朱色の雫

弦景 真朱(つるかげ しんしゅ)

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不穏な一日(中)

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ーーー

「おい朱己、さっきのおっさんの魂の核センナの情報、隠密室からもらってきたぜ」

 乱暴に部屋の扉を開けて入ってくるガタイのいい男。

高能こうのう、ありがとう。せめて扉を叩いてくれ、いつもいつも……」

 悪態を続けたい気持ちを抑えつつ紙を受け取り、筆で一筆、「中央にて襲撃歴あり」と書き足す。

「それにしても、次代長に刃を向けた男を隠密室が受け取りに来るまでの僅かな時間牢屋にぶち込んだだけで帰すなんざ、壮透そうとう様が知ったら、なんて言うかわかったもんじゃねえぞ」

 はぁとため息を付きながら、私が仕事している机の端に堂々と腰掛けて腕を組んだ。

「大丈夫。あの程度、大したことない」

 苦笑いしながら、書き足した紙を再び高能に手渡した。

「この程度なら、今の身が滅んだ後、回収されたセンナの輪廻の中で、十分浄化できる」

 基本的に地方に住む者に、センナの能力が顕在化している者は少ないため、病気や怪我を治すことが出来ずに身が滅ぶ。

 センナは、身が滅ぶと、等しく中央の隠密室が管理する格納庫へ回収され、次の体が出来上がるのを待つ。
 そして新たな体が作られるとセンナが勝手に体を選び新しい生を送る。ここでは一連の流れを輪廻と呼んでいる。
 輪廻を繰り返すことで、センナの汚れが浄化される。

 罪を犯せばセンナは汚れ、汚れきったセンナは輪廻では浄化されないため、長が代々引き継ぐ魂解きの力でセンナを抹消する。

 その代わり、長には無からセンナを生み出す魂結びの能力も与えられているため、仮に重罪人が増えすぎたとしても民が著しく減ることはない。

「別にわざわざ書かなくても、センナに記録されてんだろ?」

 私の手書きの文字が足された紙を、まじまじと見ながら問う彼を一瞥して、私は別の書類に走らせていた筆を止めた。

「半分当たっている。半分間違いだ」

 私の言葉に、高能の頭上には疑問符がたくさん浮かんでいる。

「人間たちの中央での犯罪は、センナには記録されない。……さっきの忠告後にもう一回襲ってきたやつがなければ、書く気はなかったんだが……私が能力を発動させたせいで確実に父様には露見したはずだし、ね」

 輪廻の仕組みは謎が多く、元々中央以外に住まう者が中央に来て罪を犯すことは想定されていないのか、記録が残らない。長である父がセンナの管理を適切に行うことを誰よりも知っている身としては、犯罪の軽重に関わらず書き記して置かなければならない。少し息を吐き、私はまた筆を走らせる。

「だから特に処するつもりもなかったのに牢獄に連れてって、俺にこの紙取りに行けって言ったのかよ」

 目の前の紙を親指と人差指で揺らしながら、高能は感心したように言った。

「悪いな。少しあの者と話しておきたかったというのもあるが、隠密室から改めて父様に報告が入ることを考えると、これらの作業は先にしとくのが大事だから。でもセンナに罪状を記録するとなると今は隠密室長の座が不在だから、わざわざ言いに行かないといけなくて面倒で……ごめんね」
「いや、壮透様はお前が心配してるところはどうでも良さそうな気がするけどな……どちらかといえば、お前が襲われたってことのほうが怒りの矛先だろ」

 高能の言葉に苦笑しながら首を横に振る。
 長である父に厳しく躾けられてきた私としては、今更父が私をたかだか人間に襲われた程度で心配するとは到底思えない。

「……南の果の村については、気になる話も聞こえてきてたから、中央に乗り込んできたくらいだし何か知ってるかと思っていたが……あてが外れたからな。仕方ない、近々行こうと思う」

 そう言うと、高能が訝しげに視線を送ってくる。

「気になる話? てか、おい。まさか一人で行くつもりか?」

 彼の問いに答えるべきか迷っているように視線を泳がせると、扉を叩く音がしてすぐに入室を促した。
 入室してきたのは隠密室の者で、紙を取りに来たのかと思っていると、少し焦っているように口を開く。

「先程お渡しした紙の者のセンナが、格納庫に回収されました。どうやら、村に帰る道中で何かがあったようです。随行していた隠密室の者たちのセンナも、同じく格納庫に回収されています」

 若い隠密室員の報告に、部屋にいた私達は勢いよく立ち上がり目を見合わせた。
 村から来た、この紙の男はただの人間。力がない故に襲われたら相手によっては瞬殺だろう。しかし、随行していた者は中央の隠密室だ。しかも二名もつけたのに、だ。

 ーー隠密室の者たちは勿論能力者。彼らまでそんな簡単に殺されるとは、一体どういうことだ。能力者に殺されたということになる。

 口元に手を当てて考えていると、隠密室から来た彼が口を開く。

「只今別の者を現地に派遣して調査中です。分かり次第、ご連絡いたします」

 その言葉を聞いた私は、思わず声を荒らげた。

「だめだ! 戦闘に特化した者でないと危なすぎる。……高能、今日外を見てる十二祭冠じゅうにさいかんに連絡。位置情報は隠密室から送れ。すぐに十二祭冠を向かわせる」

 隠密室の者は慌てて頷き、分かり次第ご連絡しますと言って部屋をあとにした。

「朱己、今日の外勤に連絡ついたぜ。今日は葉季ようき瑪瑙めのうだ」

 その名前を聞いて安堵する。すぐに耳に手を当てて二人に話しかける。

「二人共、すまない。すぐに隠密室から連絡が行くと思うが、何者かに民と隠密室の者が二名、殺された。そこへ向かってほしい」
「朱己、案ずるな。相わかった」

 それぞれのセンナが持つ力で、念を送り合うことで会話を成り立たせる。

「……なにもないと、いいが……」

 呟いた声は深い夜の闇に飲まれて消えていった。
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