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番外編 王太子妃が行く! 〜光の戦車とクールとパッション
3 手のかかる方々
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裸よりよっぽど扇情的な、身体が透ける薄い布でできた夜着から伸びた手足は、簡単に指が回ってしまいそうに細く、腹部も、本当に自分と同じだけの一揃いの臓器が入っているのかと思うほど薄い。そのくせ、胸だけは豊かで、重力に逆らって上を向いている。
肉の配分がおかしいだろう、と必死で理性が抵抗を試みてはいるものの、目は否応なくその肢体に釘付けになる。
「なあ、サーシャ」
王太子は必死に理性に仕事をさせる。
「どうかなさいまして?」
鏡に向かっていたサーシャ妃が振り返り、ベッドに腰掛けた王太子のところにやってくる。片膝をベッドに乗り上げ、腕を首に絡ませる。
「ここでこういう話題は無粋だとわかってはいるのだが」
王太子は何とか言葉を紡ぐ。目の前に差し出される胸に意識を持っていかれないように、理性に鞭打つ。
「レイフに何か言ったか?」
「レイフ様に? なぜですの?」
「ああ、いや…。夕方、レイフがものすごい剣幕で執務室に乗り込んできてな…。サーシャの名前を出すわりに、だからなんだと聞いても答えないものだから」
「なんでしょうか…レイフ様にわたくしの閨においでくださいと申し上げたことかしら」
「それだ」
王太子は食い気味に言う。
「あら、なにか問題でもございまして?」
「いやいやいや、問題しかないだろう。あの者はその手の冗談は全く通じない部類の人間だぞ」
「まあ。冗談なんて心外な」
サーシャ妃は細い指先で、王太子の耳の後ろをまさぐる。
「えっ?」
王太子の顔がピシリと強張る。
「酷いわ。殿下はあれが冗談だと思ってらしたのね。わたくしはいつだって本気ですわよ?」
「…レイフは女だぞ?」
いや、男は男で大問題なのだが。
「ええ、それが?」
「それがって…」
どこかで交わしたような会話が再び繰り返される。
「わたくしは、殿下、美しいものが好きなのです。音楽や数学、そして、人も。美しさの前には、男か女かなど、瑣末な問題ですわ」
繊細な指先がするりと王太子のおとがいをなぞる。王太子は戦慄した。
「待ってくれ。レイフは…」
「あら、殿下は何か、勘違いをなさっておいでのようですわね」
サーシャ妃は蠱惑的に微笑む。
「勘違い…?」
ごくりと唾を飲む。
「これは、殿下がわたくしを偽っておられた罰ですわ。残念ながら、殿下に拒否権はないのです。部屋の隅で、わたくしがレイフ様を天国のその先にお連れするのを指を咥えて見ていていただきましょう」
それとも、と、サーシャ妃は王太子の顎に指をかけて上向かせる。
「わたくしからレイフ様を取り戻す自信がおありでないのですか?」
「ハッ、まさか」
「それであれば、よろしいですわね」
「あ、いや、しかしそれだけは待ってくれ頼む本当に」
思わずサーシャ妃の挑発に乗ってしまった王太子は、慌てて言い募る。
「そなたを偽っていたことは、いや、私としては偽っていたつもりはなかったのだがいずれにせよ、本当に済まなかったと思っている。だから何か、罰を変えてくれないか。レイフを巻き込むのはやめてくれ、お願いだ。私が1人でできることで勘弁してもらえないか」
サーシャ妃は王太子の顎に指をかけたまま、必死に訴える王太子を見下ろしていた。普段絶対に見せることのないその必死の表情は、サーシャ妃を満足させた。
「仕方がありませんわね」
サーシャ妃は王太子の顎から指を外した。
「それでは…何にしようかしら。宝石などありすぎて腐っているし…」
サーシャ妃が胸の前で腕を組むと、胸が暴力的に押し上げられて、否が応でも目が吸い寄せられる。
「あ、では手始めに、レイフ様との結婚初夜のことを、詳しくお話しいただきましょう」
「初夜のことを?」
「ええ」
それなら簡単だった。
「婚姻の日には、特に何もなかった。くちづけはしたが、それだけだ」
「は?」
「いやだから」
