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第一章 ナルス
個を認めるということ
しおりを挟む血塗れのまま睨みつけてくる彼女は、まるで怒りの炎に焼かれているようだった。
「調子乗ってんじゃないのよ……ねえ、朱己」
簡単には、やられてくれないらしい。
肩を回して、首を鳴らした。
目の前には怒りを露わにする敵。
刀を構えて、宙を蹴る。
センナの残量を考えれば、あまり長いこと戦うわけにはいかない。
自分の属性が水だったら、もっと早く決着をつけられるのに。
自分の片割れである妲音が頭に浮かぶ。
個人戦では一度も勝てない相手。
属性の相性だけではない。
私が仮に剛であるならば、水のようなしなやかさと柔軟性に富んだ姉の力は、正しく柔と言えるだろう。
自分にないものを持つ者への羨望。
それがわからない訳がない。
それでも立っていなければならない。
くじけるわけにはいかない。
私に示された道は目の前にある。
目を開いて、相手を捕らえた。
姿勢を低く銀朱の懐に入り込んだ。
銀朱の刃が容赦なく首に降りかかる。
刃を右手で受け止めてそのまま無効化した。
左手で剣を思い切り突き刺せば、銀朱はそこにはいなかった。
視界に頼らず耳と気配だけを信じる。
剣を持ち替えて左から右へ一文字に斬りつければ、銀朱の胴に埋まった。
「痛いのよねぇ……朱己ぃ」
斬りつけたはずの胴体が、いつの間にか綺麗に治り、私の剣を固定する。
腕を掴まれれば、そのまま音速程の速さで地面へ叩きつけられた。体を強く打ったことにより、一瞬呼吸ができなくなる。
空気を求めるように、少しだけ口を開けた。
「情けない顔してるわよねえ、朱己。もう終わり?」
いつの間にか隣に立っている銀朱は、心底楽しそうに私の胸へ刃を突き立てた。
「がはっ……!」
刃を胸で回転させれば、物理的に穴が開く。
銀朱は容赦なくセンナを握ってきた。
「キャハハハハハハハハ! 朱己のセンナ、丸見えなのよねえ!」
「ぐっ……う……!」
死の恐怖よりも、センナを握られることによる、この全身がバラバラにされるような痛みから開放されたいと願ってしまう。
銀朱の腕を掴みながら、馬乗りになっている彼女を睨みつけた。
「ちっとも怖くないのよね、朱己。この程度なの? 私の原型。話にならないのよね」
そうだ。私は強くない。
強くないからなんだ。
弱いから強くなるために必死なのだ。
時雨伯父上が言うような、特別なんて。
私はただの娘だ。父と母の娘だ。
センナがどうした。私がどうした。
私は特別でもなんでもない。
私は私だ。
私は。
「……ああ、そうね」
少し咳き込んだ。
血の味がしたから。
「……? なに?」
怪訝そうな顔をする銀朱に、感情のない目を向ける。
「私は、弱い」
私の言葉に目を見開いて、すぐに笑い始める銀朱。
「キャハハハハハハハハ! み、認めるなんておかしすぎるのよね! 弱い! そうなのよね!」
目の前の私と同じ顔の彼女は、涙を流しながら、ただただ笑っている。
私の首を片手で掴んで、センナを引っ張られる。
思わず顔が歪んだが、この程度どうってことはない。
「認めるのよね? 原型より私が強いって」
顔が触れそうなほど近づけてきた彼女は、瞳孔が開いているように見えた。
「ええ、強い。……だから、どうした!」
言うと同時に銀朱の両腕を切り落とす。
センナと首が自由になり、急激に流入してくる空気に少しむせた。
「あんたぁあ」
すぐに腕を復活させた銀朱は、容赦なく襲いかかってきた。
「原型とか模倣とかどうでもいい! 私は私! あなたはあなた! あなたは、銀朱でしょう!」
攻撃を受け流しながら怒鳴る。
人に怒鳴ったのは久しぶりだ。
あまり感情を表に出すのは好きでは無かったから。
「……あんた、やっぱり頭がお花畑なのよね」
攻撃をピタッと辞めた銀朱の目には、怒りと諦めと羨望が入り混じっていた。
底知れぬ力を彼女から感じ、静かに構える。
「私達つくりものの、価値をわかっていないのよね」
「価値……?」
怪訝そうな顔をして問い返してしまった。
彼らの思っている価値は、私が思っている以上に複雑で、繊細であることを、私はまだ理解できていなかった。
「あんたには、一生理解なんてできないのよねっ!」
悍ましい憤怒の炎に一瞬で囲まれる。
目の前から斬りかかってきた彼女。
斬撃を予想して、必要最低限の負傷で終わらせることだけを考えた。
体の前で剣を構えた瞬間。
「銀朱様!」
目の前に現れた、一人の影。
私と銀朱の間に無理矢理割って入って来た彼。
よく見知った、彼の顔。
「久岳! 邪魔なのよね!」
「く……久岳……」
思わず言葉が重なった。
銀朱の方を向いて剣を受け止めながら、彼は横目でこちらを見る。
その目は、とても申し訳無さそうに歪んでいた。
「朱己、様……! 今のうちに!」
彼の言葉に我に返り、直様炎の中から飛び出す。少しだけ距離を確保すれば、目の前には久岳に掴みかかっている銀朱が見えた。
「久岳! いくらあんたでも許さないのよね!」
完全に怒りで我を忘れている彼女を、必死に止める彼は、本当に彼女の側近のようだった。
朱公の正体を知ったときから、そうなのではないかと思っていた。まさか、銀朱の側近だったとは。
覚悟していたとはいえ、実際に目の当たりにすると脳みそがついていかない。
「朱己様……! 申し訳、ございません! 私は、銀朱様の側近です。朱公とともに、夫婦と偽ってこの日のためにナルス内へ潜り込みました……っ」
突きつけられる事実を、ただ噛み砕いて飲み込むように、必死に理解しようとする。
理解しようとするのに、どこかに認めようとしない自分がいる。
「久岳!」
銀朱の右手が、久岳のセンナを鷲掴みにした。
久岳は吐血しながらも、銀朱の剣を手放さない。
「朱己様、我々は、つくりものです。つくりものは、造り手や利用者に認められなければ、居場所などない……っ。ぐ、……だが、あなたは我々に、我々として存在することを認め、居場所をくださった!」
「当たり前だ! 久岳は久岳で、朱公は朱公だ! 生まれも育ちも関係ない、私の、大切な側近だ……!」
胸が熱くなる。
当たり前だ。当たり前なのだ。
生まれや育ち、望まれた存在意義で、全てが決まってなるものか。期待に応えることが、どんな重圧に耐えることか知っている。
私を見てほしい、私の肩書ではなく。
私を認めてほしい。
その想いは誰より知っている。
手を固く握りしめれば、それを見た久岳は少しだけ笑って、また血を吐いた。
「朱己様……あのとき朱己様に誓った言葉に、嘘はありません。……がはっ! しかし、私の、本当の主は銀朱様、なのです、……誓いを破ることを、お詫び、申し上げます……!」
ーー「朱己様が望むのならば、必ず生きて帰りましょう」
あの誓いを。そう理解したときには、久岳は深い闇の力を急激に増幅させていた。
「久岳! 何するのよね!?」
彼のセンナを掴んだままの銀朱は、瞠目しながら彼を見上げた。
「朱己様……! 勝手は重々承知、どうか、どうか銀朱様を、止めてください!」
そう叫んだ彼は、深い闇の空間に銀朱ごと落ちていった。
「久岳やめろ! 久岳……!」
直後、闇の空間が閃光を放ち、けたたましい音と衝撃波を生み出して砕け散った。
咄嗟に腕で顔を覆えば、そこには傷だらけの銀朱が静かに立っていた。
「……この愚図。とんだ役立たずなのよね」
吐き捨てるように呟いた彼女は、蔑むような目で、手の中の久岳の粉々になったセンナをその場へ捨てた。
「久岳……」
ーー「ありがとうございます、朱己様」
何度も笑顔で言われた言葉だ。
あの言葉に嘘など無かったと信じている。
下を見れば、朱公が顔を青くして固まっていた。
「とんだ邪魔が入ったわ。仕切り直しなのよね」
そう、彼女が言った気がした。
彼女の言葉など、もう私の耳には届いてなかった。
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