朱色の雫

弦景 真朱(つるかげ しんしゅ)

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第一章 ナルス

南の村の怪物

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「すっかり昼になってしまったのう」

 噂の南の村についた頃には、すっかり太陽も昇り、昼になろうとしていた。日差しは暑くなってきたものの、まだ吹く風は涼しく、歩くに苦ではない気候だったのが幸いだ。
 南の村や東の村のような荒れた地域に行く際には、基本怪しまれぬよう村人の格好をして行くことが多い。
 前来た時よりも、少し荒れているような気がしたのは、村人の服が破れている者もいれば、髪が乱れ、壊された家の前でただ朧気な瞳で佇んでいる者もいるせいだろうか。

「こんなに荒れているとは、一体……。あの男が中央に乗り込むのも無理はないわね」

 思わず声が漏れた。
 私が少し考えて黙っていると、葉季ようきが無言で肩を叩いてきた。振り返ると指を指している。

「あの家、村人がよってたかっておる。なにやら怪しくはないか?」

 指さしている方向へ視線を移すと、十数人ほどの村人が、村の外れにあるいつ倒壊してもおかしくないほど傾いた民家に石を投げたり罵詈雑言を投げかけたりしていた。
 直様、葉季はかいに目配せをすると、彼は頷き村人の近くまで行った。少し観察をした後、そこにいる村人に話しかける。

「一体、何かあったのですか?」

 顔を真っ赤にして怒鳴っていた村人は、自分よりも、遥かにでかい男から声をかけられ、一瞬目を見開いた後、この家に怪物が住み着いてると言った。

「怪物? ですか」

 戒の質問に村人は続ける。

「最近、何処からともなくやってきたんだ。人間じゃねえ髪の色と、肌の色をした怪物夫婦だ。最近この村のあらゆる作物が、不作なのもやつらが来たからだと、みんな言っている。早く出ていってもらいたいんだ。中央に行った仲間は帰ってこねぇし、全部中央のやつらが悪いに違いねえ!」

 そうだ、そうだ。と口々に同意する村人たちの姿を見て、私と葉季は顔を見合わせた。
 髪の色と肌の色が違うだけで、ここまで村人たちがよって集って、追い出そうとするだろうか。それとも、そうでもしなければならないほど、村人たちの鬱憤が晴らせないのだろうか。
 そして、中央に住む者たちへの、不満が爆発寸前なのがひしひしと伝わってくる。

「葉季、私も言ってくる」

 そう言い、彼の返答を待つでもなく、村人たちのところへ行く。葉季は自分の千草色の髪の毛を少しかき、考え事をしていた。

ーーー

 朱己の背中を、視界の隅で見送りながら、頭の中で考えを巡らせる。
 本当に、そやつらはたまたまこの村へ来たのか。
 ふむ、と手を口に当て、しばらくその場から動かなかった。
 しばらくして、村人たちが静かになっていることに気づき、はて、と見ると、村人たちは皆一様に黙って家の方を見ているだけだった。
 ーーさっきまで騒いでいたのが嘘のようだ、何かあったのか? 
 怪しい、と思っていると、戒が小走りでこちらに来た。

「朱己様が、例の家にお一人で……」

 一瞬顔が凍り、その後深いため息をついてしまう。
 ーーいや、昔から彼女はそういう奴だ。慌てるな。
 自分に言い聞かせつつも、もし万が一のことがあれば困る、考え事をしていて任せたのは自分だ。

「戒、家の周りを確認せよ。罠であることも考えられよう」

 御意、と言って瞬移で家の横へ移動する。葉季も遅れを取らず移動し、家の裏側へ回る。一見、怪しいところはない。

--朱己よ、憎悪に飲まれてくれるなよ。

 そう願いながら、少しでも中で怪しい力の動きがあれば即突入すると戒に合図し、息を潜めた。

---

「いきなり申し訳ない。あなた方のことを教えてはもらえまいか? 私は朱己と申す。あなた方は一体どうしてここへ?」

 わびしいという言葉では、語れないほど無惨な家には、拾ってきたようなひび割れた板でできた卓と、麻の破れた服を繋ぎ合わせたらしい絨毯が置かれていた。

 卓の向こうには件の夫婦。どこからどう見ても普通の姿形の夫婦とは言い難い、角。度重なる迫害に心身ともに、追い詰められているのか、大層やつれているように見えた。
 少しの間の後、夫のほうが口を開いた。

「……私達は東のほうの村におりましたが、そこでも、この見た目のため受け入れてもらえず。そんな時に中央にお住まいの、二条家だと名乗る方に、この村なら我々のような霊獣を、受け入れてもらえると聞き、此処へきました」

 聞こえた名前に目を見開く。勢いよく身を乗り出し、片膝を立てた。

「二条家? 今、二条家と言ったか。その二条家の者の名前はわかるか?」

 二条家を名乗る偽物と考えるのが妥当だが、もしかすると私の婚約者を陥れたあの伯父の仕業かもしれない。やりかねない、あの伯父上なら。

「申し訳ございません、わかりません」

 私が乗り出したのを見て、少し驚きながら弱々しく答える。私も彼らの様子を見て、すぐに体勢を戻した。

「すまない、驚かせてしまって。本筋ではないな、話を続けてくれ」
「は、はい……。しかしながら、その方に教えられたとおりに此処へ来るもつかの間、私達の見た目だけでここの隅の家へ追いやられ、毎日のように追い立てられています。しかし、此処を出ても行く宛がないのです」

