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第一章 ナルス
籠目のおもてなし(上)
しおりを挟む地面に散らばった蔓。
目の前には性別不詳の長い髪。
「あら、遅かったじゃないの、朱己ぃ」
「籠目……」
つい先日、首を落とした相手。
「やっと殺せるわよぉ! あんたを! あたしは! 殺したくて殺したくて仕方がなかったのよぉ!」
狂った焦点のあっていない目で、嬉々として叫ぶ籠目。すると、籠目の後ろから籠目の頭を叩きながら出てきた、琥珀色の髪の毛。
「バカ野郎。朱己は殺さねえって時雨が言ってただろ」
「親父!」
「夏能殿……」
「おい、高能。父上様って呼べっていつも言ってんだろ? 親父じゃねえよ」
顔面蒼白な高能とは対象的に、面倒くさそうな顔で籠目の横に立っている夏能殿。
「んなこと言ってる場合じゃねえだろ! どういうつもりなんだよ! 壮透様を裏切ったのかよ!?」
青かった顔を、今度は真っ赤にしながら叫ぶ。
目の前の彼の父は、まるでうるさいと言わんばかりに片方の耳を塞ぎながらこちらを見ていた。
叫んで息切れしている高能に対して、夏能殿は静かに怒りを織り交ぜた声で言った。
「勘違いしてんじゃねえよ、俺の主は昔からたった一人だ」
思わず寒くなる背筋。
昔からたった、一人。
「親父……」
絶望したような顔で、少しふらつく高能を葉季が支える。
「お前ら、大人しく朱己を渡せ」
こちらを睨みながら、手を差し出す。
ほら、と手で催促する夏能殿に、高能の隣で葉季が口を開く。その目は、怒りを宿していた。
「夏能殿。すまぬが、お断り申す」
「葉季。てめぇも、死にてえのか」
凍りつく空気。
睨み合う二人に挟まれて、冷たい汗が背中を伝う。
あの時の恐怖が、脳裏をよぎる。
手の感覚を取り戻したい一心で、何度も握った。
「……勝手にしろ。俺の持ち場はここじゃねえ。精々生き残ってたどり着くんだな」
「親父!」
高能には目もくれず、籠目のことをもう一度叩いて夏能殿は姿を消した。
「親父……」
見るからに痛ましい表情の高能は、恐らく今は戦える状態ではない。能力はセンナ次第。そして、センナは心に左右される。葉季も同じく考えているようだった。
「朱己ぃ! あたしの相手しなさいよぉ」
「今度は手加減しない」
構えれば、音もなく葉季が目の前に現れた。
「わしが、相手をしよう。籠目」
「葉季!」
思わず名を叫ぶ。
「さがっておれ。その腕では、まだ難しかろう」
「なぁに? あんたから? ……まあいいわよ。あんたは殺していいんだからね!」
声と同時に葉季へ襲いかかる無数の蔓。
無秩序に至るところへ穴を開け、土煙が立ち込める。私は高能を抱えて安全なところへ移り、炎の薄い膜で防御すると同時に、地鳴りのような轟音を上げて、地面から巨大な蔓の集合体が現れる。
「遠慮しないわよぉ!!」
思い切り振り上げた腕を振り下ろせば、蔓は勢いよく葉季へ襲いかかる。
「あははははははははは! 木っ端微塵になっちゃったぁ!」
おもちゃで遊んでいるかのような笑い声で、何度も腕を振り下ろす。その都度、太い蔓が葉季がいるであろう場所へ突き刺さっていく。
「……風神」
確かに聞こえた一言。
おびただしい数の蔓は一瞬で吹き飛んだ。
籠目は目を見開いて、風をまとう葉季を見つめた。籠目の髪の毛をそよ風が揺らしていく。
「これで終わりか?」
扇子を突き出せば、籠目は顔を真っ赤にして怒りを顕にした。
「なめないでよねぇ!」
地面を割って這い出る人食い花たち。
花弁を開けば、そこには鋭い牙がよだれを垂らして笑みを浮かべていた。
次から次へと、口を開けて突っ込んでくる。
巨体とは思えぬ速さで葉季を襲った。
葉季は身軽に飛んで躱していく。
籠目は興奮した笑みを浮かべながら、人食い花で葉季を挟み込む。
「避けてばかりじゃないのよぉ!」
「疾風!」
凄まじい強さの風が吹き荒れる。
斬撃を繰り出すその風は、地上にあるすべての木々や蔓を亡き者にするかのような獰猛さがあった。
獰猛な嵐の中に不思議と美しさがあり、まるで葉季の芯の強さが現れているようだった。
「ぎゃっ」
濁った声とともに籠目が転げ落ちる。
籠目が顔を上げれば、目の前に扇子を広げた葉季。
「終いか?」
その目に優しさなど一欠片もなかった。
まるで、怒りをたたえた白蓮伯父上のような、冷たい瞳。
「……言ったわよねぇ」
地響きがする。
揺れ動く大地。
ざわめき立つ木々や草花。
静かに顔を上げた籠目の目は、青白く光っていた。
「なめないでよねぇ!!」
けたたましい音と共に大きく裂ける大地。
咄嗟に高能を抱えて飛び上がる。
吹き出す濁流。
人形を成す巨大な土人形。
「遊びはお終いよぉ」
言い終わるかどうかで、葉季に濁流が襲いかかる。
「ぐっ」
濁流はまるで生き物のように葉季に絡みついて離れない。
無理やり風で水を巻き上げ脱出するが、濁流は何度でも葉季を風ごと飲み込む。
「だっ……! なんだこの水は!」
風をまとっているため、呼吸は出来ているようだが、どうにも反撃出来る状態ではない。
このままでは、葉季が危ない。
動悸が早くなる。そして自分が出ていったところで、相性の悪い水属性が相手では苦戦を強いられるだろう。
なにか、なにか。頭の中で必死に方法を探す。
ーー「朱己。仮に、六芒に会ったとき。外付けのセンナを見つけることができたら」
ふと頭をよぎる、白蓮伯父上の言葉。
そう、香卦良のところで言っていた。
ーー「外付けの、可視化、物質化されたセンナは、物理攻撃が効く。逆に、能力による攻撃は効かないことがあるから、早くセンナを砕くが吉だよ」
外付けのセンナを見つけることができれば。
そうだ。それがわかれば。
伯父上の言葉を反芻しながら、センナを必死に探す。
そして狂気じみた笑い声をあげながら、葉季に水を浴びせ続ける籠目の、左目は青白く光っていた。
「葉季! 籠目の左目にあるセンナを砕いて!」
気がついたときには叫んでいた。
しかし、水の中で波に揉まれている葉季には届かない。
どうしたら届く。水の中にいる彼に。
焦る気持ちを抑えつつ、物理攻撃出来るものを探す。
早くしなければ、葉季がもたなくなる。薬乃からもらった玉は、センナを回復できるわけではないから。しかし、私達たちの能力はセンナを消耗させて発動する。
辺りを見渡し、ふと隣を見ればまだ放心状態の高能。この状態の高能を放っていけない。
高能。そうだ。彼は持っているではないか。
彼が愛用している武器。思わず目が輝く。
「高能! クナイを貸して!」
半ば勝手に奪う形で、高能の懐からクナイを取り出す。
立ち上がり、籠目が射程圏内に入るところまで少し移動する。深呼吸しながら、気配を消して。
左手でクナイを持ち、思い切り振りかぶって。
持てる力すべてを込めて投げつけた。
高能のクナイは特注品で、高能の雷以外の能力には反応しない。
つまり、仮に籠目が自分を覆うように何かしらの防御の膜を張っていたとしても貫通するだろう。
予想どおりクナイは籠目の防御をすり抜け、籠目が気がついたときには左目に命中していた。
左目の石に、ヒビが入っていく。
「ぎゃあああ!! なに!」
クナイを引き抜こうと暴れる籠目。
そして、その力によって砕かれ落ちる左目。
同時に、葉季を飲み込んでいた濁流は消えた。
「はぁ、はぁ、は……消えた……?」
葉季は目を白黒させながら、籠目を見る。
目の前には、左目を抑えて膝をつく籠目。
「ぐううううううぅぅうっ……あ、あぁ……っ」
痛みに悶えているのか立ち上がらない籠目に、葉季は未だ状況を把握しきれないながらも構えていた。
「やったわね……朱己いぃいぃぃいいい!」
籠目の目は血で染まり、怒りに満ち溢れていた。
「殺す!!」
叫ぶと同時に、籠目はこちらへ一直線に突っ込んできた。
「朱己!」
葉季の叫び声が、こだまする。
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