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第一章 ナルス
妲音と朱己(閑話)
しおりを挟む今から二十年程前--。
「壮透様、双子でございます……」
長に着任したばかりの頃、生まれた双子。
最愛の妻、法華の命懸けのお産で生まれた女子の双子を見て、無事を安堵するも、側近や医者たちは顔を青くしていた。
「壮透、とてもかわいいですよ。宝物が二人、増えましたね」
皆が一様に無言の中、法華が笑顔で口を開く。
「……ああ。そうだな」
妻の言葉に頷く。忌み嫌われる双子であっても、大切な娘であることに変わりはない。
そして生まれたばかりの赤子のセンナにそっと触れ、全属性か否かを確認した。けたたましい泣き声を上げながら、肺に空気を必死に入れる赤子たちを見ながら、普段は冷徹な表情だと言われる私であっても自然と笑みがこぼれた。
一人目、女子、全属性の反応は微弱。育て方次第か、と思いながらも一度離し、二人目に手を伸ばす。その瞬間、まるで電気に触れたかの如く、弾かれたような鋭い痛みが走り、反射的に手を離した。
「なんだ、今のは……」
思わず声に出てしまった。言葉を失うほど驚いた。出産後、まだ息が上がっている妻も不安そうに見つめているのがわかったが、どう答えたものか、言葉が見つからない。
ーーもう一度、もう少し警戒しながら触れてみるか、いや、触れずとも判っている。この子は全属性だ。そしてあの色は……。
「妹は色名とする。姉は平名だ」
ーーー
やっとの思いで生まれた双子のわが子。
夫である壮透の顔はけして晴れやかではない。
平名、つまり姉は後継者の候補にはならない、そう理解して、思わずそこに居る全員の息が漏れた。
双子と判った時点で、何処かで昔話のようになるのでは……と不安に思っていたが、全属性でないのならば、と胸を撫で下ろした。
それにしても、先程の夫の顔はどうしたのだろう。
まるで弾かれたような、手を噛まれたような顔をしていた。そして色名、全属性であることは確かだが、このそこはかとない違和感は何なのだろう。言葉にはしないが、不安が残った。
「名は、どうしますか。壮透。平名であれば、女児ですから音を入れましょう」
できるだけ不安を隠すかのように、明るめの声音で話しかける。壮透も難しい顔から少しだけ柔らかい顔になり、頷いた。
「構わない。……色名は朱にしたい。触れた瞬間に弾かれた故あまりしっかりとは見てないが、その時に過ぎったのが朱であった」
夫が少し考えてから案を提示してきたのを、私は笑顔で受け入れた。
「いいですね。この子の髪の色も心なしか朱く見えますし、それでは朱己と名付けましょう。姉は、妲音は如何でしょうか」
ある程度名前の候補を考えていたのか、とでも言いたそうな、半ば意表を突かれたという顔をしながら、頷いていた。
「いい名だ。そうしよう。……して、意味は」
夫が言いかけて、口に手を当てた。どうやら言い始めてから、肯定したあとに聞くことではない、と思ったのだろう。
そんな夫を見て、少し頬が緩んだ。
「妲、旦という字は日が地平線から昇る様子を表した字、太陽のように輝く才で妹の進む道を照らしてくれましょう。朱己の己は、長の一番の敵が自分自身であることはあなたが一番よくわかっていることではありませんか」
豆鉄砲を食らったような顔をした夫を見て、先程よりも笑みがこぼれた。
夫は普段何も言わないが、自分自身の敵が自分自身であることを常々意識していたように思う。そして、おそらくそれは妻である自分にも隠していたいことなのだろうし、もっと隠していたいこともあるだろうが、私にとってすれば、隠すなど到底意味をなさない。
「……いい名だ」
二人の宝の頬を撫でながら、夫とこれからに思いを馳せる。この子たちがいく末も、どうか願わくば平穏な世であるように。
「ありがとう、法華。ゆっくり休め」
産後の体は本当にボロボロであるのは、センナを読まずともわかるのか、夫は周りの者に目配せをして、休息の準備を促し部屋をあとにした。
ーーー
部屋を出た主に続いて、部屋を出た。先を行く壮透に足早に近づく。
歩き続けながら、主に追いつくやいなや話しかけた。
「さっきセンナに触れたとき何が起きた?」
「……夏能。見ていたか」
いつも簡潔に、聞きたいことだけ聞く。要領の良し悪しではないのだが、聞きたいことを簡潔に聞くほうが無駄がないから好き好んでそうしている。
主はまるでなんと言ってみたものか、と少しばかり考えているのか、少しの沈黙が流れたあと、ゆっくり口に出した。
「手が弾かれた」
思いもよらない主の解答に目を見開く。手を弾かれるなど聞いたことがない。いや、おそらく本人も初めての体験だ、聞かずとも判った。顔にそう書いてある。
矢継ぎ早に問いたい、逸る気持ちを抑えて次の言葉を待つ。主は言葉を選んでから、ゆっくりを口を開いた。
「私よりも、おそらく屈強なセンナを持っている。センナの優勢属性も、能力値も計測できなかった。そう遠くなく、あの子の力の制御を考えなければならない。腕を落とすか……何か」
腕を落とす、文字通り切断するということだ。
基本的にセンナの能力は発動時には四肢に力が分散するため、片方、もしくは両方の腕を切り落とし、傀儡を代わりにあてがうことで、力の最大出力を下げ、センナや肉体の崩壊を防ぐ方法として用いられる。
「まだ生まれたばかりの赤子では、力の制御などできるはずもない。体が力に耐えかねて崩壊する前に何か手立てを考えなければならない」
神話のような話だ、とさえ思った。力が暴走するなど、初代長以来聞いたことがない。だが、脅威となり得る力であることは、主の顔を見ればわかる。
これでも主は直近千年ほどの中では最強の名君と名高い。そんな彼が、そこまで言うのだから間違いはなかろう。そしてそれと同時に、これは表沙汰にはなってはいけない情報ということだ。仮に表沙汰になれば、悪用しようとする側に狙われかねない。
「案ずるな、夏能」
心を読まれたかのようなタイミングで声をかけられ、肩がびくついた。咄嗟に彼の顔を見れば、その顔は長ではなく父の顔だった。
「必ず、どんな手を使っても守る」
ーーもし万が一、朱己の力が制御できず暴走した際には、命がけで自分が止める。
主は、そう覚悟が決まった顔をしていた。皆まで聞かずとも判った。力の暴走には、それ相応の力ーーそれこそ、自身の力さえも暴走させるほどで向かわなければならない。だが、長の力を暴走させるということは、即ち民に危険が及ぶ、重罪。
「……壮透。そうなったときには任せてくれ。お前を殺すのは俺の役目だ」
真っ直ぐ前を見て、静かに、強く伝えた。
主もふ、と笑っていた気がする。
「……任せた、対」
そう言って、俺たちはは夕陽が差し込む廊下を歩いていった。
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