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第一章 ナルス
瑪瑙の本音と葉季の覚悟
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朱己と父の部屋を後にして、廊下を歩く。
「……改めて、わしは瑪瑙のところへ行ってくる。申し訳ないことをしたからのう」
わしの言葉に朱己も頷きながら俯いた。
「お主のせいではない。わしが自分の想いを、父上から止められたせいにして一度諦めたのがそもそもの原因だ」
結果として瑪瑙に叱咤される事になって、軌道修正できたわけだが。
「瑪瑙のところへは、わしが一人で行く。お主は、まだ休んでおれ」
「そういうわけにはいかないわ、私だって迷惑をかけたのだし……」
大分思い詰めたような顔をする朱己を横目に、しばらく考えていると、朱己の足がもつれた。
「わっ」
「っ危ない……ほれ! まだしばらく寝ておれ!」
咄嗟に受け止められたが、どうやらまだ体の痛みはひいていないようで、歩き方などもぎこちなかった。今日は休むように言い聞かせて薬乃のところへ連れていき、抜け出すなよと念を押した。
「さて、と」
向かう先は、三条家。瑪瑙の元へ。
三条家を訪れると、瑪瑙以外は居なかった。
瑠璃と婚約しているときによく通った家。亡くなってからはあまり来てないからか、随分と久々だ。
昔へ思いを馳せながら、瑪瑙の部屋へ行く。
「瑪瑙。わしだ、葉季だ。話をしたい」
扉を叩くと、しばらくして扉が開いた。
「入って」
「うむ、お邪魔する。すまぬな、突然」
首を振りながら迎えてくれた瑪瑙は、相変わらず整った身なりだった。
「この度は、本当に申し訳ないことをした。すまなかった」
深々と頭を下げる。
しばらく下げたままでいると、瑪瑙が口を開いた。
「……姉様があなたと婚約しているときから、好きだった」
思ってもみない言葉に目を瞠った。
思わず顔を上げた。
「三条家は、代々隠密を家業とした隠尉を担う一族。姉様も例に漏れず、隠尉だった」
そう。元婚約者である瑠璃は隠尉で、わしと外勤のときに敵の襲撃に遭い力を使いすぎて、亡くなった。その後、隠尉はしばらくの間不在だ。
「でも私は、隠密の能力が顕出しなかった。三条家にしては珍しい氷雪系の一強。もちろん、一族の中では役立たずの烙印を押されていた。姉様は守ってくれたけど、風当たりは強かった。でも、あなたは私に分け隔てなく接してくれた。……嬉しかった」
こちらを見ずに、遠くを見ながら言葉を紡ぐ彼女はとても儚い存在のように見えた。
ここにも、虐げられた者がいた。先程父から聞いた話と重なって、心が苦しくなる。
「でも、姉様が亡くなってあなたはここに来なくなった。あなたが辛いときに、私は何もできなかった。やっと十二祭冠になって、肩を並べられると思ったときには、あなたはもう前に進んでいた」
「瑪瑙……」
名を呼んだものの、言葉が出てこない。
今彼女に、何と声をかけたらいいのかわからない。
「三条家当主である父に婚約の打診をしたのは私。まだ葉季が朱己への想いに気づいてなさそうだったから。でも、結果してそれが気づかせるきっかけになってしまったわね。後悔はしてないから、気にしないで」
「あ、ああ……すまぬ」
「なぜ謝るの?」
なぜか。
自分が申し訳ないことをした、気がしたから。
「すまぬ……としか、言えぬ」
目を伏せると、彼女が小さく笑ったのが聞こえた。
「葉季、朱己は私達が支えるべき存在。そして、私に雹尉という道を示し、居場所を与えてくれた恩人。色恋沙汰を経て泥沼になることは私は望んでいない。元々、これは叶わない恋だった。もう私もいい加減前へ進む。だから心配しないで。でも……」
「……でも?」
思わず復唱してしまった。
瑪瑙と目が合うとまた小さく笑い、そして真顔になった。
「朱己を大切にできないなんてこと、許さない。私のことを振っておいて、選んだ相手を幸せにできないなんて許されないからね」
その目は本気だった。人を殺すときのように。
一時でも本気で想ってくれた人がいたという事実と、その人を振って選んだ道だということを再認識する。彼女に向けられた視線を正面から受け止めて、強く頷いた。
「ああ、任せてくれ。二度と一人にはしない」
わしの言葉を聞いて満足したのか、瑪瑙は笑って頷いた。
安心してしまったのか、わしはずっと引っかかっていた懸念を口から漏らしてしまった。
「……十二祭冠にも、謝らねばならんのう」
定期会合で報告し、本番で中止にしたのだから、驚かせたに違いない。
「それなら問題ないわ。もう当日、あなたが出て行ったあと説明済みよ。私があなたを振って、あなたは朱己を選んだと」
「おっ……」
強烈な事実に言葉を失う。
そんなわしが可笑しかったのか、瑪瑙はまた笑った。
「お幸せに」
「うむ、ありがとう。……では、失礼する」
頭を下げてから、部屋を後にする。扉を閉める前に、部屋の中の彼女へ一言。
「わしは、今もお主を大切な義妹だと思っておる。幸せになってほしい」
少しだけ目を見開いてから、瑪瑙は無言で頷いた。
瑠璃。わしも、前へ進む。見ていてくれ。
そう心のなかで誓いながら、三条家の屋敷をあとにした。
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