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第一章 ナルス
死の恐怖と揺れるセンナ
しおりを挟む夏能殿を止められなかったのは、間違いなく私の力不足だ。でも何故、いつから。繰り返される問が、答えが出るはずもないのに止まらない。
「朱己様!!」
血相を変えて駆けつけた朱公たちによって、薬乃のところへ連れてこられた。涙は全く出ないが、ずっと動悸は収まらず、手の震えも止まらなかった。
夏能殿は、私を殺せたはずだった。
夏能殿の裏切りを止められなかった、自分自身が許せなかった。
四条家の持つ、闇属性を応用させた、対の力。
元々は長に伝わる魂解きと同じ能力を、四条家のうち長の対となる者に与えたと言われている。そのため、四条家は闇属性の者が多い。
現に、夏能殿は闇属性の最高位である闇尉だ。そして、対の力があれば私達二条家のセンナは砕ける。
あの時、時雨伯父上が止めなければ私の首をはねていたはずだった。私の体をバラバラにすることだって、センナを砕くことだって出来たはずだ。
その事実が、私を酷く絶望させた。
死んでいたかも知れないことが、こんなにも。
「……薬乃」
「何? どうしたの。何があったの」
やっとの思いで口を開いた私に、薬乃が手を握って顔を覗き込んでくる。
「死ぬ側の気持ちは、こんな気持ちなんだね……」
息を呑む彼女と、私の側近。私が俯いているせいで表情は見えないが、きっと思い詰めた顔をしているのだろう。
今まで望まずとも遺される側だった私にとって、死ぬことは未知だ。こんなにも絶望にまみれていると思わなかった。
「朱己……」
薬乃が私を抱きしめてくれたが、安心することはできなかった。
誰が敵なのか、誰が味方なのか。
誰が殺す側なのか、殺される側なのか。
また、失うのか。それとも、遺していくのか。
この恐怖と絶望は、私の心をひび割れさせるには、十分だった。
薬乃のところで左手の手当を受けた後、そのまま父の部屋の扉を叩けば、中から入れと返ってきた。
扉を開ければ、そこには白蓮伯父上もいる。
「失礼します。朱己です」
「もう体は大丈夫かい、朱己」
「はい、薬乃のおかげです。右手の義手は破壊されてしまったので、作り直さないといけませんが」
焼いて無理やり止血した腕は、夏能殿の闇属性が残っていて、薬乃の力でさえも傷がうまく治りきってくれない。
「随分と闇属性の無効化を、練り上げて来たものだね」
頷いて答えれば、白蓮伯父上は笑顔で父を見た。
「夏能がこうなった以上、もう先延ばしにはできなくなった。壮透、わかっているね」
父は呼吸さえも静かで、目を伏せていた。
しばらくそのままでいたが、目蓋を上げるとこちらを見てきた。
「夏能がすまなかった。対が居なくなった以上、長を続ける訳にもいかない。近々長は朱己、お前に引き継ぐ」
しばし瞠目した。
父が言いたいことはわかる。対が居なくなった長は、傍から見れば足枷のない無双状態。やろうと思えば独裁政権もできる。父はそれを否定し、私に継ぐと言っているのだ。
「朱己、センナが揺れているよ」
白蓮伯父上が、優しい眼差しでこちらを見ている。それさえも、今は恐怖を駆り立てるには十分だ。優しさが事実を引き連れてくる。
「……夏能殿は、本当に……」
口から出たのに、続く言葉を口から零すことさえ怖い。否、認めたくない。
思わず俯いて手を握りしめれば、治りきっていない傷口が痛んだ。
「朱己。私達は、君と違って対を側近に置いている。これは、対を絶対に手放さないという意思の現れにほかならない」
白蓮伯父上の言葉に顔を上げれば、先程の優しい眼差しはどこかへ消え去り、感情のない瞳がこちらを見つめていた。
「自分の対。長として無くてはならない、分身だ。そして、それが裏切るということは、自分の半身を失ったということなんだよ。それは、長を続けてはいけない最大の理由になる。逆を言えば、長を辞めればいい。……そんな簡単な話でもないんだけどね」
「はい、理解しています」
「そうだね、君にも高能がいるからね。だけど側近としては話が別だ。側近は、死ぬまで側近だからね。対をそばに置くということは、死ぬその瞬間まで共にいる、長で無くなってからも、半身として。そういう誓いなんだ」
「誓い……」
「そう。言いたいことが、わかるかい」
伯父上の目は、少しだけ揺れていた。
私はゆっくり頷くことしかできなかった。
「夏能のこの行動自体は、許されることではない。重罪だよ。しかし、彼の意思に反する、やむにやまれぬ行動であるならば、私達は彼を助ける」
伯父上は父を横目で見ると、目を伏せた。
「最悪は……君のときのように、処刑することになるかもしれないけどね」
その言葉が容赦なく私の胸を抉る。
誰よりも知っている。だから私は、こうちゃんを殺したのだから。いたたまれない気持ちに、私は俯き目を瞑った。
「君の側近を助けられなかったことを、壮透は今も後悔しているんだよ」
予想していなかった伯父上の言葉に顔を上げれば、父の目線とは交わらなかった。父は、伯父上を睨んでいたから。
「兄上。言い過ぎです」
「ははは、すまないね。自分だけ都合いい、なんて思われたら可哀想だと思ってね。まあ、そういうことなんだ。朱己、近々長を引き継ぐことだけ頭に入れておいてくれるかな」
「わかりました」
とはいえ、頭は全く追いついていない。
次から次へと、不安ばかりが押し寄せる。
「それから、話は変わるけど夏采と連絡が取れないんだ」
首を傾げると、白蓮伯父上は考えているようで、口元を指で叩いていた。
「いつもなら、どこまで遠くに行っていても念で話せるんだけどね。昨日から話せない」
「……夏采に限って」
それはない、という言葉が続くかと思ったが、父は言わなかった。夏能殿がこうなったからだろう。
「朱己、夏能や籠目は何か言ってなかったかい」
ふいに時雨伯父上から渡された、刻印の石を思い出す。
「これを渡されました」
しまっていた石を取り出して伯父上に渡せば、伯父上は暫く訝しげに見つめていた。
「この刻印……どこかで……」
伯父上が何やら色々試しているのを、黙って見つめる。どうやら各属性の能力を石にぶつけて、反応するかを確認しているようだった。
暫くすると急に石が光出し、何かを投影し始めた。
「……光属性か……」
見たことのない、石が積まれた場所。
殺風景というよりも、完全に洞窟の中のような場所だ。人が住んでいるようには見えない。
「……! 夏采!」
伯父上が叫んだ先の映像には、血まみれで鎖に繋がれた夏采殿がいた。
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