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第一章 ナルス
行く手を阻む者
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ナルスとビライトの戦線。
最前線の戦闘配置にしては、敵は雑魚ばかりで辟易する。
先程、私は妻を殺した。それでも、センナ自体の消耗が許容範囲内で終わったのは、薬乃のおかげで体の治癒にセンナを使わずに済んだこともあるが、何より法葉がセンナを消耗する前に早く終わらせてくれたからだろう。
群がる雑魚に向かって腕を一振りすれば、目の前の敵一帯は見事に凍りつき、粉々に砕けた。
「壮透、おかしくないかい」
「ええ、前線にしては雑魚ばかりですね」
隣国ビライトは、ナルスの北東に位置する。
ナルス北東の地方、そして中央と、縦長に敵の軍勢が雪崩込んでいる状態だ。そしてここは、中央と地方の狭間。中央に張られている、対能力者用の結界の外側あたり。
六芒は、残りは一人のはず。その六芒が来れば骨も折れるだろうが、来ない。兄上も来ないのは、さすがにおかしい。
「兄上の性格からして、時間稼ぎをあんなにしたんだ、短期決戦に持ち込むと思ったから前線に来たが……どうやら、読みが外れたようだね」
頭を掻きながら隣にいる弟を見れば、同じ考えのようで頷いていた。
「これなら、私達がいなくてもいいね。法華、瑪瑙。君たちどちらかだけでも力を余すだろう」
弟に目配せをして共に中央の執務塔へ瞬移で戻れば、葉季が血相を変えてこちらを見た。
「父上! 時雨伯父上の狙いは、朱己と香卦良です、今朱己が書斎前で戦闘中です」
「なんだって? この執務塔のすぐ横じゃないか! そこまで敵が?」
そんな訳はない。地方と中央との境目から、中央側へは何人たりとも入れていない。
つまりは、内側にいたということ。
そして何より、朱己がそこにいるということは。
「壮透、まずいことになる。朱己は右腕の義手を損傷したままだね。このままだと、力の抑制が出来ずに、朱己の体が先に壊れるよ」
香卦良と共に強奪されるという危険性よりも、朱己のセンナが強大な力故に、体が保たなくなるほうが厄介なことになる。
「夏能、朱己の義手をすぐに作れるか?」
弟がそう目の前の側近に問えば、彼は最大出力で力を練り上げて行く。しばらく底知れぬ恐怖を感じそうな闇に包まれたあと、彼の手に一枚の呪符が生まれた。
「義手はすぐには作れねえ、この呪符を朱己のところへ持ってって、腕にでも貼ってもらうしかねえな」
頷けば、夏能は葉季を見た。
「行って来い、葉季。朱己を頼む」
息子は頷くと、すぐに瞬移で向かった。
その様子を黙って見つめ、卓においてある地図に視線を落とす。
「頭を叩くしか、終わらせる方法はない。兄上がどこにいるかわかれば……」
あの映像を思い返せば、確かに中央にいた。五家の家々を爆破し、木っ端微塵にしたときだ。そして、中央は地獄絵図となった。
今は結界と十二祭冠のおかげで、敵軍を足止めしているが、兄上のことだ、結界など時間稼ぎにもならないだろう。となれば、実質最後の砦は十二祭冠ということになる。
「中央での目的……二条家……香卦良……朱己……」
口に手を当て、呟く。頭の中で反芻する。
国を一から創ると言っていた。
「国を……つくる?」
国を創る。初代長はどう創った?