「もしかして、使い物にならなかったのですか? 殿下の殿下が。殿方は案外繊細なのではじめての閨でそうなっても大袈裟に驚いたりからかったりしてはいけないと婚姻前の閨教育で厳に言われましたけれど本当にそんなことが…」
サーシャ妃が完全に憐れみの目で王太子を見る。
「あのな、そんなわけないだろう、私があの夜どれだけ必死に我慢したか」
「なぜ我慢する必要が?」
「仕方がないだろう! あのレイフが、『魔王を殺してこい』と言ったら躊躇わず戦車で駆けていくレイフが、ベッドの上でガタガタ震えているのを見たら!」
それを聞いてサーシャ妃は笑った。
「…申し訳ございません、殿下。なんだか可愛くて、つい。でも、お式はどうなさいましたの? あの頃、そんな様子はありませんでしたけれど」
「宣誓だけだ。大寺院からレイフを奪うために、私の妃にしようとしていることを気取られるわけにはいかなかったし、半ば拐うように連れてきたから、準備をする暇はなかった」
「えっ、では、婚礼衣装は…?」
「着せてやれなかった」
「そう…ですか。なるほど」
レイフとの初夜のことを仔細に話させてやろうという思惑が外れたサーシャ妃は、顎に指を添えて何事か考えていたが、指を外すと蠱惑的に微笑んだ。
「よくわかりましたわ。では、レイフ様をわたくしに差し出す代わりに、殿下には偽りの代償を身体で支払っていただきますので。よろしいですわね?」
「…え?」
サーシャ妃は王太子を押し倒すと、シャツのボタンに指をかけた。
***
「…と、いうわけなんですの」
サーシャ妃は、ティーカップに口をつけて、唇を潤す。
「あらあら。ほんとうに、手のかかる方々ですわね」
イミニ妃もふわりと笑う。
「昨夜、殿下には、ドレスを新調したいので、わたくしに予算を割り当ててくださいとお願いして、了承を得ております」
王太子がサーシャ妃の「寸止め」に音をあげて、思わず「何十着でも作ればいい」という言質を与えてしまったことは、王太子の名誉(?)のために秘しておいた。
「さすが、サーシャ様ですわ。この前、礼装を作った時にレイフ様の採寸は入念にしてありますので、それを使えるでしょう」
2人の王妃はてきぱきとレイフの婚礼衣装の案をまとめていった。
この少し後、レイフはイミニ妃とサーシャ妃に捕らえられ、婚礼衣装を着せられることになるのだった。
肉の配分がおかしいだろう、と必死で理性が抵抗を試みてはいるものの、目は否応なくその肢体に釘付けになる。
「なあ、サーシャ」
王太子は必死に理性に仕事をさせる。
「どうかなさいまして?」
鏡に向かっていたサーシャ妃が振り返り、ベッドに腰掛けた王太子のところにやってくる。片膝をベッドに乗り上げ、腕を首に絡ませる。
「ここでこういう話題は無粋だとわかってはいるのだが」
王太子は何とか言葉を紡ぐ。目の前に差し出される胸に意識を持っていかれないように、理性に鞭打つ。
「レイフに何か言ったか?」
「レイフ様に? なぜですの?」
「ああ、いや…。夕方、レイフがものすごい剣幕で執務室に乗り込んできてな…。サーシャの名前を出すわりに、だからなんだと聞いても答えないものだから」
「なんでしょうか…レイフ様にわたくしの閨においでくださいと申し上げたことかしら」
「それだ」
王太子は食い気味に言う。
「あら、なにか問題でもございまして?」
「いやいやいや、問題しかないだろう。あの者はその手の冗談は全く通じない部類の人間だぞ」
「まあ。冗談なんて心外な」
サーシャ妃は細い指先で、王太子の耳の後ろをまさぐる。
「えっ?」
王太子の顔がピシリと強張る。
「酷いわ。殿下はあれが冗談だと思ってらしたのね。わたくしはいつだって本気ですわよ?」
「…レイフは女だぞ?」
いや、男は男で大問題なのだが。
「ええ、それが?」
「それがって…」
どこかで交わしたような会話が再び繰り返される。
「わたくしは、殿下、美しいものが好きなのです。音楽や数学、そして、人も。美しさの前には、男か女かなど、瑣末な問題ですわ」
繊細な指先がするりと王太子のおとがいをなぞる。王太子は戦慄した。
「待ってくれ。レイフは…」
「あら、殿下は何か、勘違いをなさっておいでのようですわね」
サーシャ妃は蠱惑的に微笑む。
「勘違い…?」
ごくりと唾を飲む。
「これは、殿下がわたくしを偽っておられた罰ですわ。残念ながら、殿下に拒否権はないのです。部屋の隅で、わたくしがレイフ様を天国のその先にお連れするのを指を咥えて見ていていただきましょう」
それとも、と、サーシャ妃は王太子の顎に指をかけて上向かせる。
「わたくしからレイフ様を取り戻す自信がおありでないのですか?」
「ハッ、まさか」
「それであれば、よろしいですわね」
「あ、いや、しかしそれだけは待ってくれ頼む本当に」
思わずサーシャ妃の挑発に乗ってしまった王太子は、慌てて言い募る。
「そなたを偽っていたことは、いや、私としては偽っていたつもりはなかったのだがいずれにせよ、本当に済まなかったと思っている。だから何か、罰を変えてくれないか。レイフを巻き込むのはやめてくれ、お願いだ。私が1人でできることで勘弁してもらえないか」
サーシャ妃は王太子の顎に指をかけたまま、必死に訴える王太子を見下ろしていた。普段絶対に見せることのないその必死の表情は、サーシャ妃を満足させた。
「仕方がありませんわね」
サーシャ妃は王太子の顎から指を外した。
「それでは…何にしようかしら。宝石などありすぎて腐っているし…」
サーシャ妃が胸の前で腕を組むと、胸が暴力的に押し上げられて、否が応でも目が吸い寄せられる。
「あ、では手始めに、レイフ様との結婚初夜のことを、詳しくお話しいただきましょう」
「初夜のことを?」
「ええ」
それなら簡単だった。
「婚姻の日には、特に何もなかった。くちづけはしたが、それだけだ」
「は?」
「いやだから」
「もしかして、使い物にならなかったのですか? 殿下の殿下が。殿方は案外繊細なのではじめての閨でそうなっても大袈裟に驚いたりからかったりしてはいけないと婚姻前の閨教育で厳に言われましたけれど本当にそんなことが…」
サーシャ妃が完全に憐れみの目で王太子を見る。
「あのな、そんなわけないだろう、私があの夜どれだけ必死に我慢したか」
「なぜ我慢する必要が?」
「仕方がないだろう! あのレイフが、『魔王を殺してこい』と言ったら躊躇わず戦車で駆けていくレイフが、ベッドの上でガタガタ震えているのを見たら!」
それを聞いてサーシャ妃は笑った。
「…申し訳ございません、殿下。なんだか可愛くて、つい。でも、お式はどうなさいましたの? あの頃、そんな様子はありませんでしたけれど」
「宣誓だけだ。大寺院からレイフを奪うために、私の妃にしようとしていることを気取られるわけにはいかなかったし、半ば拐うように連れてきたから、準備をする暇はなかった」
「えっ、では、婚礼衣装は…?」
「着せてやれなかった」
「そう…ですか。なるほど」
レイフとの初夜のことを仔細に話させてやろうという思惑が外れたサーシャ妃は、顎に指を添えて何事か考えていたが、指を外すと蠱惑的に微笑んだ。
「よくわかりましたわ。では、レイフ様をわたくしに差し出す代わりに、殿下には偽りの代償を身体で支払っていただきますので。よろしいですわね?」
「…え?」
サーシャ妃は王太子を押し倒すと、シャツのボタンに指をかけた。
***
「…と、いうわけなんですの」
サーシャ妃は、ティーカップに口をつけて、唇を潤す。
「あらあら。ほんとうに、手のかかる方々ですわね」
イミニ妃もふわりと笑う。
「昨夜、殿下には、ドレスを新調したいので、わたくしに予算を割り当ててくださいとお願いして、了承を得ております」
王太子がサーシャ妃の「寸止め」に音をあげて、思わず「何十着でも作ればいい」という言質を与えてしまったことは、王太子の名誉(?)のために秘しておいた。
「さすが、サーシャ様ですわ。この前、礼装を作った時にレイフ様の採寸は入念にしてありますので、それを使えるでしょう」
2人の王妃はてきぱきとレイフの婚礼衣装の案をまとめていった。
この少し後、レイフはイミニ妃とサーシャ妃に捕らえられ、婚礼衣装を着せられることになるのだった。
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