朱色の雫

弦景 真朱(つるかげ しんしゅ)

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第一章 ナルス

二人の霊獣

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 数日経ち、薬乃の部屋へと二人の様子を見に足を運んだ。

「ふたりともいるか?」
「先日は、ありがとうございました」

 私が部屋に入るやいなや、深々と頭を下げる二人。見違えるほど髪も肌も艶々になり、頭の折れた角や耳が無ければわからなかっただろう。

「元気そうで何よりだ。センナも少し回復してきたようで良かった」

 思わず顔が綻ぶと、二人も微笑んで頷く。
 二人とも表情が柔らかくなったのも、薬乃くすのの人柄のおかげで警戒心が解けてきたということなのだろう。他愛もない話をしていると、奥から出てきた薬乃が私に気づき並んでいる二人を見やる。

「ああ、朱己。いらっしゃい。それにしても、朱己と朱公は髪の色も似てるわね、背丈も」

 言われてみればそうかもしれない。改めてまじまじと見てしまってから、薬乃の発言の意図を理解した。

「……これは確かに、側近向きかもね」

 ぼそっと聞こえないように薬乃が呟いた声は、勿論私には聞こえていた。
 見れば見るほど、私と背格好も似ている。
 角こそ私にはないが、おそらく本来持ち合わせる力を持ってすれば、角を隠すことも他愛もないだろう。そんなことを考えながら、私は彼らの方を向き、改めて問う。

「改めて確認するが、二人さえ良ければ、私の側近として仕えてくれるだろうか?」

 数日前、二人が話せる状態になってから、二人には私の側近になってもらいたいこと、断ってもこの中央には住まわせられるため、これまでのような迫害は受けずに済むこと、私の側近となれば身の危険もある事。それらを話した上で判断してほしいとお願いしていた。
 大分体が回復してきたことを確認し、改めて聞いたのは、もし断っても、すぐに中央の空き家へ引っ越しさせられれば、私の側近の候補という好奇な目にさらされる必要もないと考えたためだ。
 二人は意思を固めたように頷き、即答した。

「勿論です。微力ながら、お仕えさせて頂きます。ご指導よろしくお願いいたします」

 彼らの言葉に自然と私も笑みがこぼれる。
 薬乃も少し微笑んだ。薬乃は私の乳母で、生まれたばかりの頃からずっと私のことを見守ってくれていた。薬乃の娘、枝乃しのは、私の側近として生まれた頃から仕えていた。しかし、敵との戦闘により命を落としていたため、私は彼女にとって実の娘よりも長く一緒にいる存在だ。

「側近を失って、落ち込んでいた朱己を長に向いてないとか言ってきた奴らもいたけど……さすが朱己、もう大丈夫そうね」

 薬乃は、勿論後継者をどうするか決めるのは時の長と本人な訳で、周りがとやかく言えることじゃないんだけどね、と付け足した。
 薬乃が心配してくれていることは、痛いほどわかっている。薬乃自身も娘を失って苦しんできたのに、だ。

「私の側近は、今までに二人亡くなっている。センナも砕け、蘇ることも不可能だ。そうなることが無いよう、私も二人を守る。だから二人も私についてきてほしい」

 本来なら、主たるもの「主を守って死ねるなら本望と思え」と言うくらいの強靭な心持ちでなければいけないのかもしれない。
 薬乃は言葉を聞きながら視線を落とした。
 私の発言の捉え方は三者三様だろう。しばしの沈黙の後、久岳が口を開いた。

「朱己様に一度救って頂いた命ですから、お守りした結果失ったとしても悔いはございません。しかし、それにより朱己様が悔やまれるのであれば、必ず生きて帰りましょう」

 その言葉に、私と薬乃は目を見開く。
 ーーああ、そうか。私が欲しかったのは、この言葉なのかもしれない。

「……私の勝手な心配も杞憂に終わりそうね」

 薬乃はそう言うと、小さく笑い、踵を返して手を振った。薬乃の深紫の髪が綺麗にたなびく。

「はいはい、おめでとう。そしたら朱己、しっかり育てなさいよ」

 その言葉に頷き、私も二人を見てよろしく、と言った。

---

謁見の間

「……と言うわけで、彼ら霊獣二名を新たな側近に迎えます」

 父である長に報告にやってきた。いつものことながら物音一つないせいで耳が痛くなりそうな空間に、まるで重力を数倍にされたかのような圧を感じる空気はいつまで経っても慣れない。

