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守護者 3日目
しおりを挟む翼を失ってしまったので遠出ができず、今朝は花を手向けられなかった。地上でネクロマンサーの言葉を使ってもそれほど遠くまでは届かない。届く範囲の死霊たちはあらかた集めてしまったようだ。
「やれやれ。失って初めてわかるありがたみ、というやつでございますよ」
墓に語りかける。
もちろん聞く者はない。
「この辺りもすっかり明るくなりましたねぇ」
死霊や腐った魂がいなくなって、すっかり雰囲気が明るくなった。
生き残っている魔物は、滅多にお目にかかることのないような強力なものばかりだ。大蛇が風のクロスボウに射られて、のたうちながら稲妻を吐く。まともに喰らって、クロスボウは動きを止める。尻尾で土の投石器を撥ね飛ばす。
全身が炎に包まれた巨大な猪が、牙で火の剣を受ける。
突っ込んでくる水のランスと正面からぶつかり合い、爆発が起こる。
「わたくしが呼べる範囲にいる死霊やら腐った魂は、みな天に昇りました。まったくとんでもないことをさくっとやってのけるものでございますよ…。ねえ?」
魔王城は非常に頑丈に作られていたようで、この大騒ぎの中でもまだ形を留めていた。城の陰になっているのでわたくしの大切な園も無事だった。また、結界を張っているために、ここだけ周りの騒乱とは隔絶された穏やかさを保っていた。
「まだ道半ばではございますけれども、『ま、いっか』的な満足感がございますね。この辺が、わたくしとしてできる精一杯なのかもしれません」
光の来訪者に殺されるのなら、それもまあいいかもしれない、などと思い始めている。いけない、翼を失ったことで、ちょっと弱気になっている。このわたくしが。ヴィラントともあろう者が。
「わたくしも、大したことございませんねえ」
光の戦車が天を駆けてくる。
「わたくしにとっても救いとなるのでございましょうかね…」
よっこいしょ、と剣を手に立ち上がる。
「今日はもう、さっさとケリをつけるからな!」
「左様でございますか。…もう一度お尋ねしますが、わたくしの花嫁になる気はございませんか? 2人で魂を天に還しましょうよ、永遠に」
「断る」
「つれないお方でございますねえ」
ただの人間なら、永遠の命に等しい提案は魅力的だろうが、光の来訪者だものな。仕方ない。
他の精霊たちが多忙だからか、レイフは手に光の剣を現す。
「無駄口叩いてる暇はねえんだよ!」
繰り出された剣を後ろに飛び退って避ける。
「ほっほっほ、今日は『運命の日』でございましたね。お妃になる覚悟はできましたか?」
「なんで! なんで王太子の奴と同じこと言うんだ!」
真っ赤になって怒る。
「観念なさいな。いずれにせよあなた様は、お妃になるしかございませんでしょうよ。よろしいじゃございませんか。稀代の優良物件でございますよ。何が不満なのです」
「不満っ、とかじゃ、ないけどっ」
レイフの剣がわたくしの上着の裾を裂く。
「ないけど、何でございます?」
第2撃を払い除ける。
「あっ、あいつ、あいつ…っ」
めちゃくちゃに繰り出される剣をなんとかいなす。
「私のこと、す、好きだとか言ってっ!」
ほうほう?
「ホント、頭おかしい!」
ギィン!と剣同士が噛み合う。
「それはそれは。もう何があろうと絶対に逃げきれないパターンでございますね。おめでとうございます」
鍔迫り合い、お互いを突き飛ばすようにして離れる。
「何がめでたいんだよっ!」
攻撃の手を止めて叫ぶ。
「あなた様は? どうなのでございます? 王太子殿下のことを、愛しておいでなので?」
「う…わ、私、は…」
レイフは真っ赤になったまま後ずさる。
王族の結婚であれば、これくらいの年齢でもありうる。まあ、婚姻を結ばなければならない事情でもあれば、だが。王太子殿下は今年成人と同時に立太子したと記憶しているので、15歳か。王太子殿下が望んでいるというだけなら、あと4、5年待つかもしれない。レイフが一般的な婚姻年齢になるまで。いずれにせよ、人類史上最高カップル爆誕は間違いなさそうだ。うーわー見たい。死ねないな。うん、死ねない。
「うるさいうるさいうるさい!!」
タンッとダンスのステップでも踏むように跳躍すると、上段から剣を打ち下ろしてくる。再び鍔が噛み合う。
「なんだかんだ、お好きなんでございますね?」
フヒヒ、などと笑いそうになるのをこらえる。
「黙れっ!」
レイフは間合いを取ると、今度は斜め下から抉りあげるように剣を繰り出す。受けようとしたその瞬間。
地面が揺れたのかと思うような衝撃音がして、魔王城が遂に崩壊した。
(園が…!)
意識が完全にそちらに持っていかれるのと、頭蓋に鈍い衝撃が走るのは同時だった。
おおっと。油断した。グッバイわたくしの頭蓋骨。
「手こずらせやがって」
レイフは地面に転がった頭蓋骨を足で踏み砕く。
「えええー酷い」
わたくしの言葉にレイフはハッとする。
「首を落としたのに」
「まあ、わたくしは魔物でございますからね。通常の生物のように即死はしませんし、頭がなくとも見えて聞こえて話せます」
そもそも、眼球も鼓膜も声帯もない。
「気色悪い野郎だ」
「お褒めにあずかり」
「だが、流石に力はグッと落ちたな。死ね」
レイフがとどめを刺そうと近づいて来る。確かに、あの光の剣で斬られれば、次は死ぬだろう。長かったわたくしの旅も、ここまでか。
「もうお前と話さなくていいと思うとせいせいするな」
しかし、レイフは剣を構えたまま動かなかった。その目は、明らかに焦点が合っていない。何がおこったのだろう。
「いかがなさいましたか」
そっと声をかける。
レイフは剣を下ろした。
「あ、やっぱ封印にするわ。殺そうと思ってたけど」
「えっ? えっ?」
「そのうち青い狼が来るから待ってろ。その狼は守護者の想い人だ」
なになに何のことーーー?? 狼で人なの!? あるいはなんかアブノーマルな性癖の守護者が…!?
全く理解できていないわたくしに、じゃあな、とレイフは手のひらを向けてくる。
「ちょちょちょ、ちょーーーっとお待ちくださいませ!?」
「うるさいぞ。なんだ」
「あのあのあのですね! 首ナシのまま封印されると、非常にバランスが悪うございますので、その、新しい首を探したいのですが! わたくしの身体とのバランスがちょうど良く、かつ美しい形の頭蓋骨を探さなければ…!」
「は? んなもん待ってたら日が暮れちまうだろうがよ。こちとら暇じゃねーんだ」
でなきゃ王太子の野郎が…などと口の中でぶつくさ言っている。
レイフは周囲をぐるりと見回すと、おもむろに光の剣を投げた。その先には、牛頭の魔物が水のランスと戦っている。
ザンッ!
光の剣は頭部が牛で首から下は人間の魔物の首を、いとも簡単に落とした。
レイフが手を伸ばすと、牛の頭部が飛んでくる。ドロドロと肉がすごいスピードで腐り落ちていく。
「これでいいだろ」
レイフはわたくしの頸椎の上に、最早骨だけになった牛の頭をぞんざいに乗せる。
「じゃあな、ヴィラント」
封印。
わたくしは真っ黒な水晶の中に閉じ込められた。レイフの魂の中に。
(色々やりたいことも見たいものもあったけど、ま、いっか…。あなた様の魂に包まれて眠るのならば…)
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