 やつれた顔を見合わせて、夫婦は憔悴しきった様子で朱己を見た。罠かもしれない。だが、今は彼らが言う「二条家」と名乗った者に嵌められた被害者だと考えたほうが合点がいく。
 何より、センナに残っている力が異常に少ない。センナの力の安定には精神力も関係してくるため、精神的に追い詰められセンナが弱ってしまったのだろう。

「あなた方は人間ではないな。今後、なんの特殊な力を持ち合わせない、人間のいる村を転々としても平穏は訪れないと思う」

 私は、これ以上彼らに、精神的負荷をかけないよう、なるべく穏やかに話を進める。

「あなた方のセンナがもつ、潜在的な能力には光るものがある。何か、貢献できる力は覚えがあるか?」

 夫婦は暫く俯いていたが、ふと女のほうが口を開いた。

「……私は、元々気配を消して、生きておりました。最近は力が弱ってしまい、姿さえも隠せませんが……」

 思わず口角が上がった。
 姿、気配を消せる。
 もしかしたら、彼女は隠密の素質があるかもしれない。今は空席となっている、隠尉いんいの地位に昇りつめられることも可能かもしれない。
 元々隠密の能力は、誰にでも手に入れられるものではない。本来、力をつければつけるほど基本的には目立つため、力を隠すという能力は別でつける必要がある。しかし、隠密の能力を持つ者は、最初から力を隠すことなど気配を消す中で難なく出来ることが多い。
 素質は悪くない、あとは育てるだけ。そう思ったら、勝手に口角が上がってしまったのだ。

「実は、私は二条家の人間だ。我々中央に住む五家の者は、基本的にセンナの能力を扱うことができる。故にここにいる人間たちのように、何もできないからこそ畏怖の対象としてあなた方を見る、ということははない」

 夫婦は一瞬目に殺気が宿ったが、私の目に偽りがないことを見たのか、すぐに納めてくれた。

 勿論その一瞬の殺気は、外にいる二人も感じ取っていて、危うく突入するところだったが気を飛ばして外の二人を制止した。

「あなた方に提案がある。私と、一緒に来てはくれまいか。勿論、あなた方の安全と安寧は保証する、あなた方を騙した者が本当に二条家の人間であるなら、私が探し出して必ず罰そう。如何だろうか」

 よく見れば、うっすらとだが女には折られた角、男には狐のような耳がはえている。この姿であっても、五家の住まう中央には霊獣も沢山住んでいるため偏見は無いだろう。
 暫くの沈黙の後、重い口を開いたのは、女のほうだった。

「……ご一緒させて頂いても、よろしいでしょうか」

 私を真っ直ぐ見つめて、真意を探っているようだった。同じように真っ直ぐ見返して、少し頬を緩め頷く。

「ありがとう。必ず、悪いようにはしない。約束しよう」

 その言葉で、少し緊張の糸が緩んだのか男が口を開く。

「まだ、名乗っておりませんでした。失礼致しました。私は久岳くがく、妻は朱公すこうと申します」

 そう言って、二人は頭を下げた。

「私も朱だ、これもなにかの縁。よろしく頼む」

---

 その後、葉季と戒に事情を説明し元々大してない二人の荷物をまとめた。
 家の前で群がっていた村人たちに、我々が連れて行く旨を説明して帰路についた。
 憔悴しきった二人に、歩いての帰路は辛かろうと、私が二人を抱えて瞬移で帰ろうとしたのを見て葉季が直様一人抱き抱えた。

「片方はわしが運ぶ、少しは頼れ」

と言って手を貸してくれた。

 また、戒も「私がもうひとりを運びますので、朱己様はお荷物お願いします」と言い、結局一番軽いものを持つことになった。

 帰ったあと、彼らの治療のため母の側近薬乃くすのの元を訪れた。
 簡単に事情を説明し、治療をお願いする。
 彼女は閑響かんきょうという特異な役職で、冠婚葬祭の際の音響だけでなく、その音楽で治癒治療ができる。治療は彼女に任せるのが一番早い。

「全く、霊獣拾ってきてどうするつもり?」

 薬乃が半ば呆れたように尋ねる。私が父から、側近を急かされているのは知っているため、陰ながら心配してくれている一人だ。

「彼らを側近にする」

 予想の斜め上の回答だったのか、薬乃は咳き込んだ。息を落ち着けてから、もう一度聞く。

「あんた、側近て、まさかとは思うけど……光蘭の後任にって言ってんの?」

 私は勿論、と笑って頷く。
 色々言いたい気持ちを削がれたのか、好きにしな、でも壮透はちゃんと説得しなさいよ、と念を押された。

「とりあえずは、彼らの回復を待って、能力を確認して今後を決める。じゃあ、よろしくお願いします」

 そう言って、頭を軽く下げると私は部屋をあとにした。
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