3 / 239
不穏な一日(中)
しおりを挟むーーー
「おい朱己、さっきのおっさんの魂の核の情報、隠密室からもらってきたぜ」
乱暴に部屋の扉を開けて入ってくるガタイのいい男。
「高能、ありがとう。せめて扉を叩いてくれ、いつもいつも……」
悪態を続けたい気持ちを抑えつつ紙を受け取り、筆で一筆、「中央にて襲撃歴あり」と書き足す。
「それにしても、次代長に刃を向けた男を隠密室が受け取りに来るまでの僅かな時間牢屋にぶち込んだだけで帰すなんざ、壮透様が知ったら、なんて言うかわかったもんじゃねえぞ」
はぁとため息を付きながら、私が仕事している机の端に堂々と腰掛けて腕を組んだ。
「大丈夫。あの程度、大したことない」
苦笑いしながら、書き足した紙を再び高能に手渡した。
「この程度なら、今の身が滅んだ後、回収されたセンナの輪廻の中で、十分浄化できる」
基本的に地方に住む者に、センナの能力が顕在化している者は少ないため、病気や怪我を治すことが出来ずに身が滅ぶ。
センナは、身が滅ぶと、等しく中央の隠密室が管理する格納庫へ回収され、次の体が出来上がるのを待つ。
そして新たな体が作られるとセンナが勝手に体を選び新しい生を送る。ここでは一連の流れを輪廻と呼んでいる。
輪廻を繰り返すことで、センナの汚れが浄化される。
罪を犯せばセンナは汚れ、汚れきったセンナは輪廻では浄化されないため、長が代々引き継ぐ魂解きの力でセンナを抹消する。
その代わり、長には無からセンナを生み出す魂結びの能力も与えられているため、仮に重罪人が増えすぎたとしても民が著しく減ることはない。
「別にわざわざ書かなくても、センナに記録されてんだろ?」
私の手書きの文字が足された紙を、まじまじと見ながら問う彼を一瞥して、私は別の書類に走らせていた筆を止めた。
「半分当たっている。半分間違いだ」
私の言葉に、高能の頭上には疑問符がたくさん浮かんでいる。
「人間たちの中央での犯罪は、センナには記録されない。……さっきの忠告後にもう一回襲ってきたやつがなければ、書く気はなかったんだが……私が能力を発動させたせいで確実に父様には露見したはずだし、ね」
輪廻の仕組みは謎が多く、元々中央以外に住まう者が中央に来て罪を犯すことは想定されていないのか、記録が残らない。長である父がセンナの管理を適切に行うことを誰よりも知っている身としては、犯罪の軽重に関わらず書き記して置かなければならない。少し息を吐き、私はまた筆を走らせる。
「だから特に処するつもりもなかったのに牢獄に連れてって、俺にこの紙取りに行けって言ったのかよ」
目の前の紙を親指と人差指で揺らしながら、高能は感心したように言った。
「悪いな。少しあの者と話しておきたかったというのもあるが、隠密室から改めて父様に報告が入ることを考えると、これらの作業は先にしとくのが大事だから。でもセンナに罪状を記録するとなると今は隠密室長の座が不在だから、わざわざ言いに行かないといけなくて面倒で……ごめんね」
「いや、壮透様はお前が心配してるところはどうでも良さそうな気がするけどな……どちらかといえば、お前が襲われたってことのほうが怒りの矛先だろ」
高能の言葉に苦笑しながら首を横に振る。
長である父に厳しく躾けられてきた私としては、今更父が私をたかだか人間に襲われた程度で心配するとは到底思えない。
「……南の果の村については、気になる話も聞こえてきてたから、中央に乗り込んできたくらいだし何か知ってるかと思っていたが……あてが外れたからな。仕方ない、近々行こうと思う」
そう言うと、高能が訝しげに視線を送ってくる。
「気になる話? てか、おい。まさか一人で行くつもりか?」
彼の問いに答えるべきか迷っているように視線を泳がせると、扉を叩く音がしてすぐに入室を促した。
入室してきたのは隠密室の者で、紙を取りに来たのかと思っていると、少し焦っているように口を開く。
「先程お渡しした紙の者のセンナが、格納庫に回収されました。どうやら、村に帰る道中で何かがあったようです。随行していた隠密室の者たちのセンナも、同じく格納庫に回収されています」
若い隠密室員の報告に、部屋にいた私達は勢いよく立ち上がり目を見合わせた。
村から来た、この紙の男はただの人間。力がない故に襲われたら相手によっては瞬殺だろう。しかし、随行していた者は中央の隠密室だ。しかも二名もつけたのに、だ。
ーー隠密室の者たちは勿論能力者。彼らまでそんな簡単に殺されるとは、一体どういうことだ。能力者に殺されたということになる。
口元に手を当てて考えていると、隠密室から来た彼が口を開く。
「只今別の者を現地に派遣して調査中です。分かり次第、ご連絡いたします」
その言葉を聞いた私は、思わず声を荒らげた。
「だめだ! 戦闘に特化した者でないと危なすぎる。……高能、今日外を見てる十二祭冠に連絡。位置情報は隠密室から送れ。すぐに十二祭冠を向かわせる」
隠密室の者は慌てて頷き、分かり次第ご連絡しますと言って部屋をあとにした。
「朱己、今日の外勤に連絡ついたぜ。今日は葉季と瑪瑙だ」
その名前を聞いて安堵する。すぐに耳に手を当てて二人に話しかける。
「二人共、すまない。すぐに隠密室から連絡が行くと思うが、何者かに民と隠密室の者が二名、殺された。そこへ向かってほしい」
「朱己、案ずるな。相わかった」
それぞれのセンナが持つ力で、念を送り合うことで会話を成り立たせる。
「……なにもないと、いいが……」
呟いた声は深い夜の闇に飲まれて消えていった。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
元邪神って本当ですか!? 万能ギルド職員の業務日誌
紫南
ファンタジー