すべての敵を排除した。兄上の敵、つまりは中央、そして私達のはず。香卦良を狙うということは、実験の記録がほしいのか。いや、兄上は昔から文献を漁っては何かを。
何か? 何かとはなんだ。おかしい。記憶が、途切れている。
「……まさか」
考えられない。そんなことが出来るとでもいうのか。だが、いま自分の脳内で起きている矛盾を説明する術がない。
「兄上? どうされた……」
弟が怪訝そうな顔をして、こちらを見ている。
背中が冷たくなっていく。疑惑が、限りなく確信へ近づいていくような、頭の中の霞が消えていくような感覚。
「壮透。見誤った。私たちは、間違えた」
「……どういうことです?」
手を握りしめれば、血が滲んだ。
わなわなと震える拳は地図を汚した。
「兄上が、ビライトを動かした時点で気づくべきだった。ビライトの長の能力を。私達が、このナルスの長が、魂結びと魂解きの能力があるんだ。ビライトの長にだって、能力があるはずだ。宇宙界の均衡のためにもね。なのに、私にはそれらについての記憶が、ごっそり削り取られているように頭の中にないんだ。壮透、君には残っているかい?」
目を見開く弟は、しばらく固まっていた。目の前の弟の側近も、その息子も、目を白黒させている。
「既に罠に嵌っていたんだ。朱己を狙う理由と、香卦良を狙う理由は別だったんだ。朱己を建国のために使い捨てる。朱己を使ってこの国を民ごと一掃することで、ナルスの国民を消し去ること。そして香卦良から能力を奪う気……もしくは、もっと他に利用するつもりかもしれない」
「……自分が長となり香卦良を従えれば、自分が生まれつき得られなかった、魂結びの能力も容易に手に入るばかりか、宇宙界各国の長の能力だって、場合によっては手に入る……ということですか」
汗が伝う。そうかもしれない。ただの予想でしかないが。相反する属性をセンナに撃ち込めば、暴走させられる。暴走させるためには、センナを揺らしたほうが手っ取り早い。
「兄上は、朱己のセンナを揺するために、何かを仕込んでいる可能性がある。センナが揺れれば、香卦良さえいれば、センナの支配だってできるかもしれない。センナは心に準じる。心が揺れれば、センナも揺れる。心を揺らすための駒こそ、今朱己が戦っている相手かもしれない」
朱己は書斎前。突破されれば、香卦良への道が見つかるのも時間の問題。兄上がどこまで能力を開発しているかわからないが、香卦良のあの空間さえ無効化されてしまうかもしれない。
「……兄上は、書斎前に来るか……?」
何が狙いだ。
何が、この瞬間の兄上の狙いなのか。
「さすが、白蓮だよ」
聞こえるはずのない声が、意識を一瞬で現実に引き戻してきた。考えすぎて幻聴でも聞こえたのかと疑うほど、聞こえるはずのない声。
「だが、これは朱己に渡されては困るのでな。丁重に饗して、壊させてもらったよ」
そう言って、男は手の中で呪符を消し去る。辛うじて形を保っているだけの、私の息子を部屋の中へ放り投げて。
「葉季!」
既にいつセンナが崩壊してもおかしくない程に、センナにはひびが入り、体は見るも無惨な状態だ。すぐに駆け寄れば、目の前には不気味な笑みを浮かべた兄がいた。
「薬乃お手製のこの玉は便利だな。頂戴しておくよ」
葉季を抱きしめる手が震える。
つい先刻、こうやって腕の中で消えた妻を酷く鮮明に思い出させた。
「兄上……あなたという人は……」
葉季に自分が持っている薬乃の玉を渡せば、傷はほとんど綺麗に治った。直後に玉は粉々に砕け散った。それでも、センナの回復はしばらくかかる。むしろ、今打撃を喰らえば、肉体だけでなく葉季のセンナも朽ちてしまう。
兄を睨みつければ、虫けらを見るような目でこちらを見下ろしてきた。
「お前たちも歯向かう敵としては厄介だ。ここで消えてもらう」
言い終わらないうちに、部屋を眩い光が包み込んだ。思わず息子の上に覆い被されば、激しく体が軋み、次の瞬間爆ぜるような音とともに衝撃が辺りを破壊し尽くした。
「ぐっ……!」
せめて、この子だけは。
私に遺された、彼女の唯一の形見なのだから。
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