上 下
69 / 239
第一章 ナルス

その願いの先は

しおりを挟む

 跳ねる体。心拍が早くなる。
 不思議と、体中に血が巡るように温かくなっていくのがわかる。しばらくして、視界が随分と鮮明に見えるようになり、周りを見渡せば、自分の腕がちゃんとあった。

「朱己、大丈夫か? わかるか?」

 声の方を見れば、葉季が眉間に深いしわを刻みながらこちらを見ていた。

「葉季。大丈夫、あ……これ返すね」

 右の袖から出したものは、葉季の扇子。
 葉季は驚いたようにこちらを見てから、扇子を受け取った。

「なるほど、それのおかげか」

 香卦良が頷きながらこちらを見ていた。

「これのおかげ?」

 訝しげに葉季が扇子を見ながら問えば、香卦良は笑顔で頷いた。

「これが、最後の朱己の意識を繋いだんだろう」

 正直なところ、私にもわからない。
 ただ、闇の塊が右手にできたあと、どこかへ消えてしまったかとひやひやしていた。
 香卦良が言うには、右手の闇の塊が暴走を食い止めた。そのおかげで体が消え去ることはなかった。
 しかし、闇の塊をセンナに撃ち込んでしまったが故に、魂解きになりそうなところを最後までセンナが抗ったのだという。そして、無意識のうちにセンナが拠り所にしたのが、この扇子だという。

「私の組紐も、同じ役割を果たす。センナに何をされても私が死なないのは、そういうことだ。センナは心に依存する。センナの拠り所ということはつまり、心の拠り所だ」
「センナの拠り所……」
「よく頑張った」

 香卦良から頭を撫でられた。
 少しだけ気恥ずかしい気がしたが、生きていることに感謝した。

「白蓮伯父上、ありがとうございます」

 玉結びをしてくれた伯父上に頭を下げれば、伯父上は首を横に振った。

「君が、頑張ったんだよ。君に埋め込んだセンナは、試作品である寄生型のセンナだ」

 私と葉季が揃って不思議そうな顔をすれば、伯父上と香卦良は顔を見合わせて笑った。

「香卦良に埋め込まれているセンナは、後付……つまり、体のどこかに埋め込むタイプだ。これは、打撃でなければ壊せない。本物のセンナと違ってね。だけど、そうじゃなく本物のセンナに寄生させることができれば、内部に埋め込むことができる。その研究を、壮透がしている最中だったんだ」

「お前のセンナが、私で治せる程度だったら施さなかった。治せるような状態じゃなかったから、使わせてもらった。寄生型は万能じゃない、まだわからないことが多い。拒絶反応が起きる危険も棄てきれない。だから博打のようなものだった」
「一か八かにかけることは、もはや運としか言いようがない。例えやって駄目だったとしても、やらないで後悔するよりはマシだからね。壮透でも同じことをしただろう」
「なるほど……」
「朱己、悪いがゆっくり休んでいられない。そろそろ、壮透が押され始めているからね」

 白蓮伯父上の言葉に空を見上げれば、伯父上の攻撃をかわしきれない父の姿があった。

「朱己、大丈夫なのか」

 不安そうにしている葉季を見て、笑顔で頷いた。

「大丈夫、行けます」

 正直なところ、自分のセンナをどのくらい酷使していいのかわからない。しかし、先程までの朽ち果てそうな状態ではない。

「私達も後方支援する。それだけの力は残っているからね。葉季、君もセンナは香卦良の応急処置を受けただけで全快はしていない。気をつけるんだよ」

 頷いた葉季とともに、父と伯父上の近くへ行く。
 すぐに朱公と兄が駆け寄ってきた。

「朱己様……!」

 涙ながらに回復を喜んでくれた朱公の背中をさすりながら、時雨伯父上に向き直る。

 気がつけば、時雨伯父上を囲うように発生していた十二の柱は、八本まで減っていた。

 父様が伯父上の後付のセンナを四つ砕いたのか!

「ぐっ」

 父が小さく呻き、緑色の柱へ激突した。

「父様!」

 気配がして振り向けば、いつの間にか背中に翼が生えた伯父上の姿があった。

「朱己……お前、暴走はどうした」

 一言聞いただけなのに、言葉から発せられる威圧感が肌を叩いていく。負けられない。ここが、最終決戦になるのなら。手に力を込めて、向き直る。

「暴走は止まりました」

 真面目に答える必要はないのだが、真面目に答えてしまった。元より人離れしていた時雨伯父上の体は、更に人離れが進み、もはや人型ではない。

「白蓮……やってくれるではないか」

 悍ましい形相で白蓮伯父上を見下ろす時雨伯父上は、今にも飛びかかりそうだった。

「兄上。こちらも大人しくやられる訳にはいかない。教えて下さい、私と壮透の記憶をいついじったんです? いや、を、何故兄上が使えるんです、と聞いたほうがいいですかね」

 白蓮伯父上の言っていることは、私の想像を遥かに上回る内容だった。
 宇宙界の各国の長は、それぞれセンナに接触し影響を与える能力を持っていると言われている。
 つまり、隣国ビライトの長の能力は「センナの記憶の書き換え」で、何故か時雨伯父上が使えるのだとしたら。それは普通なら理解し難いことだ。人の力を使うことなどできないはずなのに。目の前にいる化け物になってしまった伯父上には、可能だとでも言うのだろうか。
 時雨伯父上は、にたりと不気味な笑顔で白蓮伯父上を見た。

「よく気づいたな。と。ナルスだけがセンナの研究をしているわけではない。ビライトとて同じこと。この数ある宇宙界の各国の長が、宇宙界での均衡を保つための特異な能力。それらを全て使えるようになれば。すべての国は、自分の支配下になると同義ではないか」

 白蓮伯父上の顔には、いつもの笑顔はない。
 それは隣にいる父も同じだ。

「……つまり、もうビライトは兄上の支配下にあると、そういうことですね」

 突然、高笑いする時雨伯父上。
 白蓮伯父上と対照的すぎる時雨伯父上の顔に、嫌悪さえ抱いてしまうほどだ。

「はぁ、白蓮。お前は昔から利口だ。」

 指の間から覗く目は、猟奇的だった。
 まるでこれから起こることを、心底楽しんでいるかのようだった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います

ととせ
恋愛
「本日この時をもってアリシア・レンホルムとの婚約を解消する」 公爵令嬢アリシアは反論する気力もなくその場を立ち去ろうとするが…見事にすっ転び、記憶喪失になってしまう。 本当に思い出せないのよね。貴方たち、誰ですか? 元婚約者の王子? 私、婚約してたんですか? 義理の妹に取られた? 別にいいです。知ったこっちゃないので。 不遇な立場も過去も忘れてしまったので、心機一転新しい人生を歩みます! この作品は小説家になろうでも掲載しています

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

処理中です...