十二才の少年コウヤは、前世では病弱な少年だった。
それは、その更に前の生で邪神として倒されたからだ。
今世、その世界に再転生した彼は、元家族である神々に可愛がられ高い能力を持って人として生活している。
コウヤの現職は冒険者ギルドの職員。
日々仕事を押し付けられ、それらをこなしていくが……?
◆◆◆
「だって武器がペーパーナイフってなに!? あれは普通切れないよ!? 何切るものかわかってるよね!?」
「紙でしょ? ペーパーって言うし」
「そうだね。正解!」
◆◆◆
神としての力は健在。
ちょっと天然でお人好し。
自重知らずの少年が今日も元気にお仕事中!
◆気まぐれ投稿になります。
お暇潰しにどうぞ♪
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている
五色ひわ
恋愛
ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。
初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。
稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています
水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。
森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。
公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。
◇画像はGirly Drop様からお借りしました
◆エール送ってくれた方ありがとうございます!
転生幼女はお願いしたい~100万年に1人と言われた力で自由気ままな異世界ライフ~
土偶の友
ファンタジー
サクヤは目が覚めると森の中にいた。
しかも隣にはもふもふで真っ白な小さい虎。
虎……? と思ってなでていると、懐かれて一緒に行動をすることに。
歩いていると、新しいもふもふのフェンリルが現れ、フェンリルも助けることになった。
それからは困っている人を助けたり、もふもふしたりのんびりと生きる。
9/28~10/6 までHOTランキング1位!
5/22に2巻が発売します!
それに伴い、24章まで取り下げになるので、よろしく願いします。
結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください
シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。
国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。
溺愛する女性がいるとの噂も!
それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。
それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから!
そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー
最後まで書きあがっていますので、随時更新します。
表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

もふもふで始めるのんびり寄り道生活 ~便利なチートフル活用でVRMMOの世界を冒険します!
ゆるり
ファンタジー
書籍化決定しました!
刊行は3月中旬頃です。
☆第17回ファンタジー小説大賞で【癒し系ほっこり賞】を受賞☆
(書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『もふもふで始めるVRMMO生活 ~寄り道しながらマイペースに楽しみます~』です)
ようやくこの日がやってきた。自由度が最高と噂されてたフルダイブ型VRMMOのサービス開始日だよ。
最初の種族選択でガチャをしたらびっくり。希少種のもふもふが当たったみたい。
この幸運に全力で乗っかって、マイペースにゲームを楽しもう!
……もぐもぐ。この世界、ご飯美味しすぎでは?
***
ゲーム生活をのんびり楽しむ話。
バトルもありますが、基本はスローライフ。
主人公は羽のあるうさぎになって、愛嬌を振りまきながら、あっちへこっちへフラフラと、異世界のようなゲーム世界を満喫します。
カクヨム様でも公開しております。

5歳で前世の記憶が混入してきた --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--
ばふぉりん
ファンタジー
「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は
「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」
この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。
剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。
そんな中、この五歳児が得たスキルは
□□□□
もはや文字ですら無かった
~~~~~~~~~~~~~~~~~
本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。
本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる