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第一章 ナルス

つくりものの朱

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 一瞬の出来事に、貫かれた胸を押さえることしか出来ない。

「がはっ!」

 急ぎ自らのセンナの力を使って、体の傷を回復させるが、その閃光は次々に降り掛かってきた。
 手を空に突き出して、味方全体を炎の壁で防御する。炎の壁にぶつかった閃光は、爆ぜて散っていく。しばらく閃光を受け止めていたが、やがて収まった。
 辺りを見渡せば、笑顔の怪物と、息も絶え絶えな味方たち。

「朱己。紹介しよう、我が娘であり六芒筆頭。銀朱ぎんしゅだ」

 そう呼ばれた女が、雲の隙間から降りてきた。
 伯父上の娘がいたことにも驚きを隠せない。
 何より今現れる六芒に、絶望しそうになる。

「銀朱……偽物の、朱……まさか……!」

 白蓮伯父上が地上でつぶやく。
 その顔は、真っ青だった。

「銀朱。挨拶しなさい」

 時雨伯父上の隣まで降りてきた、銀朱と呼ばれた彼女はとても見覚えのある顔だった。
 顔だけではない。髪の毛の長さ、背格好、すべて。髪の毛の色や瞳の色こそ違うものの、それ以外はよく知っている姿だった。

「私は銀朱。あんたを倒し、私が本物になるのよね! 朱己」

 そう、私だ。
 信じられないものを見るように、彼女に釘付けになる。

「まさか、完成していたとは……っ」

 胸を押さえながら、私の後ろでよろめきつつも立ち上がる朱公を見て、先刻彼女が言っていたことを思い出した。
 私のセンナを真似て、人工的に作られた試作品が朱公。つまり、完成形がこの、銀朱。
 時雨伯父上は目を輝かせながら口を開いた。

「この子は朱己のセンナを模倣して作った。だが、この子……銀朱の完成はまだだ。本当は朱己の暴走後のセンナを回収し、銀朱に埋め込むことで完成予定だったが……そうもいかなくなった」
「なんてことを……時雨伯父上……!」
「なに、暴走を止められてしまった。またさせてもいいが、センナが朽ちては意味がないのでな。暴走させずに、回収させてもらおう」

 こちらを見る伯父上の眼は、鋭く光っていた。
 暴走後のセンナを回収などできるはずがない。
 なのに、ここまでくると時雨伯父上ならやりかねない、とさえ思ってしまう。
 目の前の銀朱に向き直り、剣を構えれば、同じように銀朱も構えてきた。

「全属性、炎優勢。すべて、同じだ」

 頬を汗が伝う。
 気持ち悪いほど、同じだ。私と。
 どうしてここまで執着されなければならない。

「兄上……悪趣味にもほどがあります。人工的なセンナ、つまり魂結びではない力で生み出されたセンナは、輪廻にも入れない、朽ちるだけの生だ。それが禁忌とされてきたことくらい、あなただってわかっているでしょう!」

 父が隣で叫ぶ。
 その父を見下すように、冷めきった目で伯父上は見返した。

「だからなんだ。お前たちが研究していた人工的なセンナ。それを使って何が悪い? お前たちも便利使いするために研究していたんだろう」
「違います! 命を冒涜するためではない。命を救うために研究していた!」
「ものは言い様だ。くだらない。輪廻に組み込まれることがそんなに重要か? この腐った国で永遠に輪廻することが幸せか?」

 ため息を付きながら、父を見る伯父上の目は、少しだけ翳っているように見えた。

「この人工的なセンナなら、望んだ力を持つ者が生み出せる。疎まれることもない、蔑まれることもない。皆望まれた生を生きていける。儚く散れども、輪廻になど組み込まれずともよいではないか」

 蔑まれる人生。疎まれる人生。妬まれる人生。
 そうやって生きてきた人たちを、知っている。
 安安と、そんなことはないと否定などできない。
 それでも。
 視線だけ時雨伯父上に向けて、口を開いた。

「私は、伯父上にはないものを持っています。しかし、私にはないものを伯父上は持っている。それは、誰かに望まれたわけでもない。自分で望んだわけでもない。無作為に与えられたものです」

 銀朱の動きも見ながら、目だけ動かして二人を交互に見る。剣を握り直しながら、深呼吸した。

「でも、だからこそ生は尊いんです。誰一人として、同じではない!」

 伝われ。
 伝われ。
 これが私のエゴだとしても。
 これが、仮に伯父上にとっても、私にとっても、誰にとっても、絶望しかないのだとしても。
 誰かの模倣や、誰かと同じ、誰かの人生を生きるために生まれてくるわけではない。
 自分の人生を生きるために生まれてくるのだと。

「……くだらないのよね」

 口を開いたのは、銀朱だった。

「あなたは疎まれたことがないのよね。あなたは蔑まれたこともないのよね。望まれて大切に育てられたからそう思うのよね? 父様や、さい叔母様のことは何一つ理解してないのよね」

 冷たい目でこちらを見る、私の模倣、銀朱。
 なんら遜色ない完成度だと、頭のどこかで思ってしまう。思いたくもないのに。
 彼女にだって、彼女の人生があるのに。
 彼女は私のことなど気にも止めず、手を広げながら肩をすくめる。

「はあ、嫌になっちゃうのよね! 頭がお花畑な人なのよね、朱己。いいじゃない、模倣だろうが人工物であろうが、望まれて量産される方が良いに決まってるのよね」

 そんなことがあってたまるか。
 個性もなにもない、それが本当に幸せなのだろうか。それが、望まれた生の形なのだろうか。

「時間の無駄なのよね。早く倒して、父様にほめてもらうのよねっ!」

 私と同じく炎の剣で。
 一文字に切りかかってくる彼女の斬撃。
 後ろに飛んで避けた。
 
「朱己!」

 父と葉季が傷を押さえながらこちらに来ようとすれば、怪物になった時雨伯父上が立ちはだかった。

「私の計画を邪魔しないでもらおうか」

 不敵な笑みを浮かべる時雨伯父上。
 瞬時に見上げるほどの大きな竜巻を作り出す。
 操るように指を振れば、竜巻は抗いようのない力で父や葉季を巻き上げ吹き飛ばしていく。
 色とりどりな柱へ激突させられた父や葉季は、痛みに顔を歪めている。
 一瞬目を離した隙に、銀朱が間合いを詰めてくる。同じ形の同じ属性の剣が、激しい金属音を立てて交わった。

「よそ見とはいい度胸なのよね! 朱己!」

「くっ……銀朱……!」

 目にも留まらぬ速さで繰り出される斬撃は、いとも簡単に私の体に傷を残していく。

「弱すぎなのよね! ほらっほらっ!」

 彼女の攻撃に隙がない。今の体力では、返すだけで精一杯だ。
 その時、ふと何かが頭をよぎった。
 直感と言うのかもしれない。
 ただやられるくらいなら、直感に従う。
 斬撃を受け流しながら、気づかれないように少しずつ向きを変えていく。
 恐らく周りから見ても、私が一方的に押されているように見えると思う。
 現に、力だけなら確実に押し負けている。

「キャハハハハハハ! このままやられちゃうのよね、朱己!」

 狂気じみた顔つき。笑い声。
 心底殺すことを楽しんでいるかのようだ。

 目的の地点にたどり着くと、宙を蹴って一気に上昇する。
 突然上昇した私を、逃さないと言わんばかりに追いかけてくる銀朱。

「今だ!」

 銀朱が私に触れる寸前、銀朱の五感を私の五感に連結させる。
 袈裟斬りするように私の体へ刃を滑らせる銀朱。
 急所を外すようにだけ身をよじれば、気づいたときには彼女が痛みに悲鳴を上げていた。
 しかし、彼女の体は落ちない。
 いや、落ちることができない。
 私の炎の弦で宙釣りになっているからだ。
 少しずつ向きを変えて、斬撃を受け流していたとき。悟られないよう、色とりどりな柱の影を通して、銀朱の体へ巻き付けた弦。
 柱たちの中央で一気に上昇し、柱から弦が抜ければ、引っ張られた弦同士がきつく絡み合い、簡単には解けなくなった。
 弦を絡ませるためといって下降しなかったのは、下に民や香卦良たちがいるからだ。

「私の体の痛みは、どう?」

 私も痛いはずなのに、余裕がないはずなのに。
 私も狂っているのかもしれない。
 いや、元々素質があるのかもしれない。
 あの母の娘なのだから。
 弦を弾けば、銀朱の体を音波が砕く。

「ぎゃあああ!」

 五感の連結を切り、自分の体の傷を治す。
 やはり、あまりセンナに余裕はない。

 銀朱を倒したあと、時雨伯父上が待っている。
 簡単に倒されてくれる相手ではない。この銀朱も。
 そして一瞬で弦が弾き飛ばされた。
 反射的に見れば、血まみれの銀朱が乱れた髪の毛の間から、鋭い目をこちらに向けていた。

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