 黒く長い、綺麗に束ねられた髪を揺らすことなく目の前の長は彼らを見ている。

「……霊獣か」

 負けてはならない、と思いつつも、すぐに声が出ない。

「はい」

 やっとの思いで絞り出した声はすぐに消えていく。もっといい回答があるだろうに、返事をするのがやっとだ。能力の圧ではなく、存在感の圧。
 そんな空気を壊すかのような豪快な笑い声がして、体が大袈裟に跳ねる。顔を上げると、そこにはいつの間にか父の側近、夏能かのう殿がいた。

「ガハハハ、流石朱己。定期会合からものの数日で二人も連れてきたな! 壮透には出来ねえ技だ。はーーっ、腹が痛え」

 涙が出るほど笑っている。自分の後ろにいる二人も呆気にとられているようだった。

「夏能殿」
「俺はいいと思うぜ、朱己。自分で選んで決めてきたんだろ。壮透はどうだよ」

 暫く笑っていた夏能殿が言うことを、本心なのかまだ笑われている延長なのか、と慮っていると、父が静かに口を開く。

「……センナが回復した後、センナを見せろ。今のセンナでは話にならん」

 思っていた反応ではなかった言葉に、少し驚いて目を見開く。私が固まっていると、父が返事を促すように視線を合わせてきた。慌てて返事をする。

「かっ……かしこまりました」

 下がれ、と言われ、そのとおりに謁見の間を後にする。

ーーー

 しゅきが、やっと側近を連れてきた。
 彼らが出ていったあと、じとっと夏能を睨む。

「おい、あそこで笑う必要は無いだろう」

 その一言にまた彼はバカ笑いする。額に手を置いて深いため息をつくこちらを尻目に、夏能は涙を拭いながら言った。

「あの空気じゃ、朱己は黙ったままになるだろ。それに、壮透に対して繊細でビビりなあの朱己が連れてきた側近が、れ、霊獣だとは思わなくてな、くくく……思い切ったことするじゃねえか」

 夏能は、霊獣に偏見があるから笑っているのではない。我ら五家の者たちは、霊獣を飼っているが、それは荷物を運んだり、偵察時乗せてもらったりということしかさせない。
 霊獣を戦闘に連れて行く、側近として迎えるなどはあり得なかった。霊獣にそこまで求めていないというのもあるが、戦闘に向いている能力を持ち合わせていることがないからだ。

「戦闘に向く稀な霊獣を見つけて、なんなら普段は人型でいるってことなんだろう。よくあんな霊獣を見つけてきたな、と思ったら、おかしくてな」

 それも、父である私に見せるには、相当な勇気もいったことだろう。五家の者である必要はないと思ってはいたが、従兄弟の葉季ようき同様、地方の果ての村で見つけてくるとは。
 葉季の側近の男は人間だったが、珍しくセンナの能力が開花した者だった。
 隣りにいる夏能も、同じことを考えているらしく、つくづく、最近の若い者は面白いと言って口角が下がらないようだった。

「……まあ今回のは、定期会合で話題になった怪物の正体があれだったわけだが、朱己が飼いならせるのか見物だな」

 先程と打って変わって、真面目な顔をした彼は、またも自分と同じことを考えているらしい。つくづく気の合う男だ、と思う。
 果ての村の人間たちが、怪物と言ったのも無理はない。あれは霊獣の中でも稀有な存在。
 そこらへんの落ちこぼれた五家の人間や、中央に住む人間たちよりも余程能力的に上をいく素質がある。
 夏能が何やら楽しそうな顔をしていたため、思わず夏能、と呼び軽く睨むと、片手を上げて悪いと笑ってきた。心底面白がっている側近に軽くため息を付き、玉座に座ったまま少し目線を上に上げる。

「……我々の時代はもうすぐ終わる。朱己達に引き継いだ後のことは、朱己達の好きにしたらいい。それをともに考え、悩み、支え、行動できる者であるならば人だろうと霊獣だろうと好きにしたらいい、と思っている」

 だがそうなるためにも、今できること、今自分たちがやっておかねばならぬことはやらねば。
 朱己のことを快く思っていない連中もこの中央にはいる。名実共に長となるには、臣下や民がついてくるようなならなければならないし、そうでなければ国は滅ぶ。

「素質があるだけでは駄目だ。力は使うもの。思い通りに使うことができてこそ、一人前。あの者たちに、自分の力を使いこなすだけの能力があるか、確かめさせてもらわなければ。朱己に従いていける者なのか」

 目線を落とし、呟く。そんな私を横目に、隣りにいる男はなにか言いたげに口の端を上げる。

「だからさっきセンナを見せろと言ったのか?」

 わかっていることをあえて聞いてくる。思わず面倒くさそうに彼を一瞥して、息を吐き出してから頷いた。
 彼は、半ば呆れたように、腕を組んで上に伸ばし、あくびをしている。
 夏能の橙の髪の毛が窓から射し込む日に当たり、琥珀色に輝いていた。
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