す。
空中なら、いくら法華でも攻撃は避けられない。
法華目掛けて、思い切り笛を投げつける。
法華が弦で笛を真っ二つにすると、けたたましい音が鳴り響いた。
「かかったわね!」
意識を錯乱させる効果のある笛。
吹くか、破壊するかの二択で発動する。
普通なら一分は動けなくなるが、法華の場合数秒動けなくなるだけで御の字だ。
法華の動きが止まる。
一気に畳み掛ける。
法華の目の前まで、一瞬で間合いを詰めた。
「残念でしたね、薬乃」
目の前の法華が、弦を弾く。
「なんで動け……っ!」
いつの間にか巻き付いていた弦は、私の四肢を固定した。
空中で磔になる私を見上げて、法華は微笑む。
「これで終いです!」
「んぅ……っ!」
巻き付いている弦を引きちぎる。
僅かに目を見開いている法華を横目に、低く駆け出した。
体は勝手に治る。
法華の背中側から音波を練り上げて、衝撃波を打ち込む。
彼女の背面に即座に広がる波紋。
音波の壁。
「さすが薬乃、としか言いようがありませんね」
「お互い様でしょ」
少し間合いを取って、構えたまま対峙する。
互いに互いの動きを読んで、先回りをし合う。
何度も、これは殺し合いだったかと錯覚するほど。
砕ける笛。
切られる弦。
破れない音の壁。
鳴り止まない超音波。
互いの筋肉の一筋まで、支配し合う。
気がつけば、互いに楽しんでいた。
肩で息をしながら、ふと目の端に影が映ったのを見逃さなかった。
迎え撃つように構えて、思い切り叩き割る。
それは、砕けた笛の破片。
「しまった! 目眩ましか!」
完全に法華を見失った。
次の瞬間、思い切り弾き飛ばされる。
「ぐっ!」
完全に入った一撃。
痛みで立てない私の前に、歩み寄る影。
「最初のあなたの攻撃、勉強になりましたよ」
あの笛の破片は、私の笛か。
「……私の、負けね。法華」
「そこまで! 勝者、法華。只今より、二条法華を十二祭冠、音尉に任命する」
白蓮の声が聞こえた。
すぐに法華が私の体を抱きかかえて、治癒をかける。
「……懐かしいわね、初めて会った日、偲様にこうやって、治してもらったわね」
「そうでしたね、あれからまだ数年です。でも、これから何百年と一緒にいますから、私の背中は、薬乃が守ってくださいね」
笑顔でこちらを見る法華は、とても美しかった。
どことなく偲様と被って、胸が締め付けられる。
「薬乃、大丈夫かい」
白蓮が歩いて近づいてくる。
相変わらずの笑顔だ。
「いい試合だったよ、どちらが勝ってもおかしくなかったね」
「ええ、本当に。薬乃はこれからもずっと好敵手です。そうだ、白蓮。写真を撮っていただけますか?」
そう言って、白蓮に紙を渡す。
この紙に念写しろということだろう。
「さ、撮るよ」
お互い傷だらけだが、清々しい気持ちで撮れた一枚。法華に負けたことも、悔しい思いより、楽しかった思いのほうが勝る。不思議な感覚だ。
「ところで、いつの間に白蓮のこと呼び捨てにするようになったのよ? 法華」
手を借りて立ち上がり、腰に手をつく。
目の前の彼女は、笑いながら白蓮を見た。
「名実共に家族になったんだから、呼び捨てで構わない、と言われまして。弟たちにも、白蓮と壮透は呼び捨てで構わないと言ったんですが、落ち着かないからと殿をつけて呼んでるみたいですね」
「なるほどね。そうね、家族だものね」
不思議な感覚だ。
でも、とてもしっくりきている。
「君が陸真と結婚したら、君も晴れて家族だね、薬乃。もとい、君は昔から一緒にいるから、元々家族みたいなものだけど」
「そうね、もう家族みたいなもんよね」
ーーー
「懐かしいわね、本当。あのあと、法葉が私のところに来て、「そちにしては健闘したの」って言ってきたのよね」
「ふふ、姉様らしいというか、本当言葉選びが光りますね」
お茶を飲みながら、随分と思い出話に花を咲かせてしまった。まだ片付けが残っている。
お茶を片付けて、片付けを再開しようとすると、法華が口を開いた。
「薬乃、これからもよろしくお願いしますね」
「なに、今更! 当たり前でしょ」
笑う法華に、私も笑って返す。
本当にいろんなことがあった。
法華には言ってないが、犬猿の仲だった法葉との、最初で最後の約束もある。
ーー「法華と弟たちを頼んだぞ。薬乃。そちにしか、頼めぬ」
あの日、皆がビライトへ行くのを見送った直後のことだ。彼女は初めて私に頼み事をした。
皆頼んだと遺していく。
遺された側はたまったもんじゃない。
それでも、それが貴方たちの選んだ人生なのならば。
私も自分の意思で選んだ人生を歩むまで。
誰に言われずとも、これからも法華のそばにいる。
偲様と、法葉との約束。
必ず、私の全力で、最後まで。
「あんたの背中は、あたしが守るんだからね」
「ええ、お願いします」
拳をぶつけ合って、また笑った